ほら、あそこの木によりかかっているのがリップだよ」と言われて、リップが驚いて指さされた方を見ると、そこには確かに自分にそっくりな男がいました。自分と同じように貧乏くさくて、きっと同じようにのんびり屋なのでしょう。その男は、周りのことなんて気にしないといった様子で、木によりかかって立っていました。
この時、リップの驚きはもう限界に達しました。彼は自分が果たして自分なのか、それとも別人なのかと疑い始めたのです。
リップの頭がすっかり混乱していると、あのつばのそり返った帽子をかぶった老先生が、またリップに向かって問いかけました。「それで、あんたはいったい誰なんだ?」
「そんなこと、もう誰がわかるっていうんですか!」と、リップは答えました。彼はもう、何が何だかさっぱり判断できなくなっていたのです。
「私はやっぱり私じゃないんです。私はほかの人間なんです。あそこにいるのが私なんです。……いや、違います。あそこにいるのは、私の抜け殻に入り込んだ別の人なんだ。昨日の晩までは、たしかに私は私でした。ところが、山の中で一晩過ごして戻ってきたら、鉄砲はボロボロにすり替えられ、世の中はすっかり変わってしまい、そのうえ自分まで変わってしまった。自分の名前が何なのか、自分が誰なのか、もう私にはさっぱりわかりません!」
これを聞いていた周りの人たちは、お互いに顔を見合わせてうなずき合いました。そして、意味ありげな手つきで自分のひたいを指さし、「この人は頭がおかしくなっちゃったんだな」と合図し合ったのでした。周りの人たちの中には、「この危ないおじいさんが持っている鉄砲を取り上げないと、何をしでかすかわからないぞ」とヒソヒソ話す人もいました。すると、あのつばのそり返った帽子をかぶった老先生は、それを聞くやいなや、スタコラサッサと逃げ出してしまいました。
その時です。一人の若くて可愛らしい女の人が、人混みをかき分けてリップのそばに寄ってきました。
彼女が抱っこしていた赤ちゃんは、白いヒゲをはやしたリップの顔を見て驚いたのか、大きな声で泣き出してしまいました。
「よしよし、怖くないよ。このおじいさんは何もしないからね。リップ坊や、いい子だから静かにしておくれ」
女の人が呼んだ「リップ」という名前。そして彼女の顔や声。それらはすべて、リップ・ヴァン・ウィンクルの心の中に、たくさんの懐かしい思い出を呼び起こしました。
リップは震える声で尋ねました。
「奥さん、あなたのお名前は何とおっしゃるのですか?」
「ジュディス・ガーデニアーといいます」
「では、あなたのお父さんの名前は?」
「ああ、かわいそうに、私のお父さんの名前はリップ・ヴァン・ウィンクルといいました。鉄砲を肩にかついで家を出てから、もう二十年も経ちますが、それっきり音沙汰(おとさた)がないのです。一緒に連れて行った犬だけは一人で帰ってきましたが、お父さんは自分で命を絶ってしまったのか、それとも悪い人たちに捕まって連れて行かれてしまったのか……。結局、誰も本当のことはわかりません。私はその時、まだ小さな女の子でした」
これでリップが聞きたいことは、あと一つだけになりました。彼は言葉を詰まらせながら、ようやくこう言いました。
「……それでは、あなたのお母さんはどこにいますか?」
「お母さんは、ついこの間亡くなりました。遠くから来た旅の商人とケンカをして、あまりに怒りすぎてしまったので、急に病気になって倒れてしまったのです」
これを聞いて、リップはほんの少しだけ心が軽くなりました(あの怒りんぼうの奥さんがもういないと分かったからです)。彼はもうこらえきれず、娘と孫をぎゅっと抱きしめました。
「おお、私がお前の父親だ! おじいちゃんだよ! 家を出た時はまだ若かったが、今はこんなに年をとってしまったリップ・ヴァン・ウィンクルなんだ。……さあ、これだけ大勢の人がいる中で、誰か私を覚えている人はいないのかい?」
みんながポカンと口を開けて立っている中、一人の腰の曲がったおばあさんが、よろよろと前に出てきました。おばあさんは手をかざして、じっとリップの顔を見つめていましたが、やがて叫びました。
「ああ、やっぱり! あんたはリップさんだね! よく帰ってきたねえ。この長い長い年月、一体どこに行っていたんだい?」
その時のリップの嬉しさは、どれほどだったことでしょう。リップが二十年間の出来事を話すのは、すぐに終わりました。彼にとっては、二十年という月日はたった一晩のことだったからです。
話を聞いた村の人たちは、またお互いに顔を見合わせました。中には「そんなバカな話があるか」と、ほっぺたの内側を舌で押しておどける人もいました。
「危なくない」とわかって戻ってきていた、あの例の帽子の老先生は、口の端をゆがめて、あきれたように首を振りました。すると、周りのみんなも同じように首を振りました。
その時、町をゆっくりと歩いてきたのは、ピーター・ヴァンデルドンクという男でした。彼はこの土地の古い記録をまとめた有名な人の子孫で、今では村で一番の年寄りでした。昔の珍しい出来事で、彼が知らないことは一つもありません。
村の人たちが、リップの話についてどう思うかピーターに尋ねると、彼は何か思い当たることがあるような仕草をしました。そして、こう話し始めたのです。
「私の先祖が書いた歴史の本の中に、キャッツキル山には不思議な姿をした人たちが住んでいる、とはっきり書いてある。それは、この土地や川を発見したヘンドリック・ハドソンという人の仲間で、二十年に一度、この場所へ様子を見に現れるのが決まりになっているんだ。私の父は、一度その仲間たちが山の洞穴(ほらあな)の中で、昔のオランダ風の服を着て、ボウリングのような遊びをしているのを見たことがある。私自身も、ある夏の日の昼過ぎ、山の方から重たい玉を転がすようなゴロゴロという音を聞いたことがあるよ」
このピーターの話を聞いて、ようやく村の人たちは安心しました。そして、また自分たちの重大な関心事である「選挙」の話に戻っていきました。
リップの娘は、お父さんに一緒に暮らそうと勧めて、自分の家へ連れて帰りました。その家はとても立派で、道具もすべて揃っていました。彼女の旦那さんは、元気でたくましい農夫でした。よくよく見てみれば、彼は昔、リップの背中に登って遊んでいた、あのいたずらっ子の一人だったのです。
リップの息子(あの木によりかかっていた、父親にそっくりな二代目のリップ)も、この家に呼ばれて、庭で仕事をすることになりました。けれど彼はやっぱり父親に似て、自分の仕事をするよりも、人の手伝いをする方が好きだという、ちょっと変わった性格のままでした。
リップはまた、昔のような散歩や、慣れ親しんだ生活を始めました。
昔の友達も一人二人と見つけましたが、みんなすっかり衰えてしまって、昔のように楽しくおしゃべりすることもできません。そこでリップは、若い人たちと仲良くなることにしました。すると、若者たちもすぐにリップのことを「なくてはならない大切な存在」だと思うようになりました。
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