初級翻訳・海底都市 第17話

海底都市

辻ヶ谷君も一緒に来ればよかったのに。

……急に眠くなってきた。
それが自然な眠気ではないことに、僕はすぐに気づいた。どうしたんだろうと不審に思っているうちに、僕は意識を失った。

【ふしぎな場所】

猛烈に眠い。
しかし僕はその時、自分の意識を少しずつ取り戻しつつあった。
(誰か僕に麻薬を嗅がせたな……)(案の定、目が覚めたら、僕はとんでもない場所に寝かされているというわけか)

それが麻薬のせいだったのか、それとも脳を麻痺させる電波の仕業だったのか、はっきりとは分からない。だが、何者かの策略によって、僕がホテルの部屋からどこかへ連れ去られたのは確かだった。

僕は少しずつ意識を取り戻しつつあった。
硬いコンクリートの床に寝転がっていることに気づく。
やはり、誘拐されたんだ。
それにしても、冷たいコンクリートの上に放置するなんて、なんて無礼な奴らだろう。
いや、強盗のような相手に、礼儀もへちまもないか。
一体全体、その犯人は僕をこんなところへ連れてきて……。

「おや、すっ裸じゃないか」

いつの間にか、パジャマは剥ぎ取られていた。
真っ裸だ。
これには驚き、呆れ果てて、その場に座り直した。
そして周囲をぐるりと見回した。
変な場所だ。
おとぎ話の中では、王様のお城の豪華な部屋に連れ去られることもあるが、それは特別な場合。誘拐されるとなると、たいていは怪しげな場所に放り込まれるのが普通だ。
まさに僕は、怪しげな場所に連れてこられている。
床は冷たいコンクリート。
四方の壁は、何でできているのか、墨のように真っ黒だ。
天井は……天井はすこぶる高い。
五十メートルくらいはあるだろうか。
そして上を見上げて気づいたのだが、部屋の壁自体は十メートルほどの高さしかない。
十メートルの壁が、そこまでで途切れている。
普通ならそこに天井があるはずだと思うのだが、そこには何もなく、さらに四十メートルも高い位置に天井がある。
要するに、蓋のない箱のようなものの中に、僕は閉じ込められているんだ。
上の方では放電灯が明るく輝いて、僕を照らしている。
寒くはないが、ひどく恥ずかしかった。

そのとき、床のどこからか水が流れ込んできた。
僕は体を濡らしたくなくて、ふらつく足取りで立ち上がった。
しかし、水はあっという間に嵩を増し、僕の足の甲を浸した。
それから先は、そんな生ぬるい状況ではなかった。
水位はみるみるうちに上がってくる。
床の四隅から水が噴き出しているらしく、そこでは水柱が立って、白い泡を交えた波がゴボゴボと音を立てていた。
水は膝を越えた。
間もなくおへそも水の中に隠れた。
しかも勢いは衰えず、水位はぐんぐん上がっていく。

(水槽らしいな。一体、僕をどうするつもりだ? 水浴びをさせるつもりでもあるまいし……)

水は僕の胸を越え、やがて肩まで達した。
僕は今にも溺れそうになり、爪先立ちをして背伸びをした。

(水責めにして溺死させるつもりか? 一体誰なんだ。こんなに僕を苦しめる奴は?)

もう限界だ。
爪先立ちをしていても、水が鼻の穴に入ってくる。
仕方がないので、僕は立っていることを諦めて平泳ぎを始めた。
水は塩辛い。
(なるほど、海水か)

平泳ぎから立ち泳ぎに切り替えたり、また平泳ぎに戻したりして、二十分ほど泳ぎ続けた。
相手は僕を泳ぎ疲れさせて殺すつもりかもしれない。
だが、僕は水に浮いていることなら十八時間も耐えた記録を持っている。
だから、ちっとも怖くはない。
ただ、一刻も早くこの憎むべき陰謀の主を見つけ出し、問い詰めてやりたい。
相手はどこかから僕の様子を監視しているに違いない。
そう思い、僕はわざと余裕を見せつけるために、泳ぎながら「佐渡おけさ」を歌ったり、「草津節」を口ずさんだりした。

