初級翻訳・海底大陸 第20話

海底大陸

こっちが長良川博士、こっちがドン助教授です」
「ああ、そうか、どうかよろしく、どうかよろしく」
 と、クーパーは、額を下にすりつけんばかりに大喜びである。
「クーパーさん。ほかの船員や乗客たちはどうしていますか」
 と長良川博士は、まず人命を心配して、これをクーパーにたずねた。
「人命ですか。……人命は大部分安全ですが、中にはこの化け物たちと格闘を始めて、殺られた者もいくらかいるようです」
「うむ、大部分助かっていたとは何よりです。あなたがたの本国では、たいへん心配しているようですから、あなたがたは、すぐに本国へ帰られた方がいい」
「そ、そのとおりです。博士――あのう長良川博士とおっしゃいましたね。」「どうか私たちクイーン・メリー号の乗組員全員を助けてください」
 クーパーはそう言いましたが、すぐに頭を左右に振って続けました。
「いや、だめだ、だめだ。この恐ろしい化け物たちが、私たちをそう簡単に手放すとは思えない。私たちもこの連中を何人か殺してしまっているからなあ」
 彼が力なくその場に座り込んでしまうと、長良川博士は気の毒でならないといった面持ちで、クーパー事務長の肩を軽くたたきました。
「いや、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私たちがここへやってきた第一の使命は、クイーン・メリー号の船体と乗員を安全に元の場所へ戻すよう、交渉することなのですから」
「博士、それは本当ですか。本当にそうしてくださるのですか」
「もちろんですとも。このような海底大陸への監禁が長引けば、メリー号の乗客にも乗員にも病人がたくさん出てくるに違いありません。私はこれから行って、海底超人たちにあなたがたの釈放を交渉してきましょう」
「博士、どうかお願いします。ぜひお力を貸してください」
 博士はあたりを見回しました。
「ロロー殿下はどこにいらっしゃるかな」
 博士は、大勢集まっている海底超人たちの間を縫って、ロロー殿下の姿を探し求めました。

海底超人の秘密

 王子ロロー殿下――。
 読者の皆さんには少し珍しい名前かもしれませんが、実は殿下の姿は、この物語の最初からすでにおなじみのものでした。
「鉄水母」という名の怪潜水艇がたびたび大西洋上に姿を現したことがありましたが、あの艇内で操縦していた怪人こそ、他でもないこの海底大陸の王子ロロー殿下だったのです。
そう言えば、読者の方々もきっと心当たりがあるのではないでしょうか。
ロロー殿下がなぜあのような潜水艇を手に入れたのか、なぜ大西洋の波間に現れてはルゾン号に通信したり、イギリスの捜査隊と戦ったりしたのか。その詳細については「ロロー殿下の日記」に記されていますが、今はあえてここには取り上げないことにします。
しかし賢明な読者なら、ロロー殿下が勇敢であり、かつ正義感に強い人物だということに気づいているはずです。
一言で言えば、ロロー殿下は海底大陸における随一の知識人であり、同時に随一の冒険児でもありました。そして、海底大陸と私たち人類の間を取り持つ、仲人のような役割さえ演じていたのです。
ちょうど、人類側からの連絡使節として長良川博士やドン助教授がやってきたのと、同じ立場にあると言えるでしょう。だからこそ、ロロー殿下はルゾン号に近づいて長良川博士一行を招き、「鉄水母」に乗せて海底大陸へ連れてきたというわけです。
「おお、長良川博士――」
 博士の肩を後ろからたたく者がいました。
博士が振り返ると、例のゴムの服を着て、頭の上からすっぽりとマスクをかぶったロロー殿下が立っていました。
「おお、ロロー殿下。ちょうどあなたを探していたところです。かねて艇内でお話しした通り、クイーン・メリー号と乗員たちを、すぐに海上へお戻し願いたいのです」
「博士、そのことですが。父であるアトラ王をはじめ、外務大臣のランタ以下、皆々がなかなか承知してくれないのです。あのような大仕掛けな落とし穴を作ってせっかく捕らえたクイーン・メリー号を、このまま手放すのは嫌だと言うのですよ」
「それは困ります。メリー号を解放してくださらなければ、きわめて危うい未来が予想されます。艇内でも申し上げた通り、この海底大陸と地上大陸の大戦争を引き起こす事態にまで発展しかねません。それはお互いにとって、決して得なことではないのです。大殺戮と莫大な損害が生まれる前に、私たちは理解し合わなければなりません。そのためには、メリー号を一刻も早く海上へ戻すことが最善なのです」
「博士、困ったことに、わがアトランタニアンたちは、地上人類がいかに恐ろしい存在であるかをまだよく理解していないのです」
「相手が恐ろしいかどうかよりも、正義感から言って、すぐに元の場所へ返してやらなければなりません。そうではありませんか」
 長良川博士の正論の前に、ロロー殿下は黙り込んでしまいました。
まったくその通りです。博士の言うことは正しいのです。
しかし海底超人たちには、博士がまだ気づいていない、異種生物の心の中に流れる恐るべき「大秘密」がありました。それが今後どんなふうに爆発するのか、博士はまだ知りません。ロロー殿下自身も、今はまだそこまで説明したくないと考えていたのです。

運命の分かれ道

 ロロー殿下は、長良川博士にしばらくここで待っていてほしいと頼むと、再び宮殿の奥へと姿を消しました。しばらくすると、ロロー殿下はふたたび姿を現わし、長良川博士のところへ急ぎ足でやってきました。
ここでもう説明しておきますが、ロロー殿下の姿は、一般的な海底超人のような格好ではありません。
それはちょうど、潜水服と潜水ヘルメットを身につけた人間のような形をしていました。
ただ普通の人間にくらべて体は一メートルほど高く、体の割に頭部が大きかったのです。
マスクの中からは黒い二つの眼がのぞいていましたが、これは一種の仮面であって、人間に会っても相手を驚かせないよう、深い配慮から設計されたものでした。
つまり端的に言えば、ロロー殿下は人類と接するときに相手を怖がらせまいとして、細心の注意を払った外装を整えていたのです。

「長良川博士、話はうまくつきました」
と、ロロー殿下はうれしそうに言いました。
「どのように話がつきましたか」
「これからすぐ、クイーン・メリー号を海上にもどします。船室も乗員も皆、元のようにもどします」
「それはいいことです。わたしも安心しました」
「だが博士、それには一つの条件があるのですが……」
と、ロロー殿下は言いにくそうに付け加えました。
「何です、一つの条件があるというのですか。その条件というのは何ですか」
「これはつまり――つまり、わたしが『鉄水母』でお連れしたあなたがた三人には、向こう一年間この国に滞在していただきたいということです」
「向こう一年間の滞在をせよというのですか」
長良川博士は、きりっと唇をむすんでロロー殿下を見つめましたが、
「いや、わたしはそれくらいのことは覚悟していました。しかしドン君と三千夫君にも聞いてみなければならない」
博士は二人をそばに呼んで、海底超人国の申し出を伝えました。
するとドン助教授は、ただちに決意して、長良川博士と運命をともにしたいと言いました。

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