あなたコウモリを食べたことあって?」
そのときいきなり、どさっ! どささっ! と突っ込んだのが枝と枯れ葉の山で、落っこちるのはおしまい。アリスにけがはちっともなくて、ぴょいとすぐさま真っ直ぐ立てる。見上げてみても、頭の上は真っ暗闇。前にはまた長い道があって、白ウサギがまだ見えるところにいて、かけ足で進んでいく。ぐずぐずしているひまなんてない。走り出すアリスは風のよう。ちょうどギリギリ向こうが角を曲がるところで、こんな声が聞こえた。
「おお、ぴょんぬるかな! もう大遅刻でおじゃる!」
すぐあとに続いてこっちも角を回ったはずなのに、ウサギの姿はもうあたりになくて。気づけば天井低めの大広間。その天井からずらりとぶらさがったランプで照らされていて、まわりにぐるりとドアが並んでいたのに、どれもみんな鍵がかかっていて。だからアリスはえんえんあっちにこっちに、ぜんぶのドアを試したあと、とぼとぼと真ん中に歩いていってね。どうやったらまたお外に出られるんだろうって。
するとそこでふと出くわした、3本足の小さなテーブル。ぜんぶまるまるガラスでできていて、なんとその上にはただひとつ、ちっちゃな金の鍵が。そこでアリスがまずひらめいたのが、この広間のドアのどれかに合うんじゃないかってこと。なのに何たること! 穴が大きすぎるか鍵が小さすぎるか、とにかく何にも開かない。
ところがもう一度回ってみると、前には気付かなかったけれど、ちんまりカーテンのかかっているところにばったり。そのうらには高さ40センチくらいのドアが。で、ちっちゃな金の鍵で合わないか試してみると、とってもうれしいことにぴったり!
アリスがドアを開けると、ネズミ穴と同じくらいの小さな通り口が続いていて、しゃがんでのぞいてみると、向こうには見たこともないきれいなお庭が。もうその暗い広間から飛び出して、明るいお花畑とひんやり泉のあたりを歩き回りたくてしかたがないのに、そのドアは頭も通らなくって。
「頭だけが向こうに出ても結局、」とかわいそうにアリスは考えごと。「肩がぬけなくちゃどうしようもなくてよ。はあ、望遠鏡みたいに身体をたためればどんなにいいか! 始め方さえわかれば、たぶんできるのに。」
というのも、ほら、ここずっととんでもないことばかり起こっていたから、アリスは本当にできないことなんて、もう実はほとんどないんじゃないかって気になってきていたんだ。ドアの前でぼーっとしていてもしかたがないので、テーブルのところへ引き返して、もうひとつ鍵でも、いやせめて身体のたたみ方の本でも見つからないかなと思っていたんだけど、今度見るとテーブルの上には小びんが置いてあった(「さっきまではぜったいになかったのに」とアリスは言った)。びんの首には紙切れがくるっと巻かれていて、そこには〈ノンデ〉という文字がカタカナできれいに印刷してあった。
「ノンデ」なんて、たいへんけっこうなことだけど、お利口さんのアリスはあわててそんなことしたりしません。「だめ、まずたしかめること」とアリスは言う。「そのびんに〈毒〉の印があるかないか見てみないと」。だってそういう小話をそれなりに読んだことがあって、そこでは子どもがやけどしたり、けだものに食べられたり、そのほかひどい目に合うのだけど、どれもお友だちの教えてくれた簡単な決まりをわすれたせいでそうなったわけ。たとえば、赤くてちんちんの火かきをずっと持っているとやけどするよ、ナイフで指を深く切ったらふつうは血が出るよ、といったことね。そして、ちゃんと覚えていたのが、〈毒〉の印のあるびんをぐびぐび飲むと、おそかれ早かれほぼまちがいなく毒に当たるよ、ということ。
とはいえ、このびんには〈毒〉の印はなかったので、アリスが思い切って味見してみると、とってもおいしくて(なんと風味はサクランボのタルトにカスタード、パイナップルからローストチキンとキャラメル、あつあつのバタートーストまでがいっしょになったみたいで)、あっというまに飲みきっちゃった。
* * * *
* * *
* * * *
「とってもへんてこな気持ち!」とアリス。「望遠鏡みたいに身体がたたまれていくのね」。
うん、その通り。今や背たけはたった25センチ。そして顔がぱっと明るくなったのは、あの小さいドアからすてきなお庭に出るのに、今の大きさならちょうどいいって思ったから。とはいえ、まずはしばらくじっとしてたしかめることにした。もうこれ以上ちぢまないかなって、ちょっぴりどきどきしていたんだ。「だってほら、おしまいに」とアリスはひとりごと。「ロウソクみたいに、ぜんぶ消えてなくなっちゃうのかも。そうなったら、あたくしどうなっちゃうのかしら」。そこでロウソクがふっと吹き消されたあと、火がどうなるのか思い浮かべてみようとしたんだ。そんなの見たことなかったからね。
しばらくして、もう何も起こらないってわかったから、すぐにでもお庭へ出ることにしたんだ。でも、あああ、かわいそうなアリス! ドアのところへ行くと、ちっちゃな金の鍵をわすれたことに気がついて、取ろうとテーブルに引き返してみると、今度は上にぜんぜんとどかない。ガラスの向こうにもうはっきりと見えるのに、せいいっぱいテーブルの足からのぼろうとしても、すべるすべる。しまいにはくたびれて、かわいそうに、あのかわい子ちゃんはへたりこんで大泣き。
「ほら、そんなふうに泣いたってどうしようもなくてよ!」とアリスは自分に言い聞かせる。「あなた、今すぐにおやめなさい!」いつもご自分へのおいさめはとてもご立派(あんまり言うこと聞かないけど)、時にはご自分へのおしかりがきびしくてなみだをためることもある。あるときなんか、自分対自分のクローケーの試合でずるっこしたからって、わすれずご自分の耳をおはたきになろうとするくらい。このへんてこな子は1人2役するのが大好きだったんだ。「でも今」とかわいそうなアリスの考えでは「1人2役してもしかたなくてよ! もう、あたくし、ちゃんとひとり分にも足りてないんだもの!」
ふと目を落とすと、テーブルの下に置かれたガラスの小箱。開けると中に小ぶりの焼菓子が見つかって、そこにはほしブドウで〈タベテ〉って文字がきれいにならべてあった。「なら、いただきます」とアリス。「身体が大きくなれば鍵にもとどくし、身体が小さくなってもドアの下をくぐりぬけられる。いずれにしても庭には出られるから、どっちになってもかまわなくてよ!」
ちょびっとかじって、そわそわとひとりごと。「どちらの方? どちらなの?」とどっちになるかわかるように、頭のてっぺんを手でおさえていたら、びっくりびっくり、気づくと同じ背たけのまま。たしかに、焼菓子を食べただけじゃ、こういうふうになるのがふつうなんだけど、アリスはとんでもないことが起こるってほんとにそれだけを考えるようになっていたから、まっとうな人生がすごくつまらなく、ばかげたことに思えてね。だからむきになって、たちまちぺろりと焼菓子をたいらげたんだ。
コメント