よけいなことをしたよ」
「私、そんな意味で訊いたわけじゃないの」
岸壁に白い波のカーテンが大きく逆立っては、ざぱんと崩れます。
女は、男のとなりに並んでベンチに腰かけました。
「あのね、私、自分で自分に花束を注文して送っておいたの。
だから、はじめは家に届いたあの花束が、自分が頼んだものだと思っていたのよ。
でも、よく見たら、お店の名前が、おぼえていたところと違っていたの。
それで気になって、自分が頼んだほうのお店に行ってみたのよ」
女はホテルのほうをふり返りました。
「あのお店よ。
ほら、秋にあなたとちょっと寄ったことがあったでしょう。
ホテルの隣りの」
「ああ、あそこはもうガソリンスタンドになっているよ」
「そうなの。
まったく無責任よね。
市外配達の特別料金までしっかり取ったくせに、なんの連絡もせずにしらばっくれているんだから」
「そうか。
じゃあ、君がもらったのは、ぼくが……」
「そうなの、はじめはすっかり勘違いしちゃったわ。
でも、ここに来てあなたの後ろ姿を見たとき、はっと思ったの。
弘の名前を使う資格のある人が、もう一人いたことをすっかり忘れていたわ。
ごめんなさい。
いままで私、あなたにすごくひどい態度をとっていたわね」
「じゃあ、受け取ってくれるかい? あのプレゼントを」
「もちろんよ。
あなたが弘の身代わりとして贈ってくれたんですもの。
母親としても、妻としても、受け取らない理由なんてないわ」
「ぼくには、やっぱり君しかプレゼントをあげたい人がいなかったんだよ」
「私のも、受け取ってくださる?」
女は、ハンドバッグから昨夜買った手袋を取り出すと、男の膝の上にそっと置きました。
「私がプレゼントをあげたい人も、やっぱりあなたのほかにいないわ。
いま、それがはじめてわかったのよ」
「ありがとう」
男はそれを大切に自分のポケットにしまいました。
「だれからもプレゼントをもらえなくて、ぼく、すごく孤独だったんだよ」
「夫婦って、きっと、おたがいに自分の一人ぼっちをプレゼントしあうものなのね」
女は、遠く白くけむる水平線に目を向けながら言いました。
「……でも、あなたはなぜ今日ここへ来たの? 偶然?」
「弘に会いにきたのさ。
昨日からあのホテルに泊まっているんだ。
……クリスマスだからね」
「どうしてここへ弘に会いに?」
「いつか、君はここの海の中に弘を見たんだろう? ぼくも、同じものを見にきたんだ」
女は黙りました。
あのとき私の見たのは弘の不在でした。
でも、それは同じことなのかもしれません。
「弘がここに呼んだんだね。
君も、ぼくも」
それをここに呼んだのも、もしかしたら弘の不在なのかもしれません。
二人はじっと海を見つめました。
灰白色にけむる海は、不気味ににごった波のひだを次々と重ねながら、無表情に岸壁へと迫ってきては華やかな白い泡をもりあげ、そしてまた去っていきます。
そのたびに、未知の何かがひたひたと押し寄せてきて、鈍く光る壁の向こう側で、途方もなく巨大な生命がうごめいているような気がしました。
「……弘からのプレゼントなのね。
私たちを、ここでこうして会わせたのは」と、女は低い声で言いました。
「それで、君はいつ家に帰ってきてくれるかい?」と、男が尋ねました。
女はふっと笑いました。
「あのね、真弓には、花束を自分で自分に贈ったこと、言わなかったの。
だから真弓は、はじめからあれはあなたのプレゼントだってすっかり思いこんでいるわよ」
「真弓が?」
そう言いながら男はライターを取り出し、煙草に火をつけようとします。
女が両手で風をかこみ、男は白い煙をふうっと吐き出しました。
「そうなの。
真弓、すごくごきげんだったわ」
「どうして?」
「あら、自分で考えてよ」と言って、女はまたくすっと笑いました。
「彼女いわく、私がいると、おかげですごく品行がよくなるんだって」
初級翻訳・一人ぼっちのプレゼント 第4話
一人ぼっちのプレゼント
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