初級翻訳・海底大陸 第14話

海底大陸

しかし、三千夫がルゾン号に救われたことは、クーパーの知らないことでした。

「おお、事務長。なんだか目が、少し見えてきたようですよ!」
と、秘書のマルラが突然大きな声で叫びました。
「なに、目が見え出したって?」
クーパーは声のする方を振り返りました。すると、向こうに薄ぼんやりと人の形が見えるではありませんか。それは久しぶりに見るマルラの姿でした。
「おお、マルラ! 見える、見えるぞ! そこに立っているのはお前じゃないか」
「ああ、事務長! 私にも見えます。あなたはパイプをくわえていらっしゃるのですね。ああ、ありがたい、目が見えるようになるなんて」

これを聞いていたパイクソンは、
「おお、するとこれは、さっきモルフィス船医長が処方して作った薬が効き始めたんだな!」
と、嬉しそうに言いました。
モルフィス医師は、船内で唯一目が見えるパイクソンの助けを借りて、これぞと思う解毒剤を作ったのでした。もちろん、医師が口で言う処方通りに、パイクソンが棚から薬瓶を探し出し、秤にかけて作ったものでした。
その薬は、わずかに五十人分しかできませんでした。あとは材料が足りなかったのです。クーパーの命令で、その五十人分の薬を、船を動かすのに必要な船員たちにだけ飲ませたのでした。お客さまのことは、後回しにするより仕方がありませんでした。
その薬が、いよいよ効き始めたのです。
クーパーたちの喜びは非常に大きなものでした。
目さえいくらか見えるようになれば、この災難からなんとかして逃げ出す手段が見つかるだろうと考えたからです。
そのとき、電話のベルがチリチリチリンと鳴り出しました。
クーパーが出てみると、電気主任のエレソンの声でした。
「おお、クーパーさん。目がうっすら見え出しましたよ。だから、すぐに電気を起こします。まずは船内の電灯からつけましょう」
電気主任の声も、喜びに満ち溢れていました。

### 怪しき浮きドック

船内には、こうこうと電灯が輝き出しました。
すると、今まで見えなかったものが、急にはっきりと見え出しました。
モルフィス博士の薬のおかげで、やっと東の空が白みかけたくらいの明るさになり、今度は電気主任が発電機を回して電灯をつけたので、太陽が地平線に沈んだ直後くらいの、かなりの明るさになりました。
光ほど、人間に元気を与えるものはありません。
誰も彼も、見違えるように元気づいてきました。
クーパーは、目の見え出した船員に命令を下して、至急船内をくまなく見て回り、故障や異常のある場所を調べて報告するように言いました。
そうしておいてから、彼は一等運転士のパイクソンや秘書のマルラと連れ立って、甲板へ出ました。
彼は何よりも、船の外の風景を見たかったのです。
ところが、舷(ふなべり)へ出てみると、大きな驚きが三人を待っていました。

「おや、やっぱり海がないじゃないか」
「えっ、海がないとは……」
三人は舷越しに、海のない空間を見ました。
水準線から下の赤ペンキを塗った船腹が、はっきりと見えました。まるで浮きドックに入っているような格好だったのです。
「これは驚いた。いったい、ここはどこだろう」
マルラはぶるぶると震えながら叫びました。
クーパーは双眼鏡を手に取って、ずっと前方を見ていましたが、彼の顔色はだんだんと青くなっていきました。
「うむ、奇怪なこともあればあるものだ。ねえ、パイクソン。ここから二百メートルほど向こうを双眼鏡でよく見てごらん。たしかに壁みたいなものが見える。もっとも、その壁は透明なんだが、それでも壁であることには間違いがない」
「なに、透明な壁が見えるって? どれ……」
パイクソンも双眼鏡を目に当てて見て、同じように顔色を変えました。
「おお、クーパー。僕たちはとんでもないところへ来ているぞ。海のない、透明な壁の中! ここは天国か地獄か、どっちかではないかね」
「うむ、少なくとも天国ではない。なぜって、こんなくさい天国があるとは、聖書に書いてなかったからね」
この会話を聞いていたマルラは、急に二人しがみつきました。
「うわあ、うへーっ。すると、わ、私たちはもう死んでしまったのですかねえ。もう二度と生き返れないものですかねえ。グラスゴーには、わしの女房と三人の子供が、お土産を持って帰るのを待っているんです」
クーパーは、このかわいそうな男の頭を静かになでながら言いました。
「ああ、これが天国か地獄かのどっちかであった方が、どんなによかったかしれないよ。もしもこれが、そのどっちでもなくて、やっぱり生きている世界の続きだったとしたら、このあまりの不思議さは、僕の気を変にしてしまうだろう」
「……」

### 後ろの怪敵

そうは言いましたが、クーパーは口ほど慌てているわけではありませんでした。
彼の眉のあたりには、強い覚悟のほどが見えてきました。
「ねえ、パイクソン。僕たちは、しばらく、驚くことをやめようじゃないか」
「驚くことをやめるって、どうするんだ」
「うむ。われわれは、大変不思議な場所へ来ているようだが、今いちいち驚いていては、いつまでたってもここから生き返る方法が見つからないだろう。もうこれからは驚くのをやめて、何とかして抜け出す方法を考えることにしよう」
「うむ、それはいいことを言ってくれた。じゃあ僕も、これからは何を見ようと驚かないぞ」
事務長と一等運転士の間に、固い申し合わせができました。
マルラも震えながら、それに賛成しました。
「じゃあ、パイクソン。一つ考えてくれ。あの透明な壁は、いったい何だろう」
「さあ、なんだか一向に分からないが、とにかくわれわれは変なところに閉じ込められていることは確かだ。よし、あの壁が何であるか、それを試すのにいい方法がある」
「いい方法というと」
「うん、僕がこれからやることを見ていたまえ」
パイクソンは自分の部屋へ行きましたが、やがて手に一丁の銃を持って引き返してきました。
「おお、そんなものでどうするんだ」
「これであの透明な壁を撃ってみるんだ」どんな手応えがあるか、それを試そうじゃないか」
「おい、パイクソン。それはいい考えだとは思うが、少し手荒すぎはしないかな」
クーパーは、さすがに心配そうでした。
「なあに、うまくいかなければ、どうせもともとだ。まあ見ていろよ」
パイクソンは銃を構えると、その透明な壁をめがけて、どどん、どどんと銃弾を発射しました。
銃声はあたりにこだまし、うわーんというものすごい響きを立てました。
硝煙が晴れるのを待って、三人は今撃った透明な壁がどうなったかと、その方を眺めました。
「おや、どうもなっていないぜ」
「ガラスみたいに割れるかと思ったのに、どこも壊れてやしない」
「なんと、張り合いのないこと!」
と三人は声を合わせて叫びましたが、それは少し早計でした。
なぜなら、そのとき三人の目が、もしも後ろ側の舷(ふなべり)に注がれていたなら、彼らはきっとその場に飛び上がったかもしれないからです。
ちょうどそのとき、舷の外から、まるでクラゲに大きな二つの目をつけたような前代未聞の怪物が、四、五十匹もそろりそろりと船の上にはい上がってきて、後ろ向きになっている三人の男の方へ、そっと近づいてきたのです。

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