立て! こっちの隅へ寄っていけ!」
ズルズルと引きずってきて、伊那丸を拝殿の柱へ縄尻にくくりつけた。
龍巻はそれをきっかけにして、
「じゃあ殿さま、伊那丸はたしかに渡しましたから、約束の金をこっちへ出してもらいましょうか」
「む、いかにも褒美をつかわそう。これ、用意してきた黄金をここへ持て」
と、家臣にになわせてきた三箱の金をそこへ積ませると、
「さすがは大名、これだけの黄金をそくざに持ってきたのはえらいものだ」
と、龍巻はニタリとつぼに入った笑いを浮かべた。
「やい野郎ども、はやくこの黄金を小舟(かるか)へ運んでいけ。
どりゃ、用がすんだら引きあげようか」
と手下にそれをかつがせて、龍巻も立とうとすると、
「やッ、大変だ、お頭、少しお待ちなさい」
と民蔵がことさら大きな声で、出足をとめた。
「なんだ、やかましい」
龍巻は舌うちをしてふりかえった。
社の廻廊(かいろう)にたって小手をかざしていた民蔵は、なお大げさに飛びあがって、
「一大事一大事! お頭、沖の親船が燃えている! あれあれ、親船が燃えあがっている!」
と、手をふりまわした。
四
「なにッ、親船が?」
龍巻もさすがにギョッとして浜辺のほうをすかしてみると、まっ暗な沖合にあたってボウと明るんできたのは、いかにも船火事らしい。
「ややややや」龍巻の目は異様に輝いた。
見るまに沖の明るみは一団の火の玉となって、金粉のような火の粉を空にふきあげた。
夜の潮は美しく染められて、まるで龍宮城が焼け落ちているかのような壮観をあらわした。
「ちぇッ、とんでもないことになった。
それッ、早く漕ぎつけて、消しとめろ」
とぎょうてんした龍巻は、二、三十人の手下たちとともに一斉にドッと海神の社をかけだしていった。するとにわかに、鳥居わきの左右から、ワッと押し寄せる人声の波!
「海賊ども、待て!」
「御用だ、御用だ!」
たちまち氷雨(ひさめ)のように降りかかる十手の雨。
――かける足もとをからみ倒す刺股(さすまた)、逃げる者をひき倒す袖がらみ。
驚きうろたえるあいだに、バタバタと捕らえてふせ、ねじふせ、刃向かう者は片っぱしから斬り立ててきた。捕手の人数は七、八十人もあろうかと思われた。
陣笠、陣羽織のいでたちで堺奉行所の提灯(ちょうちん)を片手にふり、部下の捕手を激励していた佐々木伊勢守(ささきいせのかみ)のほうへ、荒獅子(あらじし)のごとく奮迅してきたのは、海賊の頭(かしら)、龍巻九郎右衛門であった。
「おのれッ」とさえぎる捕手を斬りとばし、夜叉(やしゃ)を思わせる太刀風(たちかぜ)に、ワッと恐れて近づく者もないその時、穴山梅雪一手の剛者たちが捕手に力をかして、からくも龍巻をしばりあげた。
「民蔵、そのほうの奇策はまんまと図にあたった。
そなたより奉行所へ密告したため、アレ見よ、沖でもこの通りの大騒ぎをしているわい……小気味よい悪党どもが最後だな」
穴山梅雪は、館へ帰るべくふたたび馬にまたがり、持ってきた黄金をも取りかえし、武田伊那丸をも手に入れて、得々と社頭から行列をくりだした。
「手はじめのご奉公、首尾よくまいって民蔵も面目至極(めんもくしごく)にございます。
殿のご運をおよろこび申し上げます」
「健気(けなげ)なやつだ。
今宵から余の近侍にとり立ててやろう。
伊那丸の縄をとって、ついてまいれ」
いっぽう、捕手にかこまれて引っ立てられた龍巻は、この様子を見るとまわりの者をはねとばし、ものすごい形相で民蔵のそばへかけよった。
「畜生め!