「だめね、これでは。水の中に潜らせないと実験になりゃしないわ」

壁の向こうから、かすかではあるが、そんな風に話す女の声が聞こえた。
「あれっ?」と僕が緊張したその時、水槽の横からギギギとガラス板が出てきて、僕の頭の上を通り過ぎた。

「やっ、ガラスの天井だ!」

突然現れたガラスの天井は、僕を完全に水中に押し込めた。
こうなると、鉢の中に入れられた金魚や亀の子と同じだ。
金魚や亀なら水中で平気で生きていられる。
しかし、僕は人間だ。空気を吸わなければ生きていけない。
これはいよいよ溺死の巻か。
なぜ僕は溺死させられなければならないのか。

迫りくるガラスの天井。
水槽の中の水位はますます上がった。
僕は泳ぎ続けた。頭がガラスの天井につかえるまで、水かさは増した。
まっすぐに顔を向けて泳ぐことはもうできない。
鼻の穴も口も、両方とも水中に沈んでしまうからだ。
仕方なく僕は平泳ぎをしながら、顔だけを横に倒して、辛うじて息をついた。

(一体、何者なんだ。僕をこんなに苦しめる奴は……)(まさか本気で僕を殺すつもりじゃないだろうけれど、ひどい目にあわせるじゃないか)

僕は、必死の思いで水をかきながら、姿の見えないこの暴行の主を心の中で激しく恨んだ。
ところが、水かさはさらにずんずんと増してくるではないか。
ガラスの天井は、容赦なく僕の頭を押さえつけてくる。
さっきから無理な姿勢で首を横に曲げて泳いでいるせいで、首の筋がひきつって痛くてたまらない。
そのうちに鼻の穴も口も、すっかり水に洗われるようになってしまった。
いよいよ水が天井につきそうなのである。
僕は、嫌だというのに、したたか水を飲んでしまった。
今や僕は、溺死の一歩手前にあった。
顔を上に向けた。まるでガラスの天井に接吻するような格好である。
そして立ち泳ぎ。
首を後ろに無理やり曲げているので、痛いやら苦しいやらで、生きている心地もしない。
「助けてくれ」と叫びたいのだが、そんな声も出てこない。
もし叫ぼうものなら、たちまち身は水中に沈んでしまい、溺死するほかないからだ。
苦しい立ち泳ぎが、一層苦しさを増していく。
浮力がなくなって、何度も何度も、ずぶり、ずぶりと水中にもぐってしまう。
これ以上水を飲まないようにと息を止めるものだから、再び水面へ浮かび上がったときの息苦しさといったら、言葉にもならない。
ああ、どうしてこんなにまで僕を苦しめるのか。
もう欲なんて何もいらない。
ただ助けてくれ。
二十年後の世界に滞在したいという欲も、何もかも消え失せてしまった。
おお、辻ヶ谷君よ。
早く僕を時間機械の力で、元の焼け跡の世界へ戻してくれ。
ぐずぐずしていると、僕はここで水死体になってしまうだろう。
またずぶずぶと沈み込み、そこで手足をだらんとして、浮力で体が浮き上がるのを、千秋の思いで待った。
ようやく体が浮き、すうっと上へ向かった。
僕は例のごとく首を曲げ、唇を一番高い位置へ突き出して、水面へ唇が一刻も早く出ることを願った。
ところが唇は水面に出るどころか、冷たいガラスの天井に触れた。
いつの間にか、水面とガラスの天井とがくっついてしまったのだ。
水面とガラスの天井の間に残っていたわずかな空気層すらも、消えてしまったのである。
水はついにガラスの天井に達した。
ああ、もう吸うべき空気がなくなった。
(本当なのか。

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