誰も入れてはならない」
「このままでは、やがて見つけ出して、ロロー殿下を殴り殺してしまうでしょう。全く困り果てました」
「ロロー殿下を生け捕りにしたという報告が、これほどロンドン市民を刺激するとは思わなかった。いや、私の失敗だ。では、ロロー殿下を船倉の奥に移して、安全を図るというのはどうだろう」
「どこへ殿下を移しても、船内はいたるところ敵だらけです。熱狂している群衆が近づくと、船員までがいっしょになって熱狂してしまうのですからね。無理もありません、彼らの仲間もかなりたくさん海底超人に殺されたのですから」
「どうも困ったな」
クーパー事務長はすっかり考え込んでしまいました。しばらくすると、彼は急に顔を上げました。
「そうだ、いい考えがある」
「いい考えとは、クーパー君、どうするつもりかね」
「誰かがロロー殿下に仮装するのだ。そして、群衆が登れないマストの頂上に登らせる。群衆がそちらに気を取られて『あれよあれよ』と言っている間に、長良川博士に頼んでロロー殿下を連れ出し、水上機で逃げてもらうんだ」
「ロロー殿下の偽者はいいが、ロロー殿下を本当に逃がしてしまうのかね」
「そうではない。群衆を撒いたら、そのあとでまたテームズ河口に目立たないように着水させて、再び引き取るのだ。ケンブリッジ大学の生物学会から、ロロー殿下への面会が申し込まれている。その方へ渡せば、まず命は安心していられるだろう。少なくとも、我々の責任だけは確実になくなるから、その方がいいと思う」
クーパー事務長は、真剣な顔つきで、いま考えているロロー殿下の処遇について語りました。
果たしてロロー殿下や長良川博士は、これからどんな憂き目に遭うのでしょうか。王子を奪われた海底超人は、黙って指をくわえて引き下がっているのでしょうか。
宿泊所。
クイーン・メリー号のクーパー事務長が立てたロロー殿下の安全上陸計画は、思いのほか上手くいきました。
ロロー殿下に仮装したマルラ秘書が群衆の注意を引いている間に、本物のロロー殿下は長良川博士と二人でメリー号に積んでいた水上機に乗り込み、カタパルトで飛び出しました。
そして筋書き通りテームズ河口に着水したのち、そこに待ち受けていたケンブリッジ大学の生物学会会長シムトン博士をはじめとする学界の人々に迎えられ、無事に大学の奥深くへと連れ去られたのでした。
「やあ、珍客ロロー殿下とやら。この地下室を殿下の居間に決めましょう」「ここなら、もう暴徒に襲われる心配もありません。どうか安心してください」
シムトン博士は、曲がった鼻と白いひげを一緒になでながら、ロロー殿下に言いました。
そう言いながらも、博士は太った腰を妙に揺らしながら、ロロー殿下の一挙一動を、じろりじろりと興味深そうに見つめていました。
「ご親切に、ありがとうございます」
ロロー殿下は、簡潔に答えました。
油断すると、むらむらと反抗心がこみ上げてきます。それを自分自身で抑え込むのに、どんなに苦労したことでしょう。
「おお、長良川博士」
シムトン博士は、ロロー殿下のそばに衛兵のように立っている長良川博士を呼び、こう言いました。
「あなたや、あとからここに到着することになっているドン助教授や三千夫少年には、大学の近くに良いホテルを用意しておきましたから、そちらにお泊まりください」
長良川博士は、それを聞くとこう答えました。
「いや、私はロロー殿下と共に寝起きします。殿下が大学の地下室に泊まられるのなら、私も一緒にそこに泊まります。ホテルのほうは辞退します」
「そう言わなくてもいいでしょう。あなた方は人間なのだから、あんな得体の知れない動物と一緒に寝起きすることはないではありませんか」
シムトン会長の親切心ではありましたが、ある考えがあった長良川博士は、丁重に辞退しました。
殿下を守る人々
ロロー殿下の宿泊先の問題について、長良川博士はドン助教授や三千夫少年に、一体どうするべきか相談をしました。
「私は、やはりロロー殿下のそばにいたいと思います」
とドン助教授がきっぱりと言い、続いて三千夫少年も言いました。
「僕も一緒にいたいです。ロロー殿下に万一のことがあっては心配ですからね」
「ああ、君たちの気持ちはよくわかった。ロロー殿下も、それを聞いてどんなに喜ばれることだろう。では、シムトン会長へ私たちの決意を伝えることにしよう」
長良川博士は、あとのことを二人にお願いして、宿泊所の交渉のためにシムトン会長がいる建物へと向かいました。
生物学会は、同じ大学構内の、青いツタが生い茂った古めかしいレンガ造りの建物の中にありました。
シムトン会長を訪ねると、いかめしい使いの者が現れ、薄暗い廊下を通って案内してくれました。
そこは大きな広間で、シムトン会長のほかに、一目で学者だとわかる中年や老年の紳士たちが集まっていました。
彼らは大声で盛んに何事かを論じていたようでしたが、長良川博士が室内に姿を現すと、ピタリと話を止めてしまいました。
「やあ、長良川博士。何かご用かな?」
シムトン会長は上機嫌で近づいてきました。
「ちょうどいいところだ。わが生物界の権威者が一堂に会しているところなんです。ぜひあなたも傍聴していきなさい。あなたが東洋へ帰って論文を書く際にも、きっと参考になりますぞ」
長良川博士は、その厚意を軽く謝したうえで、先ほどの宿泊所の問題について話しました。自分たちはロロー殿下と共に寝起きするのが望ましいので、一緒に地下室に入れてほしいと用件を述べたのです。
「それはやめたほうがいいのじゃないかなあ。私はあなた方に敬意を表し、かつまた、あなたを思って勧めているのだが……」
「では、われわれ一行四名は一緒に地下室に滞在します」
「ああよろしい、それがお望みとあれば。だが、気をつけたほうがいいですぞ。――では、あとで三人分のベッドを入れさせましょう」
遊星植民説と海底進化説
「ああ、この方が長良川博士ですか。私はドリー助教授です」
一人の、人の良さそうなハゲ頭の老人が、長良川博士のところへやってきて握手を求めました。
「ああ、ドリー教授ですか」
「いや、皮肉をおっしゃってはいけませんなあ。私はこれでまだ助教授です。名物の万年助教授ですよ。まあそんなことはどうでもよろしい。私はかねがねあなたの研究論文に対し、深甚なる敬意を払っている者でしてね。海底超人の存在などは、結局あなたが見抜いたのですからね。よくおやりになりました。握手をさせてもらいましょう」
ドリー老助教授の差し出す大きな手を、長良川博士は嬉しく握って振りました。
向こうでは、シムトン会長が一同に向かい、さらに討論を続けたいと挨拶をしました。
「じゃあ、さっきの議論に戻り、海底超人の発生起源について、私の論を進めましょう」
安楽椅子から腰を上げたのは、生物学者として世界一と折り紙をつけられているストックホルム大学のベント博士です。
「――私の考えるところでは、海底超人は、他の遊星から植民してきた生物であると思う」つまり海底超人は、ロケットのようなものに乗って、はるばる地球までやってきたのだ。
そしてそのロケットを、大西洋の海底に着陸させたのである。
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