ビクターから出ている、トスカニーニがN・B・C交響楽団を指揮した「第五」は、コンサート会場のような残響を取り除いた不思議な録音です。そして、一見すると素っ気ないようでいながら、クライマックスに向けてどんどん盛り上げていく燃え立つようなパワーと、少しテンポが速めでクラシック音楽らしい端正さの中に、ものすごい気迫と情熱がギュッと詰まったすばらしい演奏です。
これに対して、コロムビアから出ている、フルトヴェングラーがベルリン・フィルハーモニーを指揮した「第五」は、思いっきり劇的で、指揮者の強い個性が光り、さまざまな工夫が凝らされた演奏です。
これほどまでに神経の行き届いた「第五」はありませんが、トスカニーニのものと比べると、現実感がちょっと薄くて、少しドラマチックなお芝居のように感じられるかもしれません。
でも、この2つのレコードは、両方聴いてみても絶対に損をした気持ちにはならないと思いますよ。
「第六交響曲(田園)ヘ長調 作品68」は、9つの交響曲の中でも、だれからも一番愛される曲です。
レコードもいろいろと出ていますが、今のところはブルーノ・ワルターがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したレコードを一番におすすめします。
このおだやかで牧場のような交響曲を、これほど美しく演奏した例はかつてありません。
とてもウィーンらしい雰囲気がただよっていると同時に、ワルターが持つ独特の優しい気持ちが、美しい光や愛情となって、曲全体をふんわりと包み込んでいます。
これに比べると、トスカニーニの演奏は壮大で力強く、ちょっぴり荒々しいですし、ワインガルトナーのものは録音が古く、パレーのものは少し冷たく感じられます。
そんな中で、ちょっと古いシャルクの演奏が、今でも一部のファンに愛されていることも、ここで書き添えておかなければなりませんね。
「第七交響曲 イ長調 作品92」は、トスカニーニがニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したレコードを一押しします。
オーケストラの一人ひとりがやる気に満ちあふれていて、それをビシッとコントロールするトスカニーニの気迫がものすごくて、ただ「すばらしい」の一言では表せないほどです。
この曲が持っている熱い情熱と力強さ――まるで古代ローマのお祭りでの狂乱のようだと言われたその雰囲気は、間違いなくトスカニーニの演奏にこそ宿っています。
ワインガルトナーの「第七」も十分に美しいのですが、上品すぎてちょっと物足りなく感じてしまいます。
「第八交響曲 ヘ長調 作品93」は、コンセルトヘボウを自分の手足のように操る、テレフンケンのメンゲルベルクのベテランらしい巧みな演奏を一番に挙げたいですね。
ちょうどよい熱意と、細部まで行き届いた気配り、そしてどんどん盛り上がっていくワクワク感――本当に、心から「よくできた!」と感心してしまう見事な仕上がりです。
それから、少し古い録音ではありますが、コロムビアのワインガルトナーの演奏も、なかなか手放せない名盤ですよ。
「第九交響曲(合唱)ニ短調 作品125」は、ベートーヴェンの数ある百以上の作品の中でも一番の山頂であり、聴く人だれもが心の底から心を揺さぶられずにはいられない名作です。
ところが、レコードの数は案外多くなくて、7、8年前に発売された、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とウィーン国立歌劇場合唱団を指揮した、ワインガルトナーのコロムビア・レコードを超えるものは、まだ現れていません。
この演奏はとてもきらびやかで、ワインガルトナーらしく上品で落ち着いていますが、そのぶん全体が完璧にまとまっています。これほど中身が熱く激しい曲を、とっても優雅なクライマックスへと導いていく手際önは、本当に尋常ではありません。
聴いていて、これほど美しい「第九」はほかに絶対にないと言い切れます。
合唱やソロを歌う歌手たちもみんな一流ですが、中でもバリトンのマイヤーの歌声は飛び抜けてすばらしいです。テレフンケンのヨッフムの演奏は、それに比べると強烈で若々しく、また違った良さを持っていると言えるでしょう。
序曲
ベートーヴェンの序曲は全部で十二曲ありますが、その中でも「レオノーレ第三」と「コリオラン」、そして「エグモント」は、有名であると同時に非常に優れた作品です。
「レオノーレ第三」は、歌劇「フィデリオ」のために書かれた四つの序曲のうちの一つで、ベートーヴェンの個性が最もよく発揮された傑作です。
この曲のレコードは数え切れないほどたくさん出ていますが、コロムビアから出ているワルターがウィーン・フィルハーモニーを指揮したレコード(JS50-1)は、劇的な誇張こそありませんが、一番落ち着いた気持ちで聴けるものだと思います。
それに続いて、同じくコロムビアから出ているメンゲルベルクの演奏も良いですね。
「コリオラン」序曲は少し古い録音ですが、メンゲルベルクがコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したもの以外に良いものはありません(コロムビア J8042)。
世界の名盤を集めたセットの中にワルターが指揮したものもありますが、ロンドン交響楽団の演奏は少し質が落ちるように感じます。
「エグモント」序曲もたくさんのレコードが出ています。
その中で、ベルリン・フィルハーモニーを指揮したポリドールのフルトヴェングラーのものは、物々しい雰囲気がありますが、一番良いでしょう(45105および名曲集)。
録音は少し古いですが、メンゲルベルクが指揮したレコードも傑作で、これはビクターとコロムビアの二種類があります。
ピアノ・ソナタ
ベートーヴェンが残した三十二曲のピアノ・ソナタは、この楽器に心血を注いだ彼の魂の記録とも言えるもので、九つの交響曲に次ぐ重要な作品群です。
一曲一曲のレコードについて詳しく書くと大変なページ数になってしまいますから、ここでは特に重要だと思われている作品について、代表的なレコードを挙げることにします。
三十二曲すべてを録音したのは、ビクターから出ている「ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ協会」のレコードだけです。
演奏者は、ベートーヴェン弾きとして今の時代の第一人者であるアルトゥール・シュナーベルで、十三集八十一枚という大がかりなものです。
これはレコード界にとって一大偉業であり、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの基準を示すものと言ってもよく、非常に端正な解釈と、他に並ぶものがないほどの高い技術によって、巨大な金字塔を打ち立てたという感じです。
一曲ずつ聴き比べてみても、シュナーベルとは違った弾き方をするピアニストはいますが、シュナーベル以上の演奏をする人はなかなか見当たりません。
先生のような厳格さと、名人(ヴィルトゥオーゾ)としての華やかさを兼ね備えており、誰が聴いても満足できる演奏であると同時に、極めて高い完成度を持った作品だと言えます。
さらに、有名なソナタについて優れたレコードを挙げると、「悲愴ソナタ 作品13」では、ポリドールのケンプが聴かせる情熱的な演奏を挙げておきたいですね(65024)。
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