初級翻訳・火星探険 第28話

海野 十三

ですが、いつまでも悩み込んではいられませんでした。
そこで彼は、思い切って両手を胸の上に組み合わせ、上体を前に曲げ、そして英語で言いました。
「火星の諸君、こんにちは。
ご機嫌いかがですか。
ぼくたちは地球からはるばる来ました」
 山木がしゃべっている間、張もネッドも、山木と同じような格好をして、あいさつをしました。
すると、とつぜん火星人の中から奇妙な声があがりました。
「ようこそ来てくれましたね。
地球の諸君。
お目にかかって、たいへんにうれしいです」
 それはたいへん流暢な英語でした。
「おお、ありがとう、ありがとう」
 山木はびっくりしたのと同時にうれしさのあまり、両手を前へ伸ばして感謝の気持ちをあらわしました。
ですが、まだ半信半疑でした。
どうして火星人は地球のことばを知り、そしてそれを話すことができるのでしょうか。
そのとき、火星人の群れが、三人の少年の前で左右にパカッと割れました。
すると、その奥からも七人の火星人が、こちらへ進んで来ました。
よく見ると、その火星人たちは大きな頭の下、つまり首にあたる部分に太いマフラーのようなものを巻いていました。
一番先頭にいる者は白いマフラーを巻き、その他の者たちは緑、黄色、紫などのマフラーを巻いていました。
どうやらこの白いマフラーをした火星人が、いちばん偉い人物のようです。
「おもしろい音楽、おもしろい踊り。
それをわれわれの目の前で聞かせたり見せたりして下さって、たいへん愉快でした。
みんな喜んでいますよ」
 白いマフラーの火星人はそう言いながら、山木たちの前まで来て立ち停まり、鞭(むち)のような細長い腕の一本を前に差し出しました。
それは握手を求めているらしかったので、山木はちょっと気味が悪かったですが、思い切って自分の手を差し出し、ぐっと相手の手をつかんで振りました。
その手ざわりはかなり冷たかったですが、それでもちゃんと体温があることがわかりました。
「地球のことばを話して下さるので、たいへんよく分かります。
そしてとてもうれしいです。
ぼくは山木という者です。
どうぞよろしく」
「やあ、よくそう言って下さって、私もうれしいです。
私はギネといって、このミカサ集団の代表者を務めている者です。
どうぞよろしく」
 白いマフラーを首に巻いた火星人ギネはそう言って、ていねいにお辞儀をしました。
山木はいよいよ嬉しくなり、張とネッドを紹介すると、ギネもまた、そのうしろに控えている六人の専門分野の代表者たちを紹介してくれました。
一同の間には、すっかり親しい雰囲気が流れました。
「ああ、ギネさんとおっしゃいましたね」
 山木は話しかけました。「はい、私はギネです」
 白いマフラーを巻いたミカサ集団の代表者はそう答えました。
「ええ、その……つまり、先ほどは大変失礼しました。
気持ちの悪いガスを吹き出して皆さんを苦しめてしまって。ぼくたちも火星に着いたばかりであわてていましたし、そこへ見慣れない皆さんがたがどっと押し寄せてこられたので、これは大変なことになったと少しばかり誤解してしまったのです」
「いや、あんなことは大したことではありませんよ。
こっちも、じつは誤解をして大騒ぎしだした者がいたのです。
とにかく、あちらへ来ていただいて、ゆっくりお話を聞かせてもらいましょう。
また、おもしろい音楽などもたくさん聞かせてください」
「はいはい、承知しました!」
「ですが、その前にちょっとお尋ねしておきますが、あなたがたは、いったい何の目的で、私どものところへ来られたのですか」
 ギネは、とつぜん重大な質問を投げかけました。
山木はハッとしてぎょっとしました。
しかしここでうろたえては一大事だと、グッと気を静めて答えました。
「ああ、そのことですか。
われわれ地球の人間は、じつは何千年も前から、この火星が存在することを知っていたのです。
しかも火星にはきっと生物――つまりあなたがたのようなお方が住んでいるにちがいないと考えまして、一刻も早くお近づきになりたいと願っていたのです。
しかし宇宙を飛んでやって来るのは決して簡単なことではなく、ようやくデニー博士の宇宙艇が完成したので、今こうしてやって来られたというわけなのです」
「ふん。
私たちを見たいためだったのですか。
それだけですか。
ほかに目的はないのですか」
 ギネの言葉は、さっきとは少し変わり、なんだか疑いの気持ちが含まれているように感じられました。
「詳しいことは、いずれ後からデニー博士が直接お話しすると思います。
とにかく火星を訪れた最大の目的は、地球に一番近い火星人と手を取り合い、火星に足りないものは地球から送り、またお互いにもっともっと幸福になりたいという願いから、私たちはここまでやって来たのです」
「なるほど。
共存共栄ということですね。
それは結構です。
私たちはみな、お互いに力を取り合わなければなりません。
――しかし、あなたがたが来られた目的は、本当にそれだけでしょうかねえ」
 ギネは、大きな目をぐるぐるっと動かして、じつにしつこく尋ねました。
ギネの後ろにいたほかの六人の代表者たちも、身構えるような姿勢になり、山木がなんと答えるかと、鋭い注意を向けている様子でした。
山木は、さすがに少し気圧されてしまい、すぐには言葉が出てきませんでした。
「いや山木さん。
じつは私どもは、地球の人々について十分警戒するようにとの警告を受け取っているのです。
あなた方の答え次第では、われわれも重大な決心をしなければなりません」
 その言葉とともに、七人の火星人の代表者たちは、三人の少年のまわりをぐるっと取り囲みました。
はじめの和やかな雰囲気から打って変わり、途中から険しさを増したこの差し迫った窮地。
少年大使たちの運命やいかに!
形勢険悪

 一難去ってまた一難!
 せっかく火星人たちのご機嫌を取ることに成功してほっと一安心したのも束の間、火星人たちは急に激しい怒りに燃え上がりました。
不気味な形をしたたくさんの顔が、山木、張、ネッドの三人にグッと迫ってきます。
ネッドはカエルのように顔を青くして、小刻みにブルブルと震えています。
反対に、山木は顔を真っ赤に怒らせています。
ただ張ひとりだけは、極めて落ち着いた様子で、空気兜の中から少しも動じない目をギネに向けていました。
「いったい誰がそんなことを言ったのですか!」と、山木はいよいよ顔を真っ赤にして叫び、自分の空気服の胸をドンドンと叩きました。
「地球から来る者を警戒しろなんて、いったい誰が密告したのですか。
ぼくたちはごらんのとおり、武器なんて何ひとつ持っていない。
それにぼくたちの方から、好んで君たちに攻撃をしかけたことだって一度もない……!」
「さっき、われわれに毒ガスを放出して、ひどい目にあわせたではないか!」と、ギネのとなりに立っていた代表者の一人が大声で言い返しました。
それはブブンという名前の火星人で、まわりの誰よりも背の高い男でした。
「あれはちがいますよ!
ぼくたちは、たった十数人しかいないんです。

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