もっとも、勝利は決定的だったとはいえ、決して最初から順風満帆だったわけではありません。初演の夜、聴衆は敵意をむき出しにして、非難や嘲笑、妨害が飛び交う中で劇は進みました。しかし、聴衆はいつの間にか不思議な魅力に引き込まれ、次第に静まり返るのをどうすることもできなくなっていったのです。
3日後の2回目の公演では、妨害は一切起こりませんでした。それどころか、劇が進むにつれて、ワグナーの時代以来見たこともないような熱狂に包まれ、10回ものアンコールが起こり、聴衆の感動は最高潮に達しました。その成功を支えたのは、新しい美しさに敏感な音楽院の生徒や、若い学生たちだったと言われています。一方で、音楽院長のデュボアは、「ペレアス」を聴くことを学生に禁じました。学校で教える音楽のルールに反するからだ、というのがその理由でした。
ドビュッシーは一躍、世間の名士となりました。その後、「海」に取り組み、ピアノ曲「版画」「影像」を完成させ、自分自身の立ち位置について「シューマンの左か、ショパンの右あたりだろう」と語りました。
1908年には「子供の領分」を書き、その翌々年には「聖セバスチアンの殉教」を初演しました。1914年に第一次世界大戦が勃発すると、愛国心に燃えていくつかの戦争音楽を書き、さらに様々な楽器を組み合わせたソナタを3曲作曲しましたが、1918年3月25日、空襲下のパリでひっそりと息を引き取りました。
ドビュッシーの作品とそのレコード
ドビュッシーのレコードが、予想以上にたくさん存在していることに誰もが驚くことでしょう。20世紀に活躍した作曲家の中で、彼ほど人を惹きつける魅力を持った人は少なかったのかもしれません。
特に日本人には親しみやすい作曲家です。野村光一氏が「日本人の感性からすると、むしろ分かりやすい音楽の一つである」と評しているのは、非常に面白い観察です。
ペレアスとメリザンド
楽劇「ペレアスとメリザンド」は、私たちにとってどれほど熱烈な憧れだったことでしょう。文献だけでこの曲を知っていた20年前の音楽ファンにとっては、優しい思い出の一つです。
関東大震災の直後、フランス・グラモフォンから発売されたこの曲の抜粋盤は、日本にも10組ほど輸入されたはずです。非常に高価だったにもかかわらず、奪い合うように売れていったことは、日本のレコード界の語り草にさえなっています。
実際、パンゼラとプロティエが歌う「髪の場」や「泉水の場」などは、夢心地の陶酔を誘うものでした。今の人には想像もつかないような、深く感激した思い出として残っているのです。その後、フランス・グラモフォンは、全く同じ配役と管弦楽団を使い、同じくコッポラの指揮で電気録音の初期に改めて吹き込み直しました。それがビクターから発売され、今日私たちが手に入れることのできる標準的なコレクションとなったのです。
このレコードも今から十数年前の録音ですので、オーケストラの響きなどは少し物足りなく感じるかもしれませんが、パンゼラの演じるペレアス、プロティエのメリザンド、そしてマルクーのゴローという、あの素晴らしい組み合わせの妙を味わうことは十分にできるはずです(ビクター四一七四―六、九六三六―九)。
コロムビアから出ているレコードはそれより数年後に録音されたもので、トリュックが指揮するオーケストラの音色は、ずっと鮮やかで美しいものです。
その上、クロアザがジュヌヴィエーブ役を歌っているのも大きな特徴です。どちらが良いとは一概に言えませんが、主役の歌手の質と、オーケストラの演奏に関してはビクターの方が優れていると言えるでしょう(J八一七九―八四)。
他にもポリドールから、ヴォルフの指揮で「髪の場」だけを収録したものが出ています。
録音状態は荒々しいのですが、ブリオ(ソプラノ)とゴーダン(テナー)の歌声はなかなか良いものです(六〇一七七)。
「ペレアスとメリザンド」の初演時に歌ったメリー・ガーデンが、ドビュッシー自身の伴奏で歌ったレコードが二枚、I・R・C・C(国際レコード収集家クラブ)から出ていますが、日本では今のところ手に入れるのが難しい状況です。
「夜想曲」「海」「牧神の午後」その他
「夜想曲」は「雲」と「祭」と「シレーヌ」の三曲から成り、ドビュッシーの名声を不動のものにした素晴らしい作品です。
どこかぼんやりとした印象を描き出した、新鮮で香りの豊かな音楽です。
中でも、歌詞のない女声合唱が加わる「シレーヌ」はとても面白い曲です。
レコードとしては、コロムビアのピエルネ指揮、コンセール・コロンヌ交響楽団の演奏が良いでしょう(J八三三八―四〇)。
しかし、ビクターのコッポラ指揮、パリ音楽院管弦楽団の演奏(JD一五四三―五)も、録音が新しいという点でおすすめできます。
「牧神の午後の前奏曲」は、マラルメの詩をもとにして作られた音楽で、ドビュッシー初期の野心作であり、不思議な空気と光を音楽で描き出した作品です。
印象主義音楽が初めて勝利を収めた曲だと言ってもよいでしょう。
この曲のレコードはたくさん出ています。
ストコフスキー、ヴォルフ、ピエルネ、コッポラ、ストララムといった大指揮者たちが、競い合うように録音を残しています。
ですが、もし一組だけ選ぶとしたら、今は亡き指揮者ストララムが自分のオーケストラ、コンセール・ストララムを指揮したコロムビアのレコードが一番良いと思います(J七七四五)。
次点としては、やはりコロムビアから出ているピエルネ指揮のものが挙げられます。
「海」はドビュッシーの完成期の傑作ですが、レコードはビクターのコッポラ指揮、パリ音楽院管弦楽団によるもの以外に見当たりません(JD二〇四―六)。
「春」は、ボッティチェリの名画「春」からヒントを得て作曲した極めて初期の作品で、レコードはビクターからコッポラ指揮、パリ音楽院管弦楽団の演奏が出ています(JD八六三―四)。
「聖セバスティアンの殉教」も同じくコッポラの指揮でビクターから出ています(JD一―二)。
「イベリア」も同様です(ビクターJD八五〇―二)。
「小組曲」は、もともとピアノ連弾用の曲でしたが、それをオーケストラ用に編曲したものが二、三種類レコードになっています。
この曲の編曲者であるビュッセがパリ交響管弦楽団を指揮したものがコロムビアにありますが、少し精彩に欠けるようです(J五二三七―八)。
ビクターにはコッポラ指揮のものもあるはずです。
ソナタ
ドビュッシーは晩年、さまざまな楽器を使って六つのソナタを作曲することを計画していましたが、三つだけを完成させて亡くなりました。
その三つのソナタはいずれも磨き抜かれた名作で、中でも「ヴァイオリン・ソナタ」をティボー(ヴァイオリン)とコルトー(ピアノ)が演奏したものは、絶品と言えるレコードです。
これほど香りの高い表現のレコードは、めったに出会えるものではありません(ビクターJD五九―六〇)。
「フルートとヴィオラとハープのためのソナタ」は、妖しくも美しい曲です。
モイーズ(フルート)、メルケル(ヴィオラ)、ラスキーヌ(ハープ)という三人の名人を合わせたビクターのレコードは素晴らしいです(VH四〇〇六―七)。
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