う、うぬはよくも、おれを裏切りやがったな。
一度は縄にかかっても、このまま獄門台に命を落とすような龍巻じゃねえぞ。
きっとまた暴れだして、きさまの首をひねりつぶす日が来るから覚えていろ!」
「ああ、よく分かった。
だが、拙者は腕力は弱いから、その時にはまた今夜のように、知恵比べで戦おうわい」
久しぶりに小幡民部(おばたみんぶ)らしい口調でこたえた民蔵は、子供の悪ふざけでも聞き流すように笑って、他の武士たちと同列に、梅雪の館へとついていった。
五
ここしばらく京都に滞在している徳川家康の陣営へ、にわかに目通り(面会)をねがいでたのは、梅雪入道であった。
家康は、もうとっくに甲州北郡の領土へ帰国したものと思っていた穴山が、また途中から引きかえしてきたのはどういうことかと意外に思い、そくざに彼を引見した。梅雪は徳川家康のいるお部屋へと進み出て、自慢げに頭をツルツルと撫でつけながら、ずっと探していた武田伊那丸を捕まえたときの様子を、大げさに自慢して報告しました。
まるで、「これほどのあっぱれな大金星をあげたのですから、ご褒美として一万石や二万石の領地をすぐに増やすべきでしょう」と言わんばかりの態度です。
「ふむ……そうか」
家康のへの字に曲げた口もとに、深いしわが刻まれました。
これは家康が、あまり面白くないなと感じたときに見せる、いつものクセです。
「浜松のお城の中にまで忍び込んで、殿さまのお命を狙ったとんでもない伊那丸を生かしておけば、この先ずっと徳川のご一族を脅かすのは目に見えておりますから、私があの場で……」
「待て、待て、もう分かっておるわ……」
しかし、梅雪の思いとは裏腹に、家康の態度はなんだか冷たく、むしろとても不満そうでした。
あんなにも、「伊那丸の首をとってきたら、望み通りのご褒美をやるぞ」と言っていたのに、この不愛想な態度はどうしたことでしょう。
それもそのはず、家康は、梅雪が自分で思っているほど、彼のことを信用していなかったのです。
日本の歴史を見ても、中国の歴史を見てもめったにいないほどの「武士の恥さらし」が、武田家が滅びるときに二人いました。
一人はこの梅雪であり、もう一人は小山田信茂(おやまだのしげも)です。
織田・徳川の連合軍に追いかけられた武田勝頼の一行が、家臣である小山田信茂のいる岩殿山(いわどのさん)を頼って逃げていったとき、信茂はなんと城の門を閉ざして中に入れてやらず、勝頼の一門が天目山(てんもくさん)で悲しい最期を迎えるのを見殺しにしたのです。
そして、それを自分の武功だと言い張って、織田軍に降参しました。
織田信長の息子である織田信忠(おだのぶただ)は、小山田の顔を見るなりその不忠者で薄情な行いを激しく怒鳴りつけ、「褒美といえばこれだ!」と、陣刀をひと振りして一瞬で首を切り落としたのでした。
――そういう前例もあるのです。
ましてや、この梅雪入道という男は、もともと武田家にずっと仕えてきた家臣であるだけでなく、勝頼とはいとこの関係にあたります。
その裏切り者の恥ずかしさは、小山田以上だと言わなければなりません。
――けれど家康は、信忠とは違って、どんな人間でも利用できるところは利用するという、器の大きな大将でした。
「梅雪、伊那丸を捕まえたとは言うが、それだけか?」
「はっ? それだけとは、どういうお言葉でございましょうか」
「愚かな入道めが。
武田家の守り神としてずっと崇められてきた『御旗楯無(みはたてなし)』の宝物は、間違いなく伊那丸が隠し持っているはずじゃ。その大切なことが、まだ分からぬのか!」
「はっ、その通りでございます!
そこまでは気がつきませんでした。
コメント