初級翻訳・火星兵団 第30話

海野 十三

火柱が見えたと言われていますが、あの火星のボートというのは実はロケットであって、ロケットのお尻から力強く噴き出すガスが、まるで火柱のように見えたのだろうと考えていたのです。
もっとも、この目撃談の主は、気がおかしくなってしまった千蔵の言うことですから、あまりあてにはなりません。
それでも、とにかく例の天狗岩に姿を現し、そしてまたそこから飛び去ったものが火星のボートなのだとしたら、それは地球をあとにして、火星へとぐんぐん帰っていっている途中に違いありませんでした。
ところで、火星と地球の間は、ものすごく遠い道のりです。
たとえ火星のボートがどんなに猛スピードで宇宙を飛んでいったとしても、火星にたどり着くには一週間や二週間はかかるはずです。
それならば、蟻田博士の自慢である大望遠鏡を使って宇宙を探してみれば、きっとその「火星のボート」と呼ばれるものが見つかるはずだ――新田先生はそう踏んでいたのです。
もし見つかれば、そのとき初めて、火星のボートが存在したということが本当だと証明できますし、さらに一歩進んで、火星のボートに隠されたさまざまな秘密も解き明かせるに違いありませんでした。

「何を観測しているのかね?」
蟻田博士が、ひょいと望遠鏡のそばにやって来ました。
「ああ、博士。
ちょっと待ってください!」
新田先生はそう言って、博士の動きを制しました。
まさにその瞬間、新田先生の望遠鏡の視界の中に、赤い点のようなものが、ブルブルと小刻みに震えながら動いていくのが飛び込んできたのです。
(もしかして、これが例の火星のボートなんじゃないだろうか……!)
新田先生は、胸をドキドキとワクワクさせながら、夢中で接眼レンズを前後に動かしました。
すると、例の赤い点のようなものがだんだんはっきりと見えてきて、やがてそれは後ろから見た砲弾のような形をしていることや、そのお尻の部分からガスのようなものがシューシューと勢いよく噴き出していることまでが、くっきりと確認できたのです。
「あっ、見つけたぞ!」
新田先生は、思わず大きな声をあげました。
それはまぎれもなく、火星のボートと呼ばれる特殊なロケットでした。
何度も上下左右にブルブルと揺れてはいるものの、その火星のボートは、いつも同じお尻の部分をこちらに向けながら進んでいたのです。スピードをあげて、どんどん前進していくところらしい。
その進んでいく先は、やはり火星なのであろうか。
「何を見つけたのかね。
ちょいと、望遠鏡をわしに貸しなさい」
蟻田博士は、新田先生の体を押しのけるようにして、望遠鏡に目をあてた。
そうして、しばらくピントを直していたが、そのうちに、大きな声をあげた。
「おや、これはめずらしいものにお目にかかるぞ」
新田先生は、博士のうしろから、
「博士、そこに見えている、動く物体は、一体何でしょうか」
と、せきこんで質問の矢を放った。
「これかい。
これは宇宙艦さ」
博士は、それを宇宙艦と呼んだ。
怪人丸木は、それを火星のボートと言ったのである。
新田先生は、口の中で、
(なに、宇宙艦! 宇宙艦とは?)
と、くりかえした。
宇宙を走るから、宇宙艦というのであろうか。
博士は、望遠鏡に食いついたようになって、しきりにその宇宙艦のあとを目でおいかけている。
「おお、まちがいなく宇宙艦だ」
「博士、宇宙艦というのは何ですか」
「宇宙艦は何だと聞くのかね。
宇宙艦は、わしの友人が、一度報告書に書いたことがあった。
しかし、誰もその友人の報告書を信用しなかったし、その友人はまもなく急死してしまったのだよ。
結局、その友人は、脳に異状があったため、ありもしないそんな変なものを見たように、報告したのであろうということだった。
わしも、正直に言えば、その友人が、変になっていたのだと思っていた。
が、これはどうだ。
その友人の報告書に書いてあったとおりの形をした宇宙艦が、今レンズの向こうに見えているではないか。
しかも、さかんにうごいている!」
博士は、すっかりその宇宙艦に、気をうばわれている様子であった。
「博士、その宇宙艦というのは、どこの国で作ったものですか」
「作った国は、どこだというのかね。
さあ、わしはまだよく研究していないが、さっき話したわしの友人は、ドイツの空軍研究所が、試験的に作ったものであろうと書いてあった。
もっとも、ドイツの当局では、そんなばかな話はないと、さかんにうち消していたがね」
「博士は、あの宇宙艦が、ドイツで出来ると思っておられますか」
「いや、そうは思わない」
蟻田博士は、望遠鏡の中にうごめく宇宙艦を、しきりに観察しながら、新田先生と話を続けている。
博士は、その宇宙艦が、いつだか博士の友人のドイツ人が報告書にのせ、人々の注意をうながした宇宙艦だと言った。
新田先生は、その宇宙艦は、ドイツ人に作れるかと、重ねて尋ねたが、博士は、いや、ドイツ人には作れないであろうと答えたのだった。
そこで、新田先生は、急に頭の血管が、ちぢまったように感じた。
先生はせきこんで博士に尋ねた。
「じゃあ博士、あの宇宙艦は、どこの国で作ったものとお考えになるんですか」
「うむ。
さあ、そのことだが……」
博士は、すぐには、返事をしなかった。
そうして、なおもしきりに、望遠鏡のレンズを動かしつづけた。
「博士、それは一体、どうなんでしょうか」
「うむ、待ってくれ」
と、博士は、苦しそうにうめいた。
新田先生はいらだって、もうだまっていられない様子だった。
彼は、博士の洋服をつかむと、
「博士、私は、あの宇宙艦が、どこで作られたか、知っているのです」
「なんじゃ、お前が知っているって。
ほほう、そんなはずはない。
なにをお前は、ばかばかしいことを言出すのじゃ。
あははは」
「いや、博士、私は申します。
あれは、火星国でつくられた宇宙艦なのです。
そうして、あの宇宙艦は、これまでにたびたび、この地球にやって来たことがあるのです。
いかがですか、博士」
「ややっ、どうしてお前は、そんなことを知っているのか」
博士ははじめて望遠鏡から目を離すと、新田先生の顔を、穴のあくほど、じっと見すえたのであった。
博士の目は、ゴムまりのように大きく開いて、新田先生を見すえた。
「おい新田、お前はどこでそんなことを聞きこんだのか。
それともお前は、おかしくなったのではないか」
博士は、新田先生をつまらん弟子だと思い、いい加減にあしらって来たのであるが、とつぜん博士の心にちくりと痛い質問を投げかけたばかりか、その果に、宇宙艦が火星国でつくられたことを、新田先生に言いあてられて、びっくりした。
それもそのはずであった。
宇宙の秘密、殊に火星の事情などは、蟻田博士以外に誰も知る者がないと思っていたのに、とつぜん新田先生にあばかれてしまって、博士のおどろきは、一方でなかった。
博士は、元来世間の事情にうとい人であったから、天狗岩事件が新聞に出たことなどには、気がついていないらしかった。新田先生はそこで改めて、千二少年の話や、火星のボートが天狗岩へやってきたこと、そして怪人丸木が殺人事件を起こしてまでボロンの瓶を奪って逃げたことなどを、すべて博士に話しました。

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