お前は、あの鳥の面倒を見てやったら、どうにか暮らしていけないことはないさ」と、夫は言いました。
「本当に悲しいことです。わたしは、もっと鳥の面倒を見てやります。そして、一日も早くあなたのところへ行ける日を待っています」と、女の人は答えました。
「それで安心したよ。どうか元気で、幸せに日々を送ってくれ。きっと、私は待っているからな」と、夫は言いました。
「あの世へ行くには、高い山を越えなければならないそうです。どうか峠でわたしを待っていてくださいね」と、女の人は言いました。
男はうなずいて、ついにこの世から去ってしまいました。
女の人は夫が亡くなった後も、しっかりと家業を守りました。
それからまた、長い月日がたちました。
女の人もすっかり年をとりました。
そして、いつしか女の人自身が、お墓へ行く日がやってきたのであります。
女の人は仏さまに、どうかあの世へ滞りなく行けますようにと祈りました。
そして、ついに目を閉じるときがきました。
女の人は、この世を去ったのです。
けれど、その魂は、女の人が念じたとおりに、あの世へと向かう旅に出発しました。
女の人は長い道を歩きました。
うららかに日が当たって、野原も山も、ぼんやりとかすんで見えました。
まるで夢の国のような景色を眺めながら歩いたのであります。
女の人は、やさしい仏さまに道案内をされて、広い野原の中を進み、いよいよ極楽の世界が、山を一つ越えれば見えるというところまでたどり着きました。
「さあ、もうすぐだ、この山を越えるんだよ」と、仏さまはおっしゃいました。
女の人は青竹の杖をついて、山を登り始めました。
やがて峠に達すると、そこに三人の男が立って待っていました。
三人は、自分たちが待っている女の人が、この一人の女であるということをまだ知りませんでした。
三人は女の人を見ると、
「お前が来るのを待っていたぞ!」と言って、三方から寄ってきました。
女の人はびっくりしてしまいました。
よく見ると、なんと第一の夫と、第二の夫と、第三の夫だったのでした。
女の人は、どちらへ行っていいのかまったくわからず、すっかり途方にくれてしまいました。
「俺は長い間、どんなにおまえを待ったかしれないぞ」と、第一の夫が言いました。
「私はいちばん最後におまえと別れたんだ。おまえは私といっしょにあの世へ行くのが本当の筋だ」と、第三の夫が言いました。
「おまえは、私といっしょにあの世へ行くって約束したじゃないか!」と、第二の夫が言いました。
女の人は、まったくどうしていいか分からなくなってしまいました。
この様子を、仏さまはご覧になっておられました。
「おまえは悪気のある女ではないが、そうやって三人に約束をしたというのは本当か?」と、仏さまは女の人におたずねになりました。
「わたしが悪うございました。そのように三人に約束をいたしました。けれど、心から嘘を言うつもりで言ったのではございません。ある時はあの世があることを信じましたし、ある時はあの世があるかどうかを疑ったりもいたしました」と、女の人は答えたのでした。仏さまは、しばらくじっと考えていらっしゃいましたが、やがてこうお尋ねになりました。
「おまえは、三人のうちで、いちばん誰を愛しているのかね?」
女の人は、これまで自分が誰をいちばん愛しているかなんて考えたこともなかったので、なんと答えていいか困ってしまいました。
すると、仏さまはさらにこうおっしゃいました。
「おまえは、いったいどんな気持ちで、何度も結婚をくり返したというのかね?」
女の人は、自分ひとりでは生きていけないから結婚したなんて、恥ずかしくて口に出すことができませんでした。
「そんなふうに気持ちがフラフラしている者は、まだあの世へ行くことはできない。おまえは蝶(ちょう)になって、もう一度この世に戻って、自分の心をよく考えてくるがいい。そして、心がすっきりと迷わなくなったら、そのときにまたあの世へ迎えてやろう」
仏さまは、女の人にそうお告げになりました。
それから、仏さまは三人の男たちに向かってこう言いました。
「あの女が本当に心を決めて、一生変わらない本当の夫を見分けられるようになるまで、ここで待っているといい」
そう言うと、あっという間に、女の人の姿は美しい一匹の蝶になってしまいました。
そして蝶は、夕日に染まる空に向かって、どこへともなくパタパタと飛んでいきました。
三人の男たちは、山の峠で、十年、百年、そして何百年もの長い長い年月を待ち続けました。
そのうちに、三人の男たちは、ついに三つの石になってしまいました。
けれど、この世へ戻っていった蝶は、いまだに心がしっかり定まらないとみえて、今でも花から花へと、きれいな羽をひらひらさせて飛びまわっていて、いつまでたってもあの世へ帰ってこないのであります。
初級翻訳・ちょうと三つの石 第2話
ちょうと三つの石
コメント