初級翻訳・おぎん 第2話

おぎん

代官は、天主様の教えはもちろん、お釈迦様の教えについても何も知らなかったので、なぜ彼らがこれほど意地を張るのか、さっぱり理解できませんでした。
時には、三人とも気が狂っているのではないかと思うことさえありました。
しかし、狂っているわけではないと分かると、今度は大蛇や一角獣(ユニコーン)のように、人間とは縁のない化け物のような気がしてきました。
そんな化け物を生かしておいては、今の法律に背くだけでなく、国が危うくなると考えたのです。
そこで代官は、一ヶ月ほど彼らを土牢に入れておいたあと、ついに三人とも焼き殺すことに決めました。
(実を言うと、この代官も世間の人たちと同じで、本当に国が危うくなるかなんて、ほとんど考えてはいませんでした。まずは法律があり、次に民間の道徳がある。わざわざ深く考えなくても、それで特に不自由はしなかったからです。)

じょあん孫七をはじめとする三人の信者たちは、村の外れの刑場へ連れて行かれる途中も、怖がっている様子は全くありませんでした。
刑場はちょうど墓場の隣にある、石ころだらけの空き地です。
彼らはそこへ着くと、一つひとつ罪状を読み聞かされたあと、太い角柱に縛り付けられました。
そして、右にじょあんなおすみ、中央にじょあん孫七、左にまりやおぎんという順で、刑場の真ん中に立たされました。
おすみは連日の拷問のせいで、急に年老いたように見えます。
孫七も、髭が伸びた頬にはほとんど血の気がありません。
おぎんも――おぎんは二人に比べれば、まだ普段と変わりませんでした。
しかし、三人とも積み上げられた薪(まき)の上に立たされているというのに、みんな同じように穏やかな顔をしています。

刑場の周りには、ずっと前から大勢の見物人が集まっていました。
その人だかりの向こうの空には、墓場の松の木が五、六本、まるで天蓋(てんがい)のように枝を広げています。
すべての準備が終わったとき、役人の一人が大げさな様子で三人の前へ進み出ると、「天主の教えを捨てるか捨てないか、少し猶予をやるから、もう一度よく考えろ。もし教えを捨てると言うなら、今すぐ縄を解いてやる」と言いました。
しかし、彼らは答えません。
みんな遠い空を見つめたまま、口元には微笑みさえ浮かべています。
役人も、そして見物人でさえ、この数分間ほど静まり返ったことはありませんでした。
無数の目が、瞬きもせず三人の顔に注がれています。
けれど、これは彼らをかわいそうに思って息を呑んでいるのではありません。
見物人たちはたいてい、火がつけられる瞬間を今か今かと待ち構えていたのです。
役人もまた、処刑の手間取ることにすっかり退屈しきっていたので、これ以上説得する気力もありませんでした。

その時、突然、全員の耳に思いがけない言葉が飛び込んできました。
「わたしは、教えを捨てることに決めました」
声の主は、おぎんでした。
見物人たちは一斉に騒ぎ出しました。
しかし、一度どよめいたあと、すぐにまた静まり返ってしまいました。
孫七が悲しそうにおぎんの方を振り向きながら、力のない声で叫んだからです。
「おぎん! お前、悪魔に騙されたのか? あと少し辛抱さえすれば、主の御顔(みかお)を拝めるのだぞ!」
その言葉が終わらないうちに、おすみも遠くからおぎんに向かって、一生懸命に声をかけました。
「おぎん! おぎん! お前には悪魔が取り付いたんだよ。祈っておくれ。祈っておくれ」
しかし、おぎんは何も答えません。おぎんの目は、大勢の見物人の向こう側、まるで大きな屋根のように枝を広げた、墓地の松の木をじっと見つめていました。
その様子を見て、役人の一人が、おぎんを縛っていた縄を解くように命じました。
じょあん孫七はそれを見ると、もうどうしようもないと諦めたように、目をぎゅっと閉じました。
「すべてを支配される神様、あとはあなたのお計らいにお任せいたします」

やっと縄から解放されたおぎんは、しばらくの間、ぼんやりとその場に立ち尽くしていました。
しかし、孫七やおすみの姿を見ると、急いで二人の前へ跪き、何も言わずにただ涙を流しました。
孫七はやはり目をつぶったままです。おすみも顔をそむけて、おぎんの方を見ようとはしません。
「お父様、お母様、どうか私を許してくださいまし」
おぎんは、やっと口を開きました。

「私は教えを捨てました。その理由は、ふと向こうに見える、あの天蓋のような松の木の梢に気がついたからでございます。あの墓場の松の陰で眠っていらっしゃる御両親は、天主様の教えをご存知ありませんでしたから、きっと今頃は地獄に落ちていらっしゃることでしょう。それを私一人だけが、天国の門へ入るなんて、どうしても申し訳が立ちません。私はやはり地獄の底へ行って、御両親の後を追うことにいたします。どうかお父様やお母様は、イエス様やマリア様のそばへ行ってくださいまし。その代わり、教えを捨ててしまった以上、私もこのまま生きてはいられません……」
おぎんは途切れ途切れにそう言うと、あとは声を上げて泣き伏してしまいました。

すると今度は、じょあんなおすみまで、自分の足元に積まれた薪の上に、ぽろぽろと涙を落とし始めました。
これから天国へ入ろうという時に、無用な悲しみに沈んでいるのは、本来、信仰者としてあるべき姿ではありません。
じょあん孫七は、苦々しそうに隣の妻を振り返り、鋭い声で叱りつけました。
「お前も悪魔に心を奪われたのか? 天主様の教えを捨てたいのなら、勝手にお前一人で捨てればいい。俺は一人でも、このまま焼け死んで見せるぞ!」
「いいえ、私もあなたにお供いたします。けれどもそれは――それは」
おすみは涙を飲み込んでから、半ば叫ぶように言葉を投げました。
「けれどもそれは、天国へ行きたいからではございません。ただあなたの、――あなたのお供をしたいだけなのです」

孫七は長い間、黙り込んでいました。
しかし、その顔は真っ青になったり、かと思えば血が上って赤くなったりと変化し、額には汗の粒がびっしりと浮かんできました。
孫七は今、心の目で自分の魂を見つめていたのです。自分の魂を奪い合おうとする天使と悪魔の姿を。
もしその時、足元でおぎんが泣き伏せたまま顔を上げずにいたら――いや、もうおぎんは顔を上げていました。
しかも、涙でいっぱいの目には不思議な光を宿しながら、じっと孫七を見守っています。
その瞳の奥で輝いているのは、純粋な少女の心だけではありません。「流浪の身となった親の子供」、あらゆる人間の心そのものでした。
「お父様! 地獄へ参りましょう。お母様も、私も、あちらにいるお父様やお母様も、――みんな悪魔に連れて行かれましょう」

孫七は、ついに信仰を捨ててしまいました。
この話は、日本に数多くあったキリスト教徒の受難の歴史の中でも、最も恥ずべき挫折として後世に伝えられた物語です。
何でも、彼ら三人が揃って教えを捨てることになった時、天主様がどのような存在かを知らない見物人の人々でさえ、彼らをひどく憎んだと言われています。
これは、楽しみにしていた火あぶりの処刑が見られなくなった腹いせだったのかもしれません。

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