なにしろ百万ドルの賞金をつかむためには、ぐずぐずしていられないからね」と言った。
映画班の二人が玉太郎と共に崖の上へ行くことになったので、残された伯爵隊長も居ても立ってもいられなくなった。一緒に行きたいけれど、危険だから行きたくもない。しかし、玉太郎と二人のアメリカ人が崖を登り始めると、セキストン伯爵も一番最後から崖に手をかけて登り始めた。
ポチは首輪に綱が結びつけられ、その綱の端は玉太郎の体にしっかりと縛り付けられていた。
ようやく三人は崖の上に登りついた。ポチが吠えた。崖の途中でハァハァと息を切らしていた伯爵が、ハッとして体を伏せた。またもや恐竜が現れたと勘違いしたらしい。
「犬は離したほうがいいよ。危険を予知することができるから、そうしたまえ」
監督のケンが玉太郎に言った。玉太郎も「確かにそうだ」と気づき、ポチの首から綱を外した。ポチは喜び、あたりを嗅ぎ回りながら走り回る。しかし、恐竜の首が引っ込んだ林の奥は、シーンと静まり返っていた。
「さあ、出かけましょうか」
玉太郎は二人の映画班の方へ声をかけた。
「いや、ちょっと待った。隊長がまだ崖を登り切っていないから……」
監督のケンはそう言って崖の際まで出ると、下を覗き込んだ。
「おーい、隊長! ロープでも下ろしてやろうか?」
ケンはがむしゃらに見えて、実は細やかで親切な男だった。下では伯爵が何か言ったが、玉太郎には聞き取れなかった。
「ダビット、手を貸せ」
ケンは腰につけていたロープをほどくと、端をダビットに渡した。渡された方はそれを自分の胴に結びつけると、後ろへ下がってヤシの木に抱きついた。カメラはそばの雑草の上へそっと置かれた。
「オーケー」
ダビット技師が頷いて言った。
「よし、分かった」
ケンはロープの束を軽く振り回し始めた。
「おーい、隊長! 今いくよ!」
伯爵が上を向いた。そこへロープがビューッと飛んでいった。ケンが右腕を素早く引く。すると、ロープの端の輪が、うまく伯爵の上半身を捕らえた。「あげるよ」
ケンは下へそう声をかけると、後ろのダビットへ合図を送りました。
そこで二人は呼吸を合わせてロープをたぐりました。玉太郎も後ろへまわって、ロープの端をしっかりと握りました。やがて伯爵隊長の帽子が見え、それからふっくらとした体がひょっこりと現れました。
「やれやれ、助かった。どうもありがとう」
伯爵は地面に膝をつくと、胸をおさえました。彼の背中では、自動銃がカタカタとゆれています。
一息入れるために、ケンとダビットは煙草に火をつけました。伯爵にもすすめましたが、彼はそれを断って、腰に下げていた水筒から少しばかり液体をコップの形をしたふたに注ぎ、口の中へ流し込んで目をパチパチさせました。どうやら強いブランデーのようです。
ケンは玉太郎にチューインガムをくれました。ポチにも、ポケットから四角くて固そうなビスケットを取り出してあげました。
「ねえ、隊長。恐竜っていうのは、猛獣の部類なのかね。それとも馬や水牛くらいのものかな」
監督のケンがたずねました。
「君の知りたがっているのは、恐竜が人間を見たら食べてしまうかどうかということかな」
伯爵は二杯目を注ぎながら、相手に問い返しました。
「そうだ。そのことだよ。それを知っていないと、これから恐竜とのつきあいに困るからね」
「そのことだが、恐竜は猛獣のように荒々しいともいえるし、そうでもないともいえるな」
「なんだ、それじゃあどっちだかハッキリしないじゃないか」
「いや、ハッキリしていることはしているのだ。つまり相手によるということだよ。自分の気に入らない相手だと食い殺してしまうが、自分の好きな相手なら羊のようにおとなしい」
「恐竜は、好き嫌いの基準をどこに置いているんだろうね」
「まず、虫が好くやつは好きさ。虫が好かんやつは嫌いなのさ」
「それはそうだろうが、もう少しハッキリと区別できないかな」
ケンは伯爵ののらりくらりとした返答に、しびれを切らしました。
「わしの経験では、ある種のエンジンの音をたいへん嫌うようだ。ほら、昨日シー・タイガ号が恐竜に襲われてあんなひどいことになったが、あれは恐竜がエンジンの音が大嫌いであるという証明になると思う」
「好きなエンジンもあるんだろうか」
ケンは、ダビットが手にしている撮影機へ目を走らせました。この撮影機の中にはバネがあって、撮影を始めるとそのバネが中で歯車を回すのですが、そのときにサラサラとエンジンのような音を出します。だからケンは、急に心配になったのです。
「鍛冶屋のトントンカンというあの音は好きらしい。蓄音器のレコードにあるじゃないか。『森の鍛冶屋』というのがね」
「それはエンジンの音ではないよ」
「飛行機のエンジンの音が問題だ。こいつはまだ試したことがないから分からん。そうそう、現地の人の音楽も恐竜は好きだね。あのドンドコドンドコと鳴る太鼓の音。あれが鳴っている間は、恐竜はおとなしいね」
伯爵隊長の話は、どこまでいってもキリがありません。とにかく恐竜は音に敏感で、好きな音と嫌いな音があるという伯爵の結論は、どうやら本当らしいのです。
「さあ、みなさん。出かけましょうよ」
玉太郎は一同をうながしました。
「ああ、行こうぜ」
監督のケンがダビット技師に合図を送って、煙草を消しました。伯爵隊長も大切な酒入りの水筒を背中の方へまわして、ひょろひょろと立ち上がりました。
一行は、ついに問題の崖上の密林の中へ足をふみ入れました。先頭はもちろん、玉太郎の愛犬ポチでした。ポチも一行にだいぶ慣れて、むやみに吠えなくなりました。
「玉ちゃん。あまり前進しすぎると危ないよ」
後ろから監督のケンが注意します。そのうしろにはダビット技師が手持ち撮影機を下げ、背伸びをするようにして前方の暗がりをのぞき込みながら歩いています。さらにそのうしろに、伯爵隊長が猟銃を小脇にかかえて、おそるおそるついて来ます。
「あッ、大きな穴がある。噴火口みたいな大きな穴が……」
玉太郎が驚いて立ち止まると、前方を指さしました。
「おお。やっぱりそうだ。あれは恐竜の巣の出入り口なんだろう。おい、ダビット。カメラの用意だぞ」
「あいよ」
伯爵団長が大きな声をあげました。
「ふしぎだ。この前来たときには、こんな穴はなかったのに……」
彼は顔一面に吹き出した大粒の汗をぬぐおうともせず、目を丸くしました。
「え、この前にはこんな穴はなかったんですか」
玉太郎が聞きました。少年は仲良しのラツールがいま行方不明なので、彼の運命がいいか悪いかを考えて、すべてのことがいちいち気になって仕方がないのです。
「この前、わたしたちがここを通ったときにはね、ここらあたりは赤土の小山だったがね。たしかに、穴なんかなかった」
「じゃあ、いつの間にかその小山が陥没して穴になったんでしょうか」
「そうとしか思えないね」「まさか、道を間違えたわけじゃないだろうな」
玉太郎と伯爵隊長が、大穴ができた理由について話し合っている間に、監督のケンは穴のふちを乗り越え、斜面をそろそろと下り始めました。
ポチは、うれしそうに先頭を走っています。
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