初級翻訳・暗黒星 第3話

ニューコム シモン

このことに少しばかり気づいた人がいたとしても、「博士が新しく植物の研究でも始めるのだろう」と思うくらいで、特に怪しむことはなかったのでした。八 秘密の契約

 こうして食料や種などの蓄えの準備がすべて終わると、博士はこの研究所の役員たちを全員呼び集めて、重々しい口調でこう切り出しました。
「私はこれから、とてつもなく重大な話をします。
これは絶対に秘密にしなければならない事柄なので、決してほかの誰にもしゃべらないという約束に賛成してくれる人だけに残ってもらいたい。
もしこの条件に不満がある人は、いまのうちに部屋から出ていってください」
 何についての話なのかは誰も分かりませんでしたが、その場にいた人は一人も部屋を出ていきませんでした。
しかし、博士はこれだけではまだ安心できない様子でした。
よほど重大な秘密の相談なのだと見て取れます。
博士はさらに念を押すように、「絶対に他言しない、絶対に人に漏らさないと心から誓う人は、右手を挙げてください」と言いました。
すると、集まった全員がパッと右手を挙げました。

九 博士の演説

 博士は一同が挙げた手を見て、ようやく安心したようでした。
そして、その耳を疑うような驚くべき演説をこのように始めました。
「みなさん、私はこれから、ここにいる私たち以外の人間には絶対に知らせてはならないお話をします。
歴史の勉強でみなさんも知っている通り、昔からときどき、夜空のどこかで新しい星が突然ピカッと光り出すことがありますよね。
けれどこれは、今までになかった星が新しく生まれたわけではなく、もともとそこにあった星が、急に激しく光を強めたものなのです。
「では、いったいなぜ光が強くなるのか、その原因についてはまだハッキリとした決まりの説はありません。しかし、それから数か月もすると、光がだんだん弱くなって私たちの目には見えないほど小さくなってしまったり、あるいはぼんやりとした星雲(せいうん)という姿に変わってしまったりするのです。
 これについて、私の確信をお話ししましょう。この宇宙には、天文学者たちが言う通り、無数の暗黒星がすさまじい勢いで飛び回っています。
そして、この暗黒星がほかの星にドンとぶつかったときに、先ほどのようなものすごい光が発生するのです。
なぜかと言いますと、暗黒星というのは長年のあいだに冷えてカチカチに固まっているからとても硬い。一方、自分自身で光や熱を出している星は、フワッと大きく膨らんでいるから柔らかいのです。
だからこそ、硬い暗黒星がほかの星の皮を突き破り、その真ん中に閉じ込められていた熱と光を、一気にドカーンと大爆発させるわけです。
爆発した熱と光は、ものすごい恐ろしいパワーで四方八方へ飛び散ります。
今回の『暗黒星と太陽』の事件についても、まさにこの理屈で考えてみなければならないのです」
 話している最中にも、博士の顔には隠しきれない恐れと心配の色がハッキリと浮かんでいました。

十 理学者と世人と哲学者

 恐れと心配の色を顔に浮かべた理学博士の秘密の演説は、さらにこのように続きました。
「ヒマラヤ天文台の報告によると、やってくる十二月にはいよいよ暗黒星と太陽がドカーンと衝突するとのことですが、私は人々の不安をあおって無駄に怖がらせるようなことは好みません。
しかし、科学者として、現実は現実の姿のまま真正面からしっかりと見つめなければなりません。
もし今お話しした私の推論が正しければ、この衝突のせいで、太陽の光と熱はなんと一瞬で何千倍にも跳ね上がることになります。
その結果がどうなるか、みなさんも簡単に想像がつくはずです。
「地球の表面はまるで、虫眼鏡で太陽の光を一点にギュッと引き集めたその『焦点』に置かれるのと同じことになってしまうでしょう。ただ木で作られたおもちゃや建物がすっかり燃えてしまうだけではありません。
鉄などの金属もすべてドロドロに溶け、石でできた建物もすべて粉々に砕け散ってしまいます。
つまるところ、これは地球全体を飲み込む『巨大な熱い火の洪水』と言い換えるべきものです。ですから、地球の上にある人間の作ったすべての建物や仕事、そして人間はもちろんのこと、生きとし生けるすべての生物が残らず焼き殺されてしまうのです。
「こうなると、太陽の光が直接あたらない北極や南極のような寒い地域なら、もしかしたら無事に残るのではないかと思われるかもしれません。しかし、そんな場所でも決して助かることはできません。
いわば空気のすべてが真っ赤な炎となって燃え盛るような状態ですから、熱せられたものすごい空気や蒸気が、ものすごい勢いで極地を襲うのです。
したがって、極地であっても受けるダメージは他の場所と大して変わりがないのです。
「このような大自然の巨大な魔力に対して、私には打つ手がまったく思い当たりません。
ただ、私のこの学説が完全な間違いであってほしいと、心から願うばかりです。
その一方で、私はみなさんにお願いしたい。
みなさんは、いよいよという危急の時がやってきたら、愛する奥さんや子どもたちを連れて、この地下深くにある理学研究所へ逃げ込んできてください。ここならば、ひょっとすると安全に避難することができるかもしれないのです。
もしも何事もなく、暗黒星が何食わぬ顔で通り過ぎてくれたなら、それに越した喜びはありません。
しかし、私たちがこのようにこっそり準備をしていることは、絶対に誰にも知らせてはなりません。もちろん、地球上のすべての生き物や人類がすっかり滅びてしまったあとに、私たちだけが生き残ったところで何の役に立つのかという疑問もありますが、実際にその恐ろしい事態に直面してみなければ、どうなるのかなんて誰にも断言できないのです。
みなさんは、いつでもここへ避難できるようにしっかり準備を整えておきなさい。
ただし、絶対に誰にもその計画を気づかれないようにしなさい」
 以上が博士の演説のすべてでした。
自分たちの一族だけがこの大天災からこっそり逃れようとするのは、ほかの人々に対して少し冷たすぎるやり方ではないだろうか?
しかし、大昔のノアも箱舟を作って同じようなことを行い、誰からも責められなかったではないか。それどころか、後々まで偉大な人物として褒めたたえられ、尊敬されているではないか。
博士は何度も自分で自分を疑い、どうするべきかと迷いました。
この大きな心配事を世間の人々に包み隠さず知らせたほうが良いのではないか? いや、そうではない。たとえこれを知らせたところで、世間の人たちにはどうすることもできないのだから、ただ無駄に恐怖や心配を増やすだけだ。
隠しておくことのほうが冷たいどころか、むしろ知らせないほうが親切というものかもしれない。医者の道徳でだって分かっているはずだ。もうどうあがいても助からないと分かっている病気の人に対して、そのうち死んでしまうという真実を決して打ち明けないように。死が訪れるその瞬間まで怯え続けなければならない絶望の苦しみこそ、まったく意味のない残酷な刑罰というものだからだ。
どうしてそんな無意味な苦しみを世間に与えることができようか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました