博士はとても真剣な顔になり、「ふむふむ」とうなずきながら、一言一句聞き逃さないように新田先生の話に耳を傾けました。
話をすべて終えると、新田先生は「ここがチャンスだ」と思い、博士にとても重大な質問を投げかけました。
「博士は、『丸木』というその怪しい人物について、何か心当たりはありませんか?」
「ふむ、丸木――とか言ったね、その怪しい人物は。
いやあ、私は何も知らないよ」
博士はそっけなく答えましたが、新田先生の鋭い観察では、博士はその怪人丸木のことについて、ものすごく興味を惹かれている様子でした。
「丸木、丸木かね? おい、新田。
その丸木という者は、どれくらいの大きさだったのかね」
「大きさですか? ああ、背の高さのことですかね」
「そうだ、丸木の背の高さのことだ」
と、博士は新田先生の言葉を受けて、質問を言い直しました。
「丸木の背丈ですか――と言っても、特に変わったところはないようですよ。
中くらいの背丈と言ったらいいでしょうかね」
「『ないようですよ』とは、なんだかはっきりしない言葉だな」
「だって博士、私は丸木を見たことがないんですから。
千二少年から聞いた話をあなたにしているんですからね」
「おお、そうか。
なるほど、なるほど。
それで、その千二という少年は、いまどこにいるのかね?
すぐに、ここへ呼んでもらえないだろうか!」
博士は、丸木の話を聞いた途端に、急に熱心になり始めました。
「千二少年は、いま警視庁に預けられているんです。
博士から大江山捜査課長に直接お話しになれば、面会できないなんてことはないはずですけれど」
「そうか。
では、私はこれから大江山君に会いに行ってくるとしよう」
「博士、なんだかとても急いでいらっしゃるんですね」
「うむ。
いやなに、ちょうど本を読みあきて休憩しようと思っていたところだからね」
博士はなぜか少し顔を赤らめながらそう言うと、帽子もかぶらないまま、そのまま玄関から飛び出すように外へ出ていきました。
新田先生も博士の後を追いかけて、もう一度千二少年に会ってみたい気もしましたが、しかしちょっと他に考えがあったので、
「では、行ってらっしゃいませ!」
と、玄関で博士を見送ったあと、自分は急いで研究室の方へと引き返しました。
新田先生は室内に入ると、さっそく、博士が先ほどまで本を読んでいた大きな机へと駆け寄りました。
そして、その大きな引き出しをガラリと開けてみたのです。
「たしか、博士はあそこにそれを置いていったはずなのだが……」
新田先生は、一生懸命になって何かを探し始めました。
17 意外な室内
蟻田博士の邸宅に入り込んだ新田先生は、これまで博士の行動についていろいろと注意深く見ていましたが、普段はどちらかというと部屋を明けっ広げにしている博士が、ただ一つだけ、ものすごく用心深く隠していることがありました。
それは、この天文台とつながっている一番奥まった部屋に出入りする時、必ず鍵を使っているということでした。
しかも博士は、その部屋へ行くときは必ず、横目でジロリと新田先生の様子をうかがい、それから先生に気づかれないようにそっと大きな引き出しを開けて、中から鍵を取り出し、自分の手のひらにグッと握りしめてから席を離れるのでした。
でも、たまに鍵が「ガチャン」と音を立ててしまうことがありました。
そういう時、博士はハッと息を止め、油断なく新田先生の顔をじーっとしばらく見つめるのです。
もし新田先生がその視線に気づいたときは、博士は席を立つことをあきらめます。
もし新田先生が気づかずに本に夢中になっているのを見ると、「よし」とばかりに初めて席を離れるのでした。
そうして奥まった部屋へと出かけていくのです。
そんな時、研究室の廊下へと通じる扉には、必ず外から「かけがね」がしっかりと下ろされていて、新田先生がドアノブを回しても、向こう側へ開くことは絶対にありませんでした。
しかし、新田先生は、博士がその大切な鍵を使って奥の部屋を開けているのを、しっかり見て知っていたのです。
なぜなら、扉の下の方に小さな「節穴」があって、そこからのぞき見をすると、廊下の奥で博士が何をしているのかが、手に取るように丸わかりだったからです。
その部屋の中にいったい何があるのかはまだ分かりませんが、これほど大切な鍵ならいつもポケットに入れておけばいいのに、博士は用事がないときは鍵を持っているのが嫌いらしく、いつも大きな引き出しの中にしまう習慣があったのです。
「ああ、あったぞ!
これだ、鍵はこれにちがいない!」
新田先生は、大きな引き出しの中の書類の下に隠されていた鍵を、ついに見つけ出したのでした。
「さあ、やるなら今のうちだ!」
新田先生は、蟻田博士の机からその鍵をひっつかむと、急いで廊下へと飛び出しました。
その奥には、博士がひた隠しにしている秘密の部屋があります。
恩師が秘密にしている部屋を、その許可もなしに、盗み出した鍵で勝手に入りようなんて、決してほめられた良いことではありません。
しかし、どうしてもそれをやり遂げなければ、自分の気がすまない新田先生でした。
先生には、どうしても確かめなければならない強い信念があったからです。それは、秘密の部屋にこっそり忍び込むことが、悪いことではないと信じていたからでした。
なぜなら、自分だけの得をするために、むやみに他人の秘密の部屋に入るのは、泥棒のようなものです。
しかし新田先生は、自分だけの得を考えているわけではありませんでした。
そうすることによって、地球のすべての人類を、だんだんと迫ってきた大きな危機から救う道を見つけ出したいと思ったのです。
泥棒のようなまねをするのは確かですが、その気持ちは実に正しく、とても尊いものでした。
「さあ、この鍵で、この部屋が開くはずだ。
どうか開いてくれますように」
先生は、心の中で祈りながら、秘密の部屋の鍵穴に鍵を入れて回しました。
すると、ガチャリと錠(じょう)がはずれる音がしました。
「やったぞ!」
先生は、喜びの声をあげると同時にドアを押して、中へと飛び込みました。
さて、一体どんなに驚くべきお宝が、室内に山のように積み重なっているのでしょうか。
新田先生の胸は、ドキドキと大きく激しく脈を打ちました。
さて、先生の目には、どんな光景が飛び込んできたでしょうか。
「あれっ?」
先生は、そこに棒立ちになったまま、目をぐるぐると回しました。
思いもかけない、この部屋の様子だったからです。
新田先生は、蟻田博士の秘密の部屋の中で、いったい何を見たのでしょうか。
意外や意外! その部屋は、空っぽも同然でした。
その広々とした部屋には、湿気のせいで変な斑点がついている床があるだけで、その床の上には、何もないのでした。
まるで、雨の日の体育館のようなありさまでした。
「なんだ、何もないじゃないか」
新田先生は、目をパチクリさせました。
本当に、まったく何もないのです。
「不思議だ、不思議だ。
これは不思議だ」
先生は、あまりの意外さに、同じ言葉を何度も続けました。
どう考えても変です。
コメント