初級翻訳・火星探険 第31話

海野 十三

つまり、別の宇宙艇をこの火星へむかえてもらうのです」
河合が、マートン技師に尋ねました。
「さあ、それは無理だろうね。
なにしろ、火星まで届くほどの力強い宇宙艇を作り出すことのできる工場は、わがデニー先生の火星探険協会をほかにはどこにもないんだからね」
「宇宙艇というものは、ほかの場所ではまったく作れないのですか」
「今作れているものは、われわれのものを除けば、せいぜい月世界まで届くぐらいの代物なんだ。
それだって、いったん月世界へ行ったら、無事に帰ってくることはむずかしいからね」
「それは困ったものですねえ」
「ああ、まったく困ったものだ」
いつもは元気で、最後まで決して希望を捨てないマートン技師も、今はまるで別人のように深い悲しみの底に沈み込んでいました。
「そうだ!」
と、河合が突然大声で叫びました。
「マートンさん、まだ私たちには試してみることが残されているではありませんか」
「まだ試してみることがあるだって? それはいったい何だ……」
「私たちの力だけでは、もうどうにも手の施しようがないことはわかりました。しかし、ここは火星という国です。
火星人の知恵、火星にある豊かな資源、そして火星人の力強い労働力――そういうものが、ここにはたくさんあるではありませんか。
それに、あのギネという火星人は、これまで秘密にしながら地球へ三回も往復しているそうですから、あの火星人にお願いすれば、私たちの知らない強力なエンジンを貸してくれるかもしれませんよ。
そして、たくさんの火星人の労働力を借りるなら、どんなに巨大な宇宙艇だって、楽に、そして早く建造することができるのではないでしょうか」
「おお、それは素晴らしいアイデアだ!
そうだな、私たちは自分たちの力だけで何とかしようと考えてばかりいたから、宇宙艇をもう一度造ることは不可能だと勝手に決めつけてしまっていたんだ。
火星人に協力を求める! なるほど、そうだったね。
そういう道が残されていたんだ!」
河合少年のこの素晴らしいひらめきは、さっそくマートン技師からデニー博士へと伝えられました。
博士はその話を聞いて大いに喜びました。
そして、その方向に向かって問題を解決するための道を歩み出すことになったのです。
そこからの進み具合は、とんとん拍子にうまくいきました。
ギネの温かい好意によって、火星政府もエンジンを快く貸すことを承諾してくれ、さらに火星人の優秀な技術者チームをつけて一緒に地球まで行かせてくれることになったのです。
ただし、「このエンジンの秘密は、当分のあいだ地球人には内緒にしておくこと」という条件が一つだけつけられましたが……。
それから半年の月日が流れ、地球人と火星人の素晴らしい協力によって、新しい宇宙艇の建造はめでたく完成しました。
この新しい宇宙艇には、「太陽の子」という誇らしい名前がつけられました。
火星も地球も、どちらも同じ太陽の光を受けて育つ「太陽の子」であるという意味が込められており、同じ太陽の子である以上は仲良く手を取り合っていこうという平和の精神がしっかりと盛り込まれていたのです。
地球人と火星人が力を合わせた試運転も、大成功に終わりました。そして一ヶ月後、地球へ帰るための準備はすっかり整い、ついにあのおなじみの「太陽の子」号が、盛大なる初めての宇宙旅行へと飛び立ちました。
地上のあちこちからは火星人たちによる盛大な見送りがあり、宇宙艇の中からデニー博士の一行と、地球を訪れる火星人の使節団や技術団がしっかりと手を握り合い、火星人たちはそれぞれの触手を動かしてあいさつを交わしました。
こうして、地球人と火星人の素晴らしい協力による宇宙の旅が始まったのです。
デニー博士がしっかりと調べて作り上げた宇宙の道筋によって、「太陽の子」号は一番条件のよいルートを選び、地球へと近づいていきました。
そして、わずか十五日という驚きの早さで、その長い道のりを通り抜けたのです。
「太陽の子」号がニューヨークの郊外にある新しい飛行場「火星」に無事着陸すると、地球は――いや、世界中が大きな喜びと興奮の渦に包まれました。
デニー博士をはじめとする乗組員たちは大統領に出迎えられ、とても名誉あるお褒めの言葉をもらいました。
また、火星からやってきた姿かたちの珍しい使節団の一行も、温かく盛大な歓迎を受けました。
デニー博士は大統領の車に一緒に乗り込み、華やかなニューヨークの街へと入っていきました。
一行の頭上には、七色に輝く紙吹雪がまるで花びらのようにひらひらと舞い降り、市民たちは家の中に誰もいなくなるほどみんなで道の脇に集まってきて、大きな歓声を浴びせかけました。
山木、河合、張、ネッドの四人の少年たちは、あの思い出の牛乳配達車に乗って、お祝いのパレードの列に加わっていました。
これがまたものすごい大歓声で迎えられ、牛乳配達車の上には花束が山のように積み上げられ、車に描かれたあの牛の絵の首にも、赤と青と白の美しいリボンが結ばれました。
――あのときの張の予言は、本当にその通り的中したのです。
それからデニー博士が、どれほどすさまじい歓迎の嵐を受けたのかは、わざわざ書くまでもないでしょう。
しかし、デニー博士にはとても大切な仕事があったため、火星の使節団と私たちの世界の代表者たちのあいだに立って、毎日本当によく働き、大奮闘を続けました。
そのおかげで、お互いのあいだにとても幅広い協力の条約が無事に結ばれ、地球と火星をつなぐ定期的な宇宙飛行の路線も、仲良く一緒に経営することが決まりました。
そしてさらに一歩進んで、私たちの太陽系にある惑星たちが、ひとつの平和な連合星団を作ることまで話し合いでまとまったのです。
デニー博士はその後、火星にずっと住み続けることになりました。
博士が、地球を代表して火星に駐在する大使に任命されたからです。
博士の立派な銅像は、ニューヨークと、もう一つの場所であるデニー塔があったアリゾナの、合わせて二つの場所に建てられました。
四人の少年たちは、ご褒美としてもらったお金を使って、すばらしい自動車と飛行機を買うことができ、今ではそれを元気に乗り回しています。
その自動車や飛行機には、あのトレードマークの大きな牛の絵がしっかりと描かれているということです。

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