初級翻訳・日時計の天使 第2話

堀 辰雄

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それからリルケは、ついにパリを離れてイタリアへ行き、ヴィアレッジョに二ヶ月近く滞在してから、ようやく妻や友だちの待つヴォルプスヴェデへと帰っていった。
そして今度は妻のクララといっしょに再びイタリアへ行き、ローマに半年ほど住んでいたんだけど、それからまた一人になって、デンマーク、スウェーデン、北ドイツなどをあちこち旅したあと、ロダンからの誘いを受けて三年ぶりにふたたびパリに戻ってきたんだ。
ロダンはある日、リルケといっしょに散歩をしているとき、「ちょっと私の手伝いをしてくれないか。そんなに時間はとらせないつもりだ。まあ、毎朝二時間くらいのことだからさ」と声をかけたんだ。
リルケのほうでも、最近は体が弱りがちで、ものすごく疲れているように見えるこのおじいさんの芸術家が、日々のこまごました雑用で心を悩ませているのを見かねていたところだったから、迷うことなくそのお願いを引き受けたんだよ。
そしてリルケはさっそく、ロダンの家の美しい庭に面した小さな部屋に引っ越して、いっしょに暮らすことになったのさ。
それは一九〇五年の秋のことだった。
そしてその翌年の一月、あのシャルトルへの旅行があったんだ。
その頃まで、ロダンとリルケの関係はとても順調にいっていたと言っていいだろう。
リルケがロダンのために使わなければならなかった時間は、約束どおりの午前の二時間だけではなく、ほとんど一日の大半を占めていたけれど、最初のうちはリルケもそれに不満を抱くことなく、ロダンのために働いていたんだ。
――だけど、リルケにも、自分自身で書かなければならない大切な仕事があった。
ローマに滞在しているときから計画していた『マルテの手記』にも、まだ全然手をつけられていなかったんだ。
自分の作品を書くためには、どうしても一人きりにならなければならない。
かといって、いますぐロダンのもとを飛び出すわけにもいかない。
そんな焦る気持ちが、少しずつリルケの心をむしばみ始めていたように見えるんだ……。
 そういう二人の状態を頭に入れたうえで、シャルトルへの旅を描いたリルケの手紙を読むと、あの巨大な廃墟を目の前にした二人の芸術家の姿が、特に大聖堂の前に着いたとたん急に険しくなった空模様の方をリルケが気にしているのに対して、ロダンが「大聖堂のまわりにはいつもこんな風が吹いているのさ」となかなかの迫力で語るあたりなんて、なんとも言えない小説のようなおもしろさやドラマチックな雰囲気を帯びてくるんだ。
――そんな情景を物語のはじめに置いて、そのあとの二人の気持ちがだんだん離ればなれになっていく悲劇的な道のりを、短い小説としてちょっと書いてみたいなぁなんて誘惑を、ぼくさえ感じてしまうほどなんだよ。
リルケが、本当にちょっとしたことがきっかけでロダンの激しい怒りを買ってしまい、「まるで盗みをした使用人のように」そのムウドンの家から追い出されてしまったのは、それからおよそ四ヶ月後、五月のある日のことだった。
リルケはとりあえず、カセット通りにある小さなホテルの部屋を借りて、しばらくそこに落ち着くことにしたんだ。
そして妻のクララにはただ、「ロダンが病気になって田舎で静養することになったから、ぼくだけこうしてパリに残ることにしたんだ。やっと一人になったから、これからはバリバリ仕事をするつもりだよ」とだけ伝えたのだった。
それからまた二、三日たってから、今度はこんな手紙をクララに送っている。
「ぼくの部屋は小さいけれど、小さすぎるってほどじゃない。あんまり風通しがいいわけでもないけれど、息が詰まるようなこともないんだ。使い古した家具でいっぱいだけど、だからといって昔のいやな思い出がよみがえってうんざりさせられるようなものもない。目の前には、修道院の高い木々が空に向かってそびえ立っている。下の方には古い塀が見える。
まあ、なんてそれはいろんな色が混ざった、汚い広告ポスターでいっぱいに覆われていることか! だけどその上には、古くて、アーチ状の、太陽にすっかり焼けた塀の屋根があって、さらにその上には、古くて大きな栗の木があるんだ。
そしてまた、そのもっと上のほう、少し左寄りの場所には、教会の本堂の一角が、まるで海の中に沈んだ難船みたいに、空の中にぽっかりと浮かんでいる。
そしてその上方にも、後ろにも、右にも、左にも、――パリの街が見えるんだ。
明るくて、絹のように滑らかで、その空や水だけでなく、咲いている花たちの心臓の奥まで、強烈な太陽の光によって永遠に色あせてしまっているかのような、そんなパリの街が広がっているんだよ」私は、もし彼がその大きな不安の時期を無事に乗り越えることができたなら、これらすべてのものを私と同じように愛したことだろう、あのマルテ・ラウリッヅ・ブリッゲのことを考えている……」と書いているんだ。
当時、リルケは三十一歳になっていた。
これは西洋風の数え方だから、ちょうど、現在の私と同じ年齢ということになるね。

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