新田先生は、不思議そうな顔で博士を見つめました。
(地球の最後を映画に撮ったところで、どうしようもないじゃないか。だって、地球そのものがモロー彗星とぶつかって、煙みたいに消えてなくなってしまうのだから。変なことを言う博士だなあ……)
新田先生がそう思って蟻田博士の方をじっと見つめていると、博士はそんな不安などまったく気にしていない様子で、今度は天体望遠鏡を熱心に覗き込みはじめました。
「ほう、モロー彗星の形がだいぶ変わってきたぞ。なるほど、これでわしの観測結果が正しいということが、はっきりと証明されたわけだ」
博士は、もうすぐ地球が壊れ、そして自分も死んでしまうということが、まったく気にならないようです。
こういう落ち着きぶりは、学者の探究心ゆえのものなのか、それとも何か他に理由があるからなのか、今の段階では新田先生にもサッパリ分かりませんでした。
「あの……蟻田博士」
「なんじゃ。今、大事なところなんだ。余計なおしゃべりをするな」
「だって、そんな大事件が迫っていると聞かされたら、もっと詳しく博士から話を聞きたくなります! 博士、一体モロー彗星が地球にドカンとぶつかるのは、何月何日のことなのですか!?」
新田先生は、モロー彗星が地球に激突する日までの時間が、少しでも長くあってほしいと心から祈りながら、一番大切な質問を博士に投げかけました。
「衝突する日のことかね。つまり、地球最後の日は何月何日なのかと聞いておるのだな。ふふふ、それはなかなか重大な問題じゃ。うっかり答えるわけにはいかんよ」
「博士、お願いです! ぜひ教えてください! それが分からなければ、僕たちは何の準備もできません!」
「なに、準備だと? 準備って、一体なんの準備をするというのだね? お前たちがどんな準備をしようと、結局はすべて無駄なことじゃ。おとなしく死んでしまうがいい」
博士は、地球とモロー彗星が激突する運命の日を、どうしても教えようとはしませんでした。
新田先生は、不安と焦りで、ますますイライラしてくるのでした。「あの、博士。なぜそれを教えてくださらないのですか」
「まあ、いいじゃないか。そんなことを聞いたところで、どうにもなりはしないよ」
博士は、頑として口を割ろうとしませんでした。
「あと一年くらい先のことなのですか?」
「さあ、どうかな」
「それとも、あと一か月後でしょうか?」
「さあ、どうかな」
博士は同じ言葉を繰り返しながら、望遠鏡から離れようともしません。
「どうしてもおっしゃってくださらないのですか。……分かりました。それなら結構です。僕は他の天文学者のところへ行って、それを聞き出してみせます」
新田先生は、とうとう怒ってしまいました。
普段は決して怒ることのない先生でしたが、地球が粉々になってしまうという恐ろしい話を聞かされ、少し取り乱してしまったのです。こればかりは、先生の立場を思えば仕方がないことでしょう。
それを聞くと、博士は初めて望遠鏡から目を離しました。そして新田先生のそばへ近づき、両手を後ろで組んで、若い弟子の顔をのぞき込むようにして言いました。
「ははははは! お前は、この師であるわしの学力が、どれほど大きく、かつ深いものかを知らないようだな。まあ、やってみるがいい。誰のところでもいい、天文学者と名のつく者たちを片っ端から訪ねて回ってみるがいい。恐らく、お前の問いに答えられる学者は一人もいないだろう。いや、それどころか、モロー彗星が地球に衝突することにすら、誰も気づくことはあるまい。ふん、自慢するわけではないが、世界を見渡しても、わしより優れた天文学者はただの一人もいないのだよ」
そう言って、蟻田博士は心地よさそうに、からからと笑いました。
蟻田博士の、恐るべき自信!
モロー彗星と地球がやがて衝突することを確信しているのは、世界中で自分一人だと言い放つのです。あまりにも大きなことを言うものです。
しかし新田先生は、博士が大ぼらを吹いているのだと、一概に決めつけることもできませんでした。なぜなら、博士が極めて優秀な学者であることは、かつて博士の下で助手のような仕事をしていた頃から、よく知っていたからです。
その当時、アメリカのウィルソン山天文台にテーラーという博士がいました。その人こそ、当時の世界一の天文学者でした。そのテーラー老博士が亡くなる少し前、蟻田博士の元へ一通の手紙が届いたのです。
新田先生も後になってその手紙を見せてもらいましたが、その文面にはこんなことが書かれていました。
『ああ、自分は初めて「安心」というものを知った。それは自分の亡きあと、あなたのような天才的な天文学者が存在しているから、天文学の行く末については心配がいらないと確信できたからである。蟻田博士よ、どうかあなたは世間の評判を気にしたり、出世や金儲けを願ったりしないで、その命をただひたすら学問のために捧げてほしい。世間から悪口を言われようとも、学問の真理において決して弱気になってはいけない。そうすることが、世界人類に真の幸福をもたらす道であるからだ』
『自分は恐れている。いつかあなたに世間の非難が集中する時が来るのではないかと。なぜなら、あなたはきっと、オリオン座の付近に横たわる千古の秘密に興味を持ち、そしてついに一つの恐ろしい答えにたどり着くかもしれないからだ。その恐ろしい答えこそ、世界人類が常日頃願っている幸福を握りつぶし、大いなる暗黒をもたらすものかもしれないからだ』
テーラー老博士の手紙には、こうした深い意味が込められていたのです。
モロー彗星と地球との衝突は、もう避けることができない――蟻田博士はそう信じきっていました。しかし、その衝突がいつ起こるのか、それについては口をかたく閉ざして、語ろうとはしませんでした。
新田先生は、なんとかしてその衝突の予想日を聞き出そうと、あれこれと策を練りました。
「あの、博士。僕にもお手伝いをさせてください。モロー彗星の位置の計算でもやりましょうか?」
すると博士は笑って言いました。
「ふふん、お前ごときにそんな難しいことができるはずがないよ。どうしても手伝いたいというのなら、この望遠鏡でモロー彗星の様子に変わりがないか、それを見張っていてくれないか」
そう言って、博士は望遠鏡を新田先生に譲りました。
もちろん博士は、望遠鏡の使い方を一通り教えなければなりませんでした。また、これまでモロー彗星がどのように形を変えてきたか、写真や観測表を見せて大まかな知識を叩き込まねばなりませんでした。おかげで新田先生は、一気に最新の天文学を飲み込むことができました。
こうして、新田先生は一人で望遠鏡を操作することになりました。ただ残念なことに、モロー彗星がいる位置がちょうど太陽の近くにあり、そのうえ雲が邪魔をして、はっきりとは見えないのでした。しばらく時間をまつよりほか、仕方がない。
その代り、新田先生は、望遠鏡をいろいろと動かして見ることが出来た。
博士が世界一を誇るだけあって、じつにすばらしい明かるい望遠鏡だった。
そのうちに、新田先生は、異様なものを、望遠鏡の中にとらえた。
初級翻訳・火星兵団 第21話
海野 十三
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