初級翻訳・火星兵団 第43話

海野 十三

博士をこちらへ通してくれ」
 博士は相変わらずものすごく頑固だった。
白髪頭を逆立てて、つかつかと大江山課長の前に歩み寄るなり、
「おお、大江山さん。
留置場にいる千二という少年に会いたいのだ。
すぐに会わせてくれたまえ」
「千二少年ですか。
彼は……」
 と言いかけた課長を遮って、博士は言った。
「博士は少年にどんなご用ですか」
「うむ、千二と一緒にいたあの丸木という怪しい男について、話を聞きたいのだ」
「丸木? 博士は、その丸木について何をお知りになりたいのですか」
 と、大江山課長は、博士を怒らせないように、丁寧な言葉でたずねた。
「そんなことを君たちに言ってもわからないよ。
早く千二少年に会わせてくれ。
その上で、君たちは我々の話の横で聞いていればいいじゃないか」
「それでもけっこうです。
しかし博士。
あの丸木というやつは、いったい何者なんですかねえ」
「丸木はいったい何者か、だと?
ふふん。
君たちはわしを変な人間だと思っている。
だから、わしが教えてやってもどうせ信じないだろうから、話さない方がましだね」
「いいえ、博士。
ぜひとも教えていただきたいのです。
私は今まで、大変な思いちがいをしておりました。
博士に対して、つつしんでおわびをしなければなりません」
 課長はそう言って、深く頭を下げた。
すると博士は、びっくりしたように目を丸くしたが、やがてニヤリと笑って、
「ふふん、そういう気になっているんなら、まだ望みはあるというものだ。
だが、今さらわしが話をしてやったところで、君たちにどこまでわしの言うことを信じる力があるか、あやしいものだがな」
「博士。
私はしんけんに教えていただきたいのです。
あの丸木という人は、いったい何者なのですか」
「あの丸木かね?
あれこそ、火星兵団の一員だよ!」
「えっ、火星兵団の一員だって……?」
 ようやく博士から引き出した答えだったが、課長は、そのあまりの意外さに、思わず大きな声で問い返した。
「そうだとも!
火星兵団のことについては、ずっと前にわしが君たちに警告したはずだ。
そのときわしは変人扱いされたが、丸木こそはその一員にちがいないとわしは思うのだ」
 博士はとてつもないことを口にした。
(あの丸木という怪人こそが、火星兵団の団員だというのか!)
 蟻田博士は、大江山課長の前でそうきっぱりと言い切ったのだ。
火星兵団――それは、かつて蟻田博士が宇宙からの電波をひろいあげて名づけた言葉だった。
そして蟻田博士がそのことを世間に放送したために、かつて大事件が起きたことは、読者のみなさんもよくご存じの通りである。
だが、大江山課長は、この火星兵団の件をすっかり忘れていたところだった。
今、博士の口から「火星兵団」という言葉を聞いて、はっと思い出したのである。
(そうだった。
この蟻田博士が、いつかこの火星兵団のことで、ばかばかしい警告放送をやったことがあったが……)
 大江山課長は、火星兵団のことを、前のように「ばかばかしい」と笑って片付けるわけにはいかなくなっていた。先ほど警視総監の前で、モロー彗星がやがて地球に衝突すると聞いてからは、宇宙というものを改めて見直さないわけにはいかなくなったのだ。
昨日までのわが捜査課は、主として日本内地だけを相手に仕事をしておればよかった。
ところが今日からは、大江山課長は、地球の外に果てしなく広がる大宇宙にまで目を光らせなければならないことになったのである。
(火星兵団? そうだ。これを改めて考え直す必要がある!)
しかも、課長の驚きはそればかりではない。
蟻田博士は、火星兵団員というものがあると言い放ったのだ。
そうして、この間から捜査課をあげて、みんなで手分けして大騒ぎで探しているあの怪人・丸木が、その火星兵団員だという蟻田博士の言葉は、二重三重に大江山課長を驚かせ、その頭をボーッとさせてしまった。
「ふうん、大変なことになった」
と、課長はやっと本音をもらした。
「早く千二少年に会わせてくださらんか」
と蟻田博士は、白い髭の中から唇を動かした。
「ええ」
と大江山課長は返事をしたものの、千二少年はもうこの警視庁にはいないのである。
そのことを博士に伝えると、博士は大変怒った。
「冗談じゃない。さっきから千二少年に会わせてくれと言っているのに、いないならいないと、なぜ早く教えないのか」
これには課長も参ってしまった。
博士が怒るのももっともである。
だが課長としては、自分が今困っている問題について、博士から一刻も早く知識を吸い取りたかったのである。
それは課長の利益のためだけではなく、広く日本人のためになることでもあったからこそ、そうしたのだ。
はじめから「千二はいない」と答えれば、博士は「そうか」と言ってそのまま帰ってしまっただろう。
でも、博士の怒りはかなかなか収まらなかった。
「うーん、けしからん。君たちはいつでもそうだ。このわしをだましては喜んでいる」
「博士、それは違います。警察官がだますということは絶対にありません。どうか勘違いをしないようにお願いします」
「いや、いつもわしをだましているぞ。この後は、君たちが何を聞いてもわしはしゃべらないぞ。そうしてわしはわしで、勝手に思ったことをする」
博士はいよいよ機嫌が悪い。
ステッキを握っている博士の手はブルブルと震えて、今にも課長の机の上にある電話機を叩き壊しそうである。
まるで低気圧がやって来たようなものだ。
これにはさすがの課長も困ってしまった。
だが、ふと思いついた名案!
「蟻田博士。あなたに面白いものをご覧に入れましょう」
博士は怒ってしまい、席を立ちかけたところだった。
そこへ突然、課長から声をかけられたのである。
「面白いものを見せるって?」
博士はその言葉に引き止められるように振り返りかけたが、
「いや、もうその手には乗らないぞ。わしはもう君たちとは会わないつもりだ」
課長は博士の言葉には構わず、後ろにあった金庫を開けて、一つの長い箱を取り出した。
「博士、さあ見てください。これは火星の生物が落としていったものです。一体、これは何だと思いますか」
課長が箱の中から取り出したものは、いつか千葉の湖畔で拾ってきた、あの不可解な鞭(むち)のようなものだった。
課長にはそれが何であるか見当がつかなかった。
また、部下の刑事たちに見せて知恵を絞らせたが、やはりわけがわからない。
仕方がないので鑑定してもらうために大学へ送ったが、あいにく担当の先生が旅行中で鑑定ができないことがわかり、再び課長のところへ戻ってきたものだった。
それを思い出したので、課長は博士に見せることにしたのだ。
蟻田博士は、その青い、1メートルばかりの長い鞭のようなものを手にして、目を輝かせた。
そうして、さっき課長に投げつけた言葉などはもう忘れてしまったかのように、この珍しい品物をどこで拾ったのかなどと、いろいろと課長に尋ねるのだった。
課長は、博士の機嫌が直ったので大喜びである。
そうして、あれこれと詳しく説明した。
博士は大きくうなずき、
「ふむ、これは実にたいしたもんじゃ」
と、椅子の上に腰を下ろした。

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