初級翻訳・火星兵団 第89話

海野 十三

褐色がかった火星兵の、真っ裸の死体が、あたり一面にごろごろと転がっています。
味方にも多少傷を負った者はいましたが、火星兵のために殺された者は一人もいません。
「おお、あれを見ろ! 火星兵はみんな宇宙艇の中に逃げ込んだのだ!」
博士が叫びました。
なるほど、火星兵はもうすっかり宇宙艇の中に逃げ込んでしまい、窓から外を覗いています。
もはや地上には一人の火星兵もいません。
こうして、不気味な睨み合いが始まりました。
火星兵団と大江山突撃隊が向かい合い、気味の悪い睨み合いを続けています。
火星兵は、一人残らず立ち並ぶ火星の宇宙艇の中に入ってしまいました。
そして窓から、こちらを覗き込んでいます。
突撃隊の方でも、これ以上はちょっと前に進みかねています。
「蟻田博士」
と、大江山隊長が博士を呼びました。
「なんじゃの」
「火星兵どもは、すっかり宇宙艇の中に逃げ込んでしまいました。この上は、宇宙艇の中へ攻め込んで、火星兵を残らずやっつけたいのですが、何かいい方法はありますまいか」
大江山隊長は、あくまで火星兵団をやっつける気でいます。
これまでに火星兵団がしでかした数々の悪事をそのまま許しておくわけにはいきませんし、このままほうっておけばどんなことになるかわからないからです。
「そうだなあ。わしは、火星兵が思いのほかあっさりと引きこもってしまったので、当てが外れてしまったところじゃ。さて、どうしたものか……」
そう言っている時、林立している火星の宇宙艇の上の方がぴかりと光りました。
それが合図ででもあるかのように、並ぶ宇宙艇からぴかぴかぴかと、目もくらむような光が、稲妻のように激しくきらめきだしたのです。
いったい、何が始まったのでしょうか?
「あ、こいつはいかんぞ! 大江山隊長、残念だが、早いうちに山を下りたほうがいい。火星兵団に何かたくらみがあるぞ!」
博士が、いつになく慌てて注意を促しました。
「えっ、一度引き上げるのですか」
「うむ、急ぐんだ!」
そう言っている最中、突撃隊の中に異変が起きました。
火星の宇宙艇がぴかぴかと光っているうちに、突撃隊の間で、おかしなことが起こったのです。
――それはいったい、どんなことだったでしょうか?
「隊長、ピストルがぐにゃぐにゃになってしまいました!」
「わたしのもそうです! いや、そればかりではない、腰につけていた剣がどろどろにとけて、地面に落ちてしまいましたぞ!」
「わたしのもとけてしまった……これはいったい、とんでもないことになったぞ!」
と、隊員たちは大騒ぎをしはじめました。
全くもって不思議な出来事でした。
かたい金属でできたものが、どれもこれもぐにゃぐにゃになって、とけて流れ出してしまうのです。
「博士、えらいことになりました! 一体、どうしたというのでしょう」
と、新田先生がすぐそばから心配そうに尋ねました。「うん、たぶん火星兵団は、金属をドロドロにとろけさせる『怪力線(かいりょくせん)』を使っているらしいぞ。
あのピカピカ光る光こそが、やつらの秘密兵器だ。
とにかく、ここに長居するのは危なすぎるから、いまのうちに引き上げたほうがいい。
おい、大江山隊長、悔しい気持ちは山々だろうが、ここはひとまず退却するんだ!」
「そうですか……。
引き上げなければなりませんせんでしょうか?
あんなに一気に攻め立てたのに、悔しいなあ……」
 そう話し合っている間にも、突撃隊員たちの持っているありとあらゆる金属が、ぐにゃぐにゃに曲がりだしました。
十号ガスのピストルはボトボトと地上に落ち、帽子のマーク(徽章)や、制服の金ボタンまでが、みんなとけて地面に流れ落ちていきます。
「こいつはひどい!」
「これじゃあ、火星兵に近づいて殴りつけることすらできないぞ!」
 そこで大江山隊長は、ついに決心し、
「総員、急いで引き上げろ!」
 と、力強く命令を出しました。
隊員たちはその命令に従い、一斉に引き上げを始めました。
まるで滑るように、慌てて山の斜面を駆け下りていきます。
蟻田博士も、新田先生も、大江山隊長も……。
すると背後で、火星兵たちが気味の悪い大声を上げ、からかうように囃し立ててきました。
悔しいけれど、大江山突撃隊は一度ここから引き下がるしかなかったのです。
火星兵団が怪しい光線を放って金属をとかすという手口は、これまでに外国での戦いでも報告されたことがありました。
しかし、日本国内でそれがはっきりと目撃されたのは、今回が初めてのことでした。
大江山隊長をはじめとする突撃隊は、大きな怪我人も出さずに、どうにか山のふもとまで引き上げることができました。
しかし、隊長をはじめ、突撃隊のみんなは悔しくて仕方がありません。
そこで隊長は、さっそく蟻田博士に相談を持ちかけました。
「蟻田博士、火星兵団のあの厄介な怪力線を防ぐいい方法はありませんかな?」
「それは、わしも帰り道ずっと考えておったところだ。大きな反射鏡を作るか、あるいは電気や磁気をうまく使って、怪力線を途中で曲げてしまうかだな」
「それは頼もしいですね!
さっそく作っていただきたいものです」
「君ねえ、そんなにすぐ簡単に作れるものかね。
いくら急いで作らせても、二週間や三週間はかかってしまうだろう。
それじゃあ、モロー彗星が地球に衝突する後のことになってしまうから、もう間に合わないよ」
「だめですか……。
ほかに何か方法は……」
「博士、十号ガスを爆弾の中に詰めて、飛行機で空から火星兵団を爆撃するのはどうでしょう?」
 と、新田先生が横からいいアイデアを提案しました。
「おお、それは名案だ!」
 と大江山隊長は喜びましたが、博士はすぐに首を横に振って言いました。
「いや、それもダメだ。
なぜなら、飛行機を飛ばしたところで、火星兵団が怪力線を浴びせたら、飛行機の機体ごとドロドロにとけて墜落してしまうからじゃよ」
「ああ、なるほど……。
それは困りましたね」
「ただ一つだけ、わりとすぐに実行できる方法がある。
おそらく、今度こそ上手くいくはずじゃがね」
 と、蟻田博士はキリッとした眉を上げて言いました。
せっかく十号ガスのピストルで火星兵団をボコボコに追い詰めたのに、相手が怪力線を使って反撃してきたため、形勢は一気に逆転してしまいました。
だからこそ一同は、蟻田博士のすすめに従って、泣く泣く山を下りるしかなかったのです。
悔しがる大江山隊長を博士はなぐさめ、「まあ明日を待ちなさい」と言いました。
博士には、怪力線で調子に乗っている火星兵団をギャフンと言わせるための「最後の切り札」がまだ残っており、その準備を明日までに整えようというのです。
さて、翌日の朝となりました。
火星兵団が陣取る宇宙艇の林立する基地には、いつもの朝がやってきました。
火星兵たちは宇宙艇の扉を開け放ち、まるでアリの大群のように、思い思いの方向へ地上を歩き回っています。
「誰もいないよ。
すっかりいなくなったぞ」
「人間どもはみんな逃げ出したらしいな。
不意打ちで怪力線をくらわせてやったから、やつらの持っていた金属製品はぜんぶぐにゃぐにゃになって、肝を潰したに違いない。

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