それなのに、貴婦人たちは彼に少しの休息も与えようとはしませんでした。ショパンは、好意を押し付けてくる客たちのために、毎日ヘトヘトに疲れ果てなければならなかったのです。
1849年の正月、ショパンはついにパリへ帰ってきました。
奇跡的な生命力で、幾度も「もうダメだ」と言われながら立ち上がってきたショパンでしたが、その命の炎にも限りがありました。
その年の10月17日、容態が急激に悪化し、少数の親族や友人たちに見守られながら、天才ショパンは最後の時を迎えました。
ショパンを慕っていたポトカ伯夫人がニースから駆けつけると、死の床にあったショパンは、同じポーランド人である彼女に歌を頼みました。
リストはその時の様子をこう記しています。――ポトカ夫人が涙に濡れながら「アヴェ・マリア」を歌うと、ショパンは「なんという美しさだろう。神様、もう一度、もう一度だけ」と、絶え絶えの声で言いました。
夫人は再びピアノの前に座り、精一杯の力を込めて歌いました。
泣き声に詰まりながらも美しい旋律が悲しく響く中、ショパンは静かに息を引き取ったのです。
その死に顔は、まるで生きているかのように清らかで美しいものでした。
――彼が死ぬとき、その腕を貸してあげようと申し出る伯爵夫人や令嬢は、ヨーロッパ中に50人以上もいるだろうと言われたショパン。そんな彼が、少数の友人に看取られながら、こうして淋しく世を去ったのです。
生前これほどまでに人々に愛されたショパンが、死後100年経った今も、世界中からますます深く敬愛されていることは、とても興味深い事実です。
ショパンの音楽は、決してその場限りの流行音楽などではありません。ショパンという人物が真の芸術家であったことは、このこと一つを見ても明らかではないでしょうか。
ピアノ音楽に興味を持つ人で、ショパンを好きではないと言い切る人に、私は出会ったことがありません。
ショパンの音楽は常に新鮮で、100年経っても変わらぬ魅力と、人の心に深く沁み入る美しさを持っているからです。
彼の作品の数は非常に多いですが、いくつかの歌曲を除けば、そのほとんどがピアノ曲であり、一つひとつが宝石のように貴く美しいものです。
真にピアノの魂を理解し、ピアノに歌を歌わせたショパンの天才は、ピアノという楽器が存在する限り、人類の宝物として受け継がれていくことでしょう。それは、要約された美しさの精粋であり、これ以上ないほど無駄を削ぎ落とした芸術的な表現です。
奥の奥、極めて神秘的で素晴らしい音の芸術の頂点であると言ってもよいでしょう。
数ある即興曲の中でも「幻想即興曲」の甘美さ、円舞曲のなかでも「華麗なる大円舞曲」の雄大で美しい響き、「円舞曲 嬰ハ短調」の幽玄で優美な調べ、24曲の練習曲、4曲のスケルツォ、3曲のソナタ、4つのバラード、哀愁ただよう数々の夜想曲、24の前奏曲、10数曲のポロネーズ、そして数えきれないほどのマズルカ――。数え上げればキリがないほどです。
しかし、そのすべてが天才の遺した世界の宝物である、と言って、はばかることなどありましょうか。
ショパンのレコードと作品
ショパンのレコードは実にたくさんあります。
同じ曲がこれほど数多くレコードされているという点では、あのベートーヴェンでさえショパンの敵ではありません。
それは、ショパンのピアノ曲が手軽に楽しめることや、レコードとして実用的に聴きやすいという理由もあるでしょう。しかし、一番大きな原因は、ショパンという音楽家の魅力が、誰をも虜にせずにはおかないからでしょう。その美しさと親しみやすさは、全人類に語りかける普遍的な性質を持っていると言っても過言ではありません。
ショパンの作品においては、協奏曲やソナタはそれほど重要とは言い難いので、私はむしろショパンらしさが詰まった小品から紹介する方法をとろうと思います。
夜想曲(ノクターン)
「夜想曲」と三つの漢字を並べるよりも、「ノクターン」とカタカナで書くほうが、ショパンの曲にはふさわしいでしょう。
夜の情緒、夜の空気、夜の感傷、そして夢のような夜への讃美を、ショパンはこの名のもとに20曲も書き残しています。
コロムビアから出ているゴドフスキーの演奏には、2集のレコードに12曲を収めたものがありますが(J7395-8、J7441-4)、この近代の大ピアニストも老境に入ってからの録音であり、立派で美しくも、もはやショパンの夢のような響きは失われています。
ビクターにはルービンシュタインの「夜想曲全集」があり、19曲まで収められています。しかし、それは絢爛豪華で、ノクターンのもつ霧に包まれたような情緒を欠いており、壮大ではあるものの、少し約束事から外れた印象を受けます。
とはいえ、録音が良く、演奏技術も確かですから、曲の全体像を把握するためには申し分なく役立つでしょう(ビクター JD1035-45)。
一枚ずつの優れたレコードとしては、「夜想曲第2番 変ホ長調(作品9-2)」が最も有名で誰にでも知られていますが、私はビクターのコルトー(愛好家協会第4集)の演奏を推します。
「同第5番 嬰ヘ長調(作品15-2)」は、パデレフスキの演奏が見事です。
この曲は旧盤のパデレフスキも良かったのですが、よほど得意なのでしょう、その風格の雄大さの中に、しみじみとした美しい情緒が溢れており、比類がありません(ビクター6825ならびに愛好家協会第2集)。「第8番 変ニ長調(作品27-2)」は、老境に入ってからの録音ではありますが、パハマンのレコードに興味を惹かれます。
それは、加齢による多少の歪みや粗さはあるにしても、他の人たちでは到底なし得ない独特の雰囲気を醸し出しているからです(ビクター、パハマン選集)。
円舞曲(ワルツ)
ショパンの華麗さは、この14曲の円舞曲にこそ求めなければなりません。
まとまったものとしては、ビクターから出ているコルトーの「円舞曲集」(JD434-9)があります。
これは実に自由自在、何ものにもとらわれない名演奏で、14粒のきらびやかで美しい珠玉のようです。
なかでも第7番の嬰ハ短調(作品64-2)の円舞曲などは、言葉では言い表せないほどの美しさで、一篇の劇詩に匹敵するほどの雄弁さを持っています。
一曲ずつの中でコルトー以外に優れているものとしては、ブライロフスキーの「第1番 変ホ長調(作品18)」(ビクター愛好家協会第5集)の華やかさと、「第2番 変イ長調(作品34-1)」の豪華さが挙げられます。
ブライロフスキーは、このような外面的な華やかさを持つ曲が非常に得意です。
パデレフスキによる「第1番の円舞曲」の壮大さは、録音は古いものの、さすがに超一流の大家の面影を残しています(ビクター VD8)。
ギーゼキングの「小犬のワルツ」(コロムビア J5604)は爽快です。
パハマンによる同じ曲の、口上入りのレコード(ビクター JF17)も面白いでしょう。
それからラフマニノフの「第7番の円舞曲 嬰ハ短調」は、録音は古いですが、非常に個性的なレコードです(ビクター 1245)。
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