初級翻訳・新浦島 第1話

アーヴィング ワシントン

サクソンの偉大な神さまにちなんで、今日は「ウェンズデー(水曜日)」と呼ばれています。その神さまが見守るなか、夜よりも暗くてさみしいお墓に入るまで、ぼくが守り抜く宝物。それは「まこと(真実)」だけなのです。――カートライト

 ハドソン川にそってのぼって行ったことのある旅人なら、きっと「ケーツキル山」のことを覚えているでしょう。これはアパラチアン山脈から枝分かれした山で、はるか西の方に向かってそびえ立ち、見あげれば、ふもとは川のすぐそばまで届き、山頂は空高く突き抜けて、周りの土地を見おろしている王さまのようです。季節が変わるときや天気が変わるときはもちろん、一日のうちでも、時間ごとに不思議なほど色や形を変えるのがこの山です。

 だから、この山が見えるところに住んでいる奥さんたちは、みんなこの山を天気予報の代わりにしています。天気のいい日が続くときは、山は青や紫の服を着たように見え、夕焼け空にその力強い姿をくっきりと描き出します。またあるときは、近くの森には雲も煙も見えないのに、山のてっぺんだけがネズミ色の霧の輪っかをかぶり、沈みかけた夕日の最後の光を浴びて、まるで勝利した人がかぶる冠(かんむり)のようにキラキラと輝くのです。

 この不思議な山のふもとで、旅人はある村から立ちのぼる、細い煙を見つけることでしょう。ちょうど晴れた空のインクのような青色が、近くの林の緑色にまじり合っていくあたりで、木々の間から屋根がちらちらと見える村です。この村は小さくて、とても古めかしい村です。それもそのはず、むかしオランダからやってきた人たちが、当時とても立派なリーダーとして知られていたペーテル・ストユイヴェサント(彼が永遠の平和の中で眠れますように)の時代に建てた村だからです。

 四、五年前までは、まだオランダから持ってきた小さな黄色いレンガで積み上げられた家がたくさん残っていました。格子(こうし)のついた窓や、正面が三角になった屋根があり、その上には風の向きを教えてくれるニワトリの飾りが立っているような家です。

 ちょうどこの村にある、そんな家の一つに――本当のことを言えば、ずいぶん雨風にさらされたボロボロの家なのですが――まだこのあたりがイギリスの領土だったころ、お人よしで気のいい「リップ・ヴァン・ウィンクル」という人が住んでいました。

 先祖のことを聞けば、あのペーテルが戦争で手柄を立てて有名だったころ、とても強い武士としてクリスチナとりでを攻め落とした一人、ヴァン・ウィンクル氏の家系だといいます。けれども、ご先祖さまの勇気は受け継がれなかったのでしょうか。わたしの見たところ、このリップという男は、お人よしで、のんきで、お隣さんには親切でしたが、奥さんにはいつもバカにされていました。

 彼がケンカをきらい、とてもおだやかな性格で、村の人たちみんなに好かれていたのは、きっと今言った「奥さんに頭が上がらない」という境遇(きょうぐう)のおかげでしょう。だいたい、家の中で口うるさい奥さんに支配されている男の人は、外では平和を好み、だれにでもしたがう「いい人」だと言われるものです。人間の性格というものは、家庭内の不和という激しい炎で焼かれることで、やわらかく、しなやかになるものです。立派な人になるためには、世界中のえらいお坊さんの説教を聞くよりも、奥さんの小言を聞くのが一番かもしれません。

 この奥さんの小言のほかに、いったい何が「がまん」や「おだやかさ」を教えてくれるというのでしょう。そう考えてみると、うるさい奥さんを持った人は、ある意味幸せ者です。ああ、リップ・ヴァン・ウィンクルはなんて幸せ者なのでしょう。

 また、リップが近所の奥さんたちから、ものすごく同情されていたのも本当です。ふつう、女性たちはよその家の夫婦ゲンカについて話し合うとき、だいたい旦那(だんな)さんの味方をするものですが、ヴァン・ウィンクル家のこととなると、特にリップを応援しました。夜の集まりで、「全部奥さんが悪いわよね」と決めつけられるのは、いつもリップの奥さんの方でした。

 それだけでなく、村中の子供たちの間でも、リップの人気はすごいものでした。彼の姿が見えるたびに、子供たちは歓声をあげて迎えました。子供たちのために、おもちゃを作ってあげたり、タコを飛ばしてあげたり、コマを回してあげたり、それに、ゆうれいのお話や魔女のお話、インディアンの面白いお話をしてくれるのは、リップをおいてほかにいなかったからです。

 子供たちはすぐにリップを囲んで、上着のすそにすがみついたり、背中によじ登ったりしました。どんなにいたずらをされても、リップは決して怒りませんでした。子供たちがなついているだけではありません。リップにほえる犬なんて、近くの村を探しても一匹もいませんでした。

 ただ一つ、リップの性格で一番こまったところは、お金になるような仕事を、何から何まで大ぎらいなことでした。それは彼に「がまん強さ」が足りないからでしょうか?

 いえいえ、とても長い釣りざおをにぎって、息を殺してしめった岩の上に座り、一匹も魚が釣れなくても平気で一日中じっとしているのは、すごいがまん強さではありませんか? 鉄砲を肩にかついで、沼をわたり、森をかきわけ、山を登ったり下りたりして、何時間も歩き回り、山バト一羽やリスを二、三匹つかまえただけで、よろこんで帰ってくるのは、すごいがまん強さではありませんか?

 お隣さんの仕事なら、どんなにむずかしいことでも、喜んで手を貸すのがリップでした。お祭りのときにトウモロコシの皮をむいたり、石垣(いしがき)を作ったりするとき、一番に力を出すのは彼なのです。村中の奥さんたちが、自分の旦那さんが断るような用事はみんなリップに頼み、お使いは全部リップにさせました。

 このように、リップは世の中のありとあらゆる人の仕事を手伝います。唯一、彼がしないのは「自分の仕事」だけでした。自分の家をきれいにしたり、自分の畑をたがやしたりすることだけは、どうしても彼にはできなかったのです。

 まったく不思議な性格です。けれども、その理由を聞くと、彼はいつも立派な言い訳をしました。「自分の田んぼをたがやすほど、バカバカしいことはないよ。ここは国中で一番悪い土地なんだ。いくら骨を折っても、作物がみのったことなんてない。かきねだって、だれも壊していないのに、勝手に壊れてしまうんだからね」牛は逃げ出してしまったり、畑の野菜の中へ入り込んだりしてしまいます。
役にも立たない雑草は、作物よりも早く伸びていきます。
この畑へ仕事をしに出かけると、なぜかいつも意地悪なことに雨が降ってくるのです。
そう言っては放っておくものだから、先祖から譲り受けた田んぼは年々減ってしまい、今ではわずかばかりのトウモロコシとジャガイモを植える畑だけが残っていました。

また、リップの子供たちの姿といったら、肌は汚れ、服は破れ、まるで親のいない子供のようなありさまでした。
父と同じ名前の息子リップは、顔がそっくりなだけでなく、性格まで父に似ようとしている、将来が楽しみな(?)小僧です。

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