初級翻訳・火星兵団 第39話

海野 十三

これが蟻田博士がこの部屋に仕掛けておいたすばらしい秘密錠なのだ。
動いて、割れる床!
蟻田博士の秘密室には、こんな思いがけない仕掛けがあったのだ。
博士は、床に錠前をかけておいたのでは、合鍵などを使って人に開かれるのを恐れるあまり、こうした暗号のような仕掛けをつくっておいたのだ。
床は、いつしか動かなくなった。
ぎいーっ、ぎいーっという歯車のきしる音も、今は聞こえなくなった。
そうして、だだっぴろいこの秘密室の床の上には、まん中のところに、ぽっかりと四角な穴が取り残されていたのであった。
新田先生は、しずかに柱時計の下から体を動かして、壁にそって、千二のところまでぐるっとまわってきた。
「どうだ、千二君。
さぞ驚いたろうね」
新田先生は、千二がどんなにびっくりしたかとそれが心配になって、やさしくそばへ近づいてきたのであった。
「ああ、先生。
僕、大丈夫です。
けれども、あまり思いがけないことが起こったので、はじめは胸がどきどきしました」
「そうだろうね。
あの柱時計が、たいへんな仕掛けになっていたのだ。
とうとう床が開いたよ。
博士は、なかなか用心ぶかい」
「先生、床の下には何があるんでしょうか」
「さあ、何があるか、先生にはまだよくわからない。
とにかく、下をのぞいてみよう。
千二君、君はついて来るかね。
それとも、ここに待っているかね」
先生は千二の気持ちをたずねた。
「先生、僕は先生のおいでになるところなら、どこへでもついて行きますよ。
つれて行って下さい」
「行くかね。
そうか。
大丈夫かね」
「先生。
僕はもう火星の化物でも何でも、恐ろしいなんて思いません。
どこまでも戦うつもりです」
たしかに千二少年は、昔の千二少年とはちがって、強くなったようだ。
火星のボートにつれこまれたり、怪人丸木にいじめられたりしている間に、彼はだんだん勇気が出てきたのだ。
そうして、世の中をさわがせる怪しい物の正体をどこまでもつきとめたいという気持ちで、はりきっていた。
ことに、自分の先生である新田先生がわざわざ学校を休んで、千二のことを心配して一生けんめいにやっていてくださることを知った時、千二は自分もまた先生の親切にむくいるため、しっかりしなければいけないと決心したのであった。
「先生、じゃあ勇敢に床下の様子を探ってみましょう」
「ほう、千二君。
ばかに元気だなあ」
と、新田先生は感心の言葉をもらして、
「だが、もうそのうちに蟻田博士が帰って来そうだから、早いところ床下を探検してみよう。
なるべく足音を忍ばせ、先生のうしろについておいで」
新田先生は千二の肩に手をおいて、はげますように言った。
さあ、柱時計の暗号鍵によって開かれた床下には、いったい何が秘められているのであろうか。
二つに左右に割れた床の穴に近づいて下をのぞくと、そこには古びた木製の階段がついていた。
懐中電灯をつけてその階段の下の方を照らして見たが、光がよわくてよく見定めることができなかったが、とにかく階段はかなりはるか下までつづいているようだった。
先生は先になってその階段を踏み、しずかに下りはじめた。
古びた木製の階段は、ぎちぎちと音を立てた。この階段は、まるで大きな煙突の中に作られているようなつくりをしていて、まわりは厚い壁でしっかりと囲まれていました。
そのため、靴の先が階段の板に少しでもぶつかると、とても大きな反響の音が響き渡るのでした。

22 怪動物

まっくらな階段を、新田先生と千二少年は、足音を立てないようにそっと忍ばせながら下りていきます。
その階段は、どこまでも続くかのようにかなり長く感じられました。
まるで、底の知れない深い井戸の中にどんどん入り込んでいくような気持ち悪さがあります。
千二少年は、正直あまりいい気分ではありませんでした。
先頭に立って懐中電灯の光を前方に照らしていた新田先生が、この時、ふと足をぴたりと止めました。
(おや、先生が立ち止まったぞ!)
千二はすぐそれに気づきました。
その瞬間、先生の手が、うしろに続く千二の肩を静かにおさえました。
(動いてはいけない。静かに!)
先生の手の動きは、そう語りかけているようでした。
もちろん千二は、言われた通りにピクリとも動きませんでした。
そして、何かただならず重大なことが起きているのだと感じ取り、息を殺して耳をすませ、先生からの次の合図を待ちました。
「おい、千二君。君には聞こえないかね」
新田先生が、千二の耳もとに口を近づけてささやきました。
この井戸の中のような階段に入ってから、これが初めて交わされた言葉でした。
「えっ、聞こえないか――とは、いったい何がですか?」
千二は、自分の耳の穴に全身の注意をぎゅっと集中させました。
「あっ、――」
その時、千二は思わず低い声を漏らしました。
何やら、音が聞こえる気がします。
自分の気のせいかとも思いましたが、そうではありませんでした。
まるで誰かが口笛を吹いているような音が、まっくらな地底の奥底から、かすかに聞こえてくるのです。
「先生、僕にも聞こえます。口笛を吹いているような音ですよね」
「そうだ」
先生の熱い息が、千二の耳たぶにフッとふりかかりました。
「おい千二君。あの音は、いったい何の音なのだろうね」
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
地底からかすかに響いてくるその気味の悪い怪しい音は、いったい何だったのでしょうか。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
まるで、誰かがこの地底のどこかで口笛を吹いているように聞こえます。
だが、まさかこんな人のいない地底深くに、人間がいるとは思えません。
では、どこかの機械が立てている音なのでしょうか。
新田先生と千二はぴったりと身を寄せ合いながら、なおもその気味の悪い音にじっと耳を澄ませました。
「千二君、機械の音にしては、何だかようすが変だね。だって、音が早くなったり遅くなったりしているようだからね」
「そうですか。では、機械の音ではないとすると、いったい何なんでしょう」
「どうも、見当がつかないな」
先生は、吐きだすようにそう言もし、
「もしこの地底に、誰かが隠れているのだとしたら、われわれは今、とんでもなく危ないことをはじめようとしているのかもしれない。かと言って、せっかくここまでやって来たのだから、このまま引き返すのもあまりに残念だがね」
と、新田先生はどうしたものかと困り果てているようでした。
「先生、やっぱり、このまま下へおりてみようではありませんか」
千二は勇気を振り絞って言いました。
「下へおりると言うのだね。よし、それじゃあ、行ってみよう。その代わり、今まで以上に一そう用心をしておりていくのだぞ」
それから二人は、さらに足音を消すように忍ばせながら、階段を下りていきました。
やがて階段がプツリと途切れ、二人はしめっぽい土のうえへとおり立ちました。
懐中電灯の光であたりをさぐってみると、まわりはなかなかに広い空間が広がっています。
それがよけいに、得体の知れない気味の悪さをいっそう際立たせていました。
「おお、ちょうどあのあたりだ。

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