なんでもないんだよ。
ホラこれさ」
一太郎君は、そういって、足もとの地面をゆびさしました。
でも、良雄君には、まだわからないのです。
「なんにもないじゃないか。
石がころがっているばかりじゃないか」
「だから、この石なんだよ。
見ててごらん。
君はきっと、なーんだ、そんなことかっていうにきまっているよ。
ほら、あすこに木ぎれが浮いてるだろう。
あれを取ってみるからね」
一太郎君はそういいながら、しゃがんで、そのへんにころがっていた、にぎりこぶしほどもある石をひろって、いきなり、それを池の中へ投げこみました。
すると、石は木ぎれの五六センチ向こうに落ちて、ドブンと大きな水しぶきをあげ、その水の動くいきおいにつれて、木ぎれは三十センチほども、岸の方へ、ただよいよりました。
波がしずまるのをまって、一太郎君は、又べつの石をひろい、前のように投げました。
そして、次々と、五つの石を投げたのですが、一つ投げこむたびに、木ぎれは少しずつ岸の方へ近づいて、五つ目の石を投げた時には、木ぎれはもう、岸から手のとどくところに来ていました。
一太郎君はしゃがんで、手をのばし、それをひろい上げました。
「ね、わかったかい。
この石のたてる水しぶきが、象の鼻息のかわりなのさ」
「なーんだ。
そんなことか」
良雄君は、さっきおどろいたのが、はずかしいというような顔つきです。
「ほらね、きっとそういうだろうと思った」
一太郎君は、そういって、丸い目をクリクリさせながら、やはりにこにこと笑っていました。
みなさん、一太郎君の考えはほんとうに、なんでもないことでした。
でも、「なーんだ」という良雄君には、それが考えられなかったではありませんか。
ですから、これはやっぱり一太郎君の考えぶかさをあらわしているのです。
動物園の象の鼻を、気をつけてよく見ておいたおかげです。
そして、この池ではどうすれば象の鼻と同じことが出来るかと、よく考えてみたおかげです。
みなさん、「どうすれば」の大切なことがおわかりでしょう。
消えた足跡
ある冬の日曜日の朝のことでした。
その前の晩に、東京ではめずらしいほどの大雪が降って、庭も屋根も表の道も、あつい綿につつまれたように、一面まっ白になっていました。
明石一太郎君は、朝から近所の原っぱで、大ぜいのお友だちとはげしい雪投げをしました。
十五六人がAB二組にわかれて、三十分ほども、雪玉を投げあいましたが、とうとう一太郎君の組がすばらしく勇勢でした。一太郎君は同じ方角に帰る三人のお友だちと、元気な声を合わせて歌を歌いながら、雪をサクサクとふみしめて歩いてきました。
「やあ、みんな、まっかな顔をして、すごくはりきっているじゃないか。
どこへ行って来たんだい?」
声をかけられて、歌をやめてそちらを見ますと、大学生の高橋一郎さんが、自分の家の門の前に、にこにこ笑って立っていました。
この高橋さんは、いつもおもしろくてためになるお話をしてくれたり、かっこいい模型飛行機の大会を開いてくれたり、野球の審判をしてくれたりするので、近所の子供たちに大人気の、明るく元気な学生さんなのです。
「雪投げをして来たんだよ! ぼくたちのチームは、ものすごく強くて大かつやくだったんだ!」
少年の一人である北川君が、得意そうに胸を張って答えました。
「へえ、そりゃよかったねえ! ぼくにも教えてくれれば、原っぱへ行って、みんなといっしょに雪投げのやり方を教えてあげるんだったのになあ」
高橋さんは、どこかまだ子どもっぽいところがあったので、雪投げに参加できなかったのが本当に残念そうな顔をしましたが、ふと何かおもしろいことを思い出したのか、目をキラキラと輝かせて言いました。
「そうだ! みんなに、ちょっとした『知恵だめし』の問題を出してあげよう。
いいかい? 雪投げというものは、ただ力くらべをするだけじゃないんだ。知恵くらべもしなくちゃならない。
雪投げをする時に、どうすればじぶんたちが有利になるか、作戦を考えることがどれほど大切か、みんなもよく分かっているよね。
もっと小さなことで言えば、探偵の仕事なんて、まさに力よりも知恵の仕事なんだよ。
ところで、もしみんなが探偵になって、相手のようすを探りに行ったとしよう。
探偵の調べ方にはいろいろあるけれど、もし雪がつもっていたなら、その雪の上の『足あと』というものは、決して見のがすことのできない、とっても大切な手がかりなんだ。
そこでね、ふと思い出したんだけど、みんなの知恵をためすのに、実にぴったりなものがあるんだよ。
こっちへ来てごらん!」
高橋さんはそう言うと、自分の家の板塀(いたべい)の曲がり角まで歩いていき、そこのせまい横町をのぞきこみました。
「ごらんよ。この横町は、めったに人が通らない場所なんだ。
だから、雪は昨晩つもったままで、少しもとけていない。まるでまっ白い布をきれいにしきつめたみたいだろう?
ところがね、ここにぽつんと一つだけ、こっちから人が歩いて行った足あとがあるんだ。
靴じゃないぞ。つま先のところが二つにわかれている足あとなんだから、足袋(たび)か、指のわかれた靴下をはいて、はだしで歩いたにちがいないね。
さあ、分かるかい?
この足あとならさないようにして、ずっとあとをついていってごらん。
ものすごくふしぎなことがおきるんだから!」
四人の少年たちは、言われるままに塀ぎわを歩いて、そのせまい横町へ入っていきました。
でも、十メートルほど進んだかと思うと、先頭を歩いていた北川少年が、「おやっ?」とびっくりしたような声をあげました。
なんと、その足袋をはいたはだしの足あとが、道の真ん中で、パッタリと途切れてしまっていたのです。
その先には、雪の上にポツポツと小さな穴があいているだけで、ずっと向こうの大通りまで、人の足あとは一つもないのです。といって、引き返した足あともありません。
道の両がわには高い塀がずっと続いていて、塀ぎわまですきまなく雪がつもっているのだから、足あとをのこさないでどちらかの塀にたどり着くなんて、絶対にできません。
だから、足あともだけを見ると、この人は雪の上をそこまで歩いてきて、とつぜん鳥のように空へ飛び立ってしまったのか、それとも、体がスーッととけて、湯気のように空へのぼっていってしまったとしか考えられないのです。
少年たちは、あまりのふしぎさに、思わず顔を見合わせたまま、その場に立ちすくんでしまいました。
「どうだい? みんなはこの足あとのなぞがとけるかな?
この人は、いったいここまで歩いてきて、それからどうなったんだろう?
まさか、このせまい横町へ、空から気球がおりてきて、その人を乗せていったなんてことは考えられないからね。
どうだい、このわけが分かるかい?」
高橋さんは、「どうだ、このなぞはむずかしいだろう!」と言わんばかりに、にこにこ笑っています。
「へだなあ……」「わけがわからないよ……」
少年たちは口々にそう言って、ただ立ち止まっているばかりでしたが、なぞをとくのが大好きな明石一太郎君だけは、一生懸命そのあたりを歩きまわって、何か手がかりはないかと調べはじめました。
「みんなも、ただ驚いているだけじゃだめだよ。
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