初級翻訳・海底の魔術師 第11話

江戸川 乱歩

いずれにせよ、無線で本社に相談します。そして大阪から、応援のチームを送ってもらいましょう」

すると、その場にいたサルベージ会社の技師が口を開きました。
「それにしても、時間がかかりすぎます。怪物はもう金塊のありかを見つけ出しているかもしれませんよ。もし盗み出されてしまったら、それでおしまいです……船長、あれを使ってみてはどうでしょう?」
「ダイビング・ベルのことかね?」
「そうです。あれに私が乗り込んで、怪物を見張るのです。いくら鉄の人魚だといっても、あの機械なら手出しはできないはずです」
「うむ、そうするほかないな。よし、君が乗り込んでくれるか」

ダイビング・ベルというのは、分厚い鉄でできた大きな玉のような形の潜水機です。その中に人間が入り、海の底へと沈んでいくのです。鉄の玉には分厚いガラス窓があり、その上にはサーチライトのような強力な水中電灯がついていて、海の中がよく見えるようになっています。また、鉄の玉には二本の鉄の腕がついており、その先は物を挟むための大きなツメになっています。まさに鉄のツメです。サルベージ会社では、潜水夫が潜れないような深い海底の仕事をする際にこの潜水機を使いますが、船長は万が一の事態を考えて、その機械を船に積み込んでいたのです。

ハヤブサ丸には、重い潜水機を扱うための小さなクレーン(起重機)が備え付けてありました。数名の船員がクレーンを動かして、ワイヤーロープで船倉から潜水機をつり上げました。その中に技師が乗り込みます。機械を密閉すると、クレーンの向きを変えて海面へと突き出し、ゆっくりと潜水機を海の中へとおろしていきました。

潜水機の中は、まるで飛行機の操縦席のように、座ったまま何でも操作できるようになっていました。席の前にはいくつものボタンがついていて、それを押せば外にある鉄の腕や鉄のツメを自由に動かすことができるのです。技師はガラスののぞき窓から、じっと海の中を見つめていました。

機械はどんどん沈んでいきます。窓の上の強力な電灯の光で、十メートル先までもはっきりと見渡せます。その光の中を、大小さまざまな魚たちが右へ左へと泳いでいく様子は、実に美しい景色でした。潜水機は沈没船のハッチの中までは入れないので、ハッチの入り口のそばまで行って、そこで見張るつもりなのです。

窓から外を見ていると、海底の沈没船がだんだんと大きく見えてきました。つまり、こちらがその船の方へ近づいていっているのです。

「おや、ものすごく大きな魚だぞ」

技師は思わずひとりごとを言いました。電灯の光も届かないずっと向こうの方から、クジラの子どもとでもいうような、巨大な魚がこちらへやってくるのが見えたからです。この辺りにクジラが来ないとは言えませんが、どうもクジラとは違っていました。それに不思議なのは、目がものすごく大きくて、自動車のヘッドライトみたいにギラギラと光っていることです。まるでメダカのように目が大きいのに、そのメダカの何万倍もあるような巨体をしているのです。こんな変な魚が、本当にいるのでしょうか。

そんなことを考えているうちに、その巨大な魚はだんだんとこちらへ近づいてきました。目が大きいばかりでなく、口が五月のぼりのコイのようにまんまるです。そして、その口が少しも動かないのです。

目の光はますます強くなってきました。まるでサーチライトのように、その前の水がパッと明るく照らされているではありませんか。巨大な魚の背中には、透き通った空気袋のようなものがついています。ひらべったい袋です。

「や、や、あれは魚じゃない。潜航艇だ! 魚形潜航艇だ!」

技師は思わずとんきょうな声で叫びました。それは鉄でできていたのです。二つの目だと思ったのは、潜航艇のヘッドライトだったのです。あの丸い口は、ひょっとしたら大砲の筒先なのかもしれません。それにしても、このへんてこな潜航艇は、いったいどこの国からやってきたのでしょう。いやいや、どこの国でもない。これはきっと、悪魔の国からやってきたのに違いありません。

「おやっ、変なものがいるぞ。いったい、あれはなんだろう」

技師はギョッとして、潜航艇の背中を見つめました。前についている二つの目玉の光があまりに強烈で、背中の方はよく見えませんでしたが、そこには恐ろしいものがうずくまっていました。
鉄の人魚です。
鉄の顔に鉄のトサカ、耳まで避けた口からは二本の牙がニュッと突き出ており、体はワニのような怪物です。
そいつが、魚形の潜航艇の背中にヤモリのようにペッタリとくっついて、青く光る目でじっとこちらをにらみつけているのです。
技師は鉄の玉(潜水機)の中に入っているのですから、どんな怪物がやってきても安全なはずですが、それでも鉄の人魚の恐ろしい姿にゾッとして、体がすくんで動けなくなってしまいました。
魚形潜航艇はすぐ目の前まで迫っていました。
相手は自由に動き回れるのに、こちらはハヤブサ丸からロープで吊り下げられているだけなので、逃げることもできません。
技師は潜水機の中にある電話機を手に取って叫びました。
「早く引き上げてくれ……。恐ろしい潜航艇がやってきた。その背中に、鉄の人魚が乗っている……!」
「なんだと、潜航艇だって? それは本当か!」
ハヤブサ丸の船長の声が聞き返してきました。
「そうだ。魚の形をした、恐ろしい潜航艇だ。もう目の前まで近づいてきた。危ない! 早く、早く引き上げてくださいっ!」
すると、ハヤブサ丸では引き上げ作業を始めたらしく、潜水機が少しずつ上の方へと昇っていきます。
そのとき、ギョッとするようなことが起こりました。
目の前の魚形潜航艇の、丸い口のような穴から、ヘビの舌のような長い黒い棒がパッと飛び出してきたのです。
その棒の先は二つに分かれていて、物を挟めるようになっていました。そして、そのハサミが技師の乗っている潜水機の上の方へと伸びてきたのです。
技師は急いで、上に開いている小さなガラス窓からのぞきました。
あっ、怪物の鉄のハサミが、潜水機を吊り上げているロープを挟もうとしているではありませんか。
「大変だ! 敵はロープを切ろうとしている。早く、早くもっとぐんぐん引き上げてくれ!」
ハヤブサ丸では、ロープを巻き取るエンジンをいっそう速く回転させました。
その力で潜水機がグラッと揺れて、真上にいる魚形潜航艇にぶつかりそうになります。
技師は前にあるハンドルをめちゃくちゃに回しました。
すると、潜水機の外に突き出している鉄の腕が左右にグッグッと動いて、潜航艇の脇腹を激しく打ちつけました。
艇の背中にしがみついている鉄の人魚が、グッとこちらに首を伸ばして、リンのように光る目でニラみつけてきました。
技師はまたハンドルをガチガチと動かします。鉄の腕が怪物の方へ伸びて、ワニのような尻尾をつかみそうになりました。
潜航艇の鉄の舌と、潜水機の鉄の腕による、恐ろしいつかみ合いです。機械と機械の戦いです。
海底の水は渦を巻いて泡立ち、魚たちは逃げ回り、丸い鉄の潜水機はブランブランと揺れ動き、潜航艇はロープを離すまいと右に左に尻尾を振り、鉄の人魚はその背中の上で暴れ回るという、命がけの戦いが続きました。

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