初級翻訳・火星探険 第14話

海野 十三

「そうだとも。このあたりはもう成層圏(せいそうけん)だからね。僕の計算だと、高さはもう十五キロメートルくらいになっているはずさ」
「成層圏! いつの間にそんなところへ入ったんだか、全然気がつかなかったなあ」
「これからますます空が暗くなっていくから、もっと星が見えるようになるよ。だんだん星の数もふえていくんだ」
「ほう、まるで神秘の国だなあ」
張がうっとりした声をあげました。
「うわあ、下界があんなにぼんやり霞(かすみ)んできちゃったよ。ああっ、地球が消えていく!」
ネッドが、泣きそうな声を出しました。
でも、地球が本当になくなってしまったわけではありません。
ただ、地球の陸や川や海の境界線がだんだんぼんやりしてきて、どこがどこだか分からなくなったのです。
そのかわり、地球全体がギラギラとまぶしく、銀色にピカピカと光を増していきました。
今や自分たちが、広大な宇宙のど真ん中にいるということが、誰の目にもハッキリと感じられました。

エンジンなおらず

そのとき、四人の大好きな若い技師ビル・マートンが、廊下をこっちへ急ぎ足でやってくるのを河合が見つけました。
「マートンさん、エンジンはうまくなおりましたか?」
「だめなんだよ、河合君」
マートンは両手を広げて、困ったように肩をすくめました。
「エンジンは、まるで暴れ馬みたいにどんどんスピードを上げているんだ。この調子でいったら、第一倉庫にある燃料がぜんぶ使い果たされるまで、エンジンを止めるのはむずかしいだろうね」
ひどい話です。
どこまでも、どこまでも飛びつづけるしかないのです。
しかもハンドル(舵)がきかないので、自分たちの行きたい方向へ曲げることもできません。
まさに「突っ走る」とはこのことです。
「それじゃあ、いま僕たちの宇宙艇(うちゅうてい)は、一体どっちの方向へ飛んでいるんですか?」と河合がたずねました。
「真東へ飛んでいるよ。太陽の通り道(黄道面)とだいたいくっついている。まあ、われわれが最初から計画していた方向へはちゃんと走っているんだがね」
「われわれが準備していた方向って……?」
「火星に出会える方向のことさ。まあ、予定より三週間も早すぎたけれどね」と、マートン技師は平然と言いました。
「ほう、そうなんですか! この宇宙艇はやっぱり、火星へ行くための準備をしてあったんですか?」
山木も、今さらながらびっくりして目を見張りました。
「そうとも。デニー先生は、今年こそ絶対にそれをやり遂げるつもりでいらっしゃったんだ。もちろん、そんなの反対する大人もたくさんいたけれどね。とにかく先生はお気の毒な方だよ」
マートン技師は、しんみりした声でそう言いました。
この話しぶりからすると、マートンはデニー博士の味方で、とても心配しているようです。
「デニー博士は、この宇宙艇に乗っていらっしゃるんですか?」
「ああ、乗っているよ。さっき大変な大騒ぎになったとき、先生の部屋へ行って『危険が迫っていますから、早く外へ逃げてください!』ってすすめたんだ。そしたら先生は、『お前たちこそ逃げなさい。わしはどうあってもこの艇からは離れない』って言って、絶対に避難しようとなさらなかったんだよ」
「それじゃあ、デニー博士はこの宇宙艇と運命を共にするつもりなんですね」
「先生は、何十年ものすごい苦労を重ねて、やっとこの艇をつくりあげたんだ。だからこの艇は、自分の子供みたいにかわいくてしかたがないのさ。それだけじゃない。この艇のことは、世界で自分が一番よく分かっている。だから万が一トラブルが起きたとき、一番いい処置ができるのは自分だっていう強い信念をもっていらっしゃるんだ。だからこそ、先生はこの艇に残っておられるのさ」
世間のうわさでは、デニー博士はもうすっかりボケたおじいちゃんで、おまけに頭がおかしくなって、できもしない火星探険を大口たたいて言いふらしているだけの詐欺師(山師)だ、なんて言われていました。だけど、このマートン技師の話を聞くかぎりでは、それはすっかりまちがっていたようです。
「じゃあ、このまま飛んで火星まで行ってくればいいじゃないですか!」と山木が言いました。
「そう簡単にはいかないんだよ。出発だって三週間も早いし、方向だってだいたいは合っているけれど少しずれている。それに、エンジンのコントロールをすること、食べものの問題、そういうことが全部うまくいかないと、火星のそばまでたどり着くことはできないんだ。僕たちは今、なんとかそっちの方向へ軌道を変えようと、必死でがんばっているところさ」
マートン技師の顔には、はっきりと苦しみの色が浮かんでいました。
「食べものも少ないんですか?」
ネッドが心配そうにたずねました。
彼はまわりの誰よりも食いしん坊だったからです。
「ああ、足りないんだ。さっきの報告では、せいぜい三ヶ月分あるかどうか……ちょっと心配だなあ」
「たった三ヶ月分しかないんですか!」
「マートンさん、火星までは日数にしてどれくらいかかるんですか?」
「最初の計画では、一番条件のいいときに出発して、だいたい三十日後には火星に着く予定だった。それには時速十万キロメートルを出して、火星までのまっすぐな距離を五千五百万キロとして、そこから少しカーブしながら進むから、やっぱり三十日くらいかかることになっていたんだよ」
「僕たちだって、ぼんやりしてないで、大人の人たちといっしょに何か手伝おうよ!」
河合が力強く言いました。
「そうだ、そうだ! それがいいよ!」
「僕、なんでもします!」「お料理なら自信があります!」
と、張が体をまえに乗りだしました。
「僕は何をしようかなあ。そうだ、ボーイさんの代わりにをやりましょう!」
これを聞いて、マートン技師はとっても喜びました。
実のところ、この宇宙艇(うちゅうてい)には十数人しか乗っていないので、人手が足りなくてとても困っていたのです。
マートン技師はさっそくこの話を、艇長のデニー先生のところへ持っていきました。
先生は、「みんなはお前に任せるよ」と言ってくださいました。
そこでマートンがみんなの希望を聞いてみた結果、張は料理人に、ネッドはボーイに、河合はマートンと一緒にエンジンの手伝いを、そして山木は隊長のデニー博士のところで雑用をすることに決まりました。
こうして四人の少年たちは、
「それじゃあ、それぞれの持ち場でしっかり役に立とうね。それじゃ、またあとで!」
と元気よくあいさつして、いったんお互いに別れたのでした。

さて、そんな中でも一番大変だったのは、やっぱり機関室(きかんしつ)でした。
マートン技師の後ろについてその部屋へとびこんだ河合少年は、その瞬間、心臓が止まりそうになるほどびっくりしました。
機関室は、なんと二階から地下十階までの十二階ぶんがぜんぶつながっている、まるで大きな煙突のような部屋でした。
その広い空間には、複雑な機械が何重にも重なり合い、大小さまざまなパイプがまるで魚の腸(はらわた)のようにうねり、紫色に光る放電管(ほうでんかん)、まぶしく光る水銀灯、そしてうなる変圧器(へんあつき)などが、みんなの目を奪い、耳をつんざくような音を立てていました。

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