初級翻訳・メリイ・クリスマス 第3話

メリイ・クリスマス

だから、また別の星へ行って、そこの生物に生まれ変わりに行かなくちゃならないのよ」
「生まれかわるって?」
「そう。
まだまだ知能の遅れている星がたくさんあるの。
そういう星に行って、そこの生物たちの心のリーダーになりに行くのよ。
その星で、しばらくその星の生き物として実際に生きてから、死んでみせるの。
つまり、生き方のモデルを見せるってことね。
……そこの星の人たちは、私のことを神さまなんて呼ぶのよ」
「神さま、だって?」
「ええ。
あなたの星の生き物たちのあいだには、神さまっていう存在はないの?」
「あったよ。だけど、男だったけどな」
「女の神さまがいる星だってあるのよ。
そこでは指導者らしく、その星の生き物たちが思い描くイメージの中で、いちばん崇高で美しい姿に変身することになっているの」
「じゃあ、きみも神さまなのかい?」
「ううん、ちがうわ。
向こうの人が勝手にそう呼んでるだけよ。
それに私、この星にはただ休暇をつぶしに遊びに来ただけだもの」
 彼はさらに質問を続けようとした。
いったい彼女はどこの星の、なんという生き物なのだろうか。
だがその質問の代わりに、彼女はコロコロと笑い出した。
初めて秋の夜に聞いたときと同じ、愛らしくて無邪気な、心の奥にじわっとしみるような澄んだ笑い声だった。
「……あなたたちはね、自分たちに理解できることしかわからないのよ。
だから、いくら私のことを知ろうとしたって、無理な話だわ」
 月はすっかり空高く上り、彼女のスーツもだんだんと鮮やかなオレンジ色に染まりはじめていた。
「……あっ、来たわ。お友達よ」
 彼女が鉄棒の上にスッと立ち上がると、そのすぐ隣に、彼女と同じ色の背広を着た5センチほどの青年が一人立っていて、にこやかに彼に微笑みかけていた。
「この人ね、これから太陽系の中のある星へ、生まれ変わりに行くところなの。
その星の汚い馬小屋の中で生まれてね、とっても厳粛な顔でお説教をして、最後には仲間たちに裏切られて、十字架に張り付けにされて殺されちゃうのが、今回の役目なんだから」
「楽しい休暇でしたよ」と、青年も目で語りかけた。
「僕たちは、しばらく骨休めにこの星へ遊びに来ていただけなんです。
ずいぶん昔、僕たちの仲間のうちの一人が神さまになったはずのこの星の生物たちが、その後どんなふうに心変わりしていったのか、それを自分たちの参考にしようと思ってね」
「新しい神さまが必要な時期みたいね、どうやら」と、彼女は青年の言葉にうなずきながら言った。
「ここの星の人たちは、みんないつも不安でいっぱいのようね。
きっと、心から愛することを忘れちゃっているんだわ」
「まったく、みんな自分勝手なわがままばかりだからね」
 と、青年もそれに調子を合わせた。
すると突然、青白くすらっとした長身の美青年が、片手をヒョイと上げ、ちょっとイタズラっぽい仕草で彼の後ろを指さした。
彼がハッと振り返った。
妻がそこに立っていた。
妻は、じっとその青年の目をまっすぐに見つめていた。
「もし僕が彼女のお相手をしてあげていなかったら、奥さんだって、あなたが自分のことにかまってくれないのを、そんなにいつまでも黙ってほうっておかなかったでしょうね……ねえ、奥さん?」
 青年はクスクスと笑った。
「じゃあね、さようなら。
これであなたたちの星とも、あなたたちとも本当にお別れだわ」「ご幸福に」
「さよなら。お元気でね」と、小さな彼女も言いました。
5センチの美しい男女は、彼ら夫婦がさよならも目で言えないうちに消えてしまいました。
あとには、冬の月光を浴びた手すりだけが白く光っていました。
「……あの小さな男、あいつはいつごろからあらわれたんだい?」
 と、彼は妻に尋ねました。
妻は、月のほうに目を向けたまま答えました。
「今年の、秋の夜よ。たしかお月さまがとってもきれいだった晩だわ」
「そうか」
 と、彼は言いました。
「あなたは、あの小さな女の人、どこにかくしてたの?」
「机の、引き出しの中さ」
「そう。……私は、三面鏡の引き出し」
 妻のその声が、ふと彼にとって、ひどくなつかしく、確かな手ごたえのある甘くあたたかなものに聞こえました。
彼は、妻の肩を抱き寄せました。
……とにかく、ぼくたちは同じサイズなんだ。
と彼は思いました。
他の星の生物たち、わけのわからない神さまたちなんてものは、たとえ存在するとしたって、ぼくらには幻影とおなじなんだ。
どんなに頑張っても、やはり等身大の大きさの同類しか、ぼくたちは、本当には愛することができない。
……
 妻の肩はやわらかく、その下で生きて動いている鼓動が、彼のそれと一つになり、しだいに高く、速くなっていきました。
二人は寒さを忘れていました。
目の下にひろがる夜の都会はにぎやかで、歩道には車と人があふれていました。
今夜は、ひときわネオンも美しく夜空に映えているように思えます。
楽しげな音楽も流れてきます。
ふいに妻が言いました。
「……そうだわ。今夜は、クリスマス・イヴなんだわ」
 二人は目を見合わせました。
そのとき、二人には言葉は要りませんでした。
二人は、おたがいの中に、それぞれ今夜生まれたあたらしい生命の貴重さを見つめ合っていました。

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