この光電眼をつけた鳶は、二百メートルの高さのところから、火星の宇宙艇の基地をにらんでいた。
宇宙艇の全部がとびだしたところが、この光電眼を通じて、観測員に、よく見えた。
「隊長、いよいよ全艇そろって、まい上りました。
あとに、宇宙艇は、一つも、のこっていません」
「そうか。
よろしい。
どうも、蟻田博士の予言したことが、いちいちそのとおりになるねえ」
「はあ、そうですかねえ」
「いまに、全艇が、高空から、われわれめがけて、まい下りて来るだろう。
これも博士の予言だ」
「ははあ、博士は、そんなことまで、見ととおしていられるのですか」
どこまで、すごい蟻田博士であろう。
このように、すごい博士を、おかしいと思っていた大江山課長は、ときどき、それを思い出して今でも冷汗が出る。
「ああ、博士ですか。
全艇そろって、ただいま高度一千メートルのところを、急上昇中です。
よろしいですか」
大江山は、とびあがった火星の宇宙艇の様子を、刻々と、博士のところへ、電話でつたえるのであった。
博士は、どこにいるのであろうか。
博士は今、例のせまい研究室の中に、新田先生と一しょにいる。
博士は、そのせまい室内にある操縦席みたいな椅子に、ふかく腰を下している。
博士の前には、たくさんの計器が並んでいる。
新田先生は、その隣の座席に、腰を下している。
大江山隊からの電話は、博士の頭の上の高声機から、ひびいて来る。
「大丈夫だよ、大江山君。
やがて火星兵団が、君の陣地を攻撃するだろう。
しばらく、がんばっていてくれたまえ。
あとは、こっちでいいようにやるから……」
蟻田博士は、座席の下から、ぬっと、口のところまでのびている送話機の中に、声をふきこんだ。
「じゃあ、博士、どうかお願いします」
「よろしい。
引きうけました」
博士は、たのもしい言葉を、もらした。
電話は、そこで切れた。
「博士、ほんとうに、大丈夫ですか」
「うん、自信はあるのだ。
まあ、見ているがいい」
「この部屋に、いつまでも、こうしているのですか」
「そうじゃ。じゃが、間もなく、この部屋もろとも、出発じゃ」
「え?」
先生は、ふしぎそうに、ききかえした。
(この部屋もろとも、出発じゃ!)
博士のいったことは、新田先生には、わけがわからなかった。
そこで、えっと、ききかえしたわけであった。
「新田、この部屋が、かわった作りかたをしてあるのが、お前にはわからないか」
「えっ、かわった作りかたといいますと……」
「なぜ、こんなにせまいのだろうかと、考えなかったかね。
また、なぜ、こんなにトンネルのように、奥行ばかりふかいのだろうかと、うたがわなかったかね」
博士は、そういって、新田先生のけげんなかおを、たのしそうに眺めた。
「博士、わかりませんなあ」
「わからんか。
よほど、お前は血のめぐりが悪い。
じゃあ。
これを見よ」
博士は、そういって、前の計器盤の下についている押ボタンの一つを、指さきで押した。
すると、にわかに、大きなエンジンが、まわりだしたような音がした。
そうして部屋全体が、こまかくふるえているのだった。
新田先生は、耳をすました。
そうして、ふしぎそうに、あたりを見まわした。
博士は、第二のボタンを押した。
エンジンらしいものの廻転が、また一段と、早くなったようである。
「まだ、わからんか。
――新田、お前の坐っているところの正面に、やがて窓があくから、よく気をつけていろ」
「はあ、窓ですか」
そのとき、博士は、第三のボタンを押した。
とたんに、新田先生は、ひどい力で、ぐうんとうしろへ、引かれたと思った。
あたまが、ふらふらとした。
なんだか、部屋が、走りだしたようである。
ここは、ふかい地下だというのに、ふしぎなことである。
「ほら、外を見ろ」
「えっ!」
先生の前のかべに、円い窓のようなものがあらわれ、明かるい光が外からはいってきた。
先生は、その窓をのぞいて、あっとおどろいた。
ゆれる部屋だ!
新田先生は、窓から外を見て、びっくりしてしまった。
というわけは、窓の外に、いきなり、市街が見えたからである。
いや、走る市街であった。
「博士、これは、どうしたのでしょうか」
それに対して、博士はおちついたこえで答えた。
「わからないかねえ。
われわれは今、大空艇にのっているのだ」
「大空艇? 大空艇というと……」
「これは、わしが、かねてこしらえておいた新式の飛行艇だ。
麻布の高台の下に、うずめておいたが、トンネルのような長い部屋と見せて、実は、魚雷を大きくしたような形の飛行艇なのだ」
「そんなりっぱなものが、地底にうずめてあったのですか」
「そうだ。
しかしこの大空飛行艇は、飛行機ともちがうし、ロケットともちがう。
わしが、苦心をして作った原子弾エンジンをつかっている世界無比――いや、ことによると、外の遊星にも、あまり類のない飛行艇じゃ。
小型のくせに、今までのロケットなどの速度よりも、十倍でも二十倍でも早くなる。
空気のないところへ出れば、もっと桁ちがいの快速度が出る」
「それが、どこから、とび出したのですか」
「研究所の横に、崖があったね。
あの崖をつきぬけて、とびだしたのだ」
「じゃあ、今、窓の下にみえる市街は、東京市なのですか」
「そうじゃ。
もう今は通りすぎて見えないが、あれは東京市じゃった。
――そんなことは、おどろくに足りないが、この大空艇のすばらしい性能は、地球の引力圏外にとびだしてみれば、はっきりわかるのだ」
「え、引力圏外へ? すると、火星までも、とべるわけですか」
新田先生は、目をまるくして、このおどろくべき新飛行艇の中を見まわした。
新田先生は、感心している。
なんというすばらしいこの大空艇であろうか。
そういえば思いだしたが、このまえ、地底に変な長細い部屋が、しきってあると思った。
あの時見た魚雷のしっぽのようなものは、実に、この大空艇の尾部だったのか。
だんだん見ているうちに、これが空飛ぶ大空艇であることが、はっきりしてきた。
博士のすわっているところは、たしかに操縦席であった。
その前に、たくさんならんでいる計器は、空を飛ぶ時、ぜひとも、よく見ていなければならない速度計やコンパスや、そうして原子弾弁や加速度計などであったのである。
「おや、こいつは困ったぞ」
新田先生が、おどろいてふりむくと、博士は、にがい顔をして、しきりに、ボタンを押したり、スイッチを開いたり閉じたりしている。
「どうしました、博士」
「どうも、変だ。
せっかくの原子弾エンジンが、ちょっと工合が悪いのだ」
「そうですか。
困りましたね。
どこが悪いのでしょうか」
「おお、ここがいけないのじゃな。
冷却用の水が、うまくまわらないのだ。
冷却管のいい材料がなくて、仕方なしに、つなぎ目に、ゴム管を使ってある。
そのゴム管が、どうかしたのじゃないかと思う」ゴム管というものはね、折れ曲がったり、上から重いものが乗っかったりすると、ペチャンコにつぶれて穴がふさがってしまうのじゃ」
「博士、ぼくが見てきましょうか?」
「お前にわかるかなあ。
しかし、わしはここをちょっと離れられないから、とにかくお前に頼むとしよう。
初級翻訳・火星兵団 第92話
海野 十三
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