初級翻訳・ラ・ベルとラ・ベート(美し姫と怪獣) 第2話

ラ・ベルとラ・ベート(美し姫と怪獣)

しかし、目を開けてみて驚いたことに、昨日まで着ていたボロボロの着物が、すっかり新しいものに変わっていました。
「これで、誰か心の優しい妖女がこの御殿の主(あるじ)なのだ」と思い、窓から外をふとのぞいてみますと、昨晩の雪がきれいになくなっていて、花で覆われたあずまやのある美しい庭園になっていました。ますますその確信を深めました。

さて、もう一度昨晩食事をした大広間へ戻ってみると、もうテーブルには朝食の支度が整っていました。
今度は遠慮なく食事を済ませると、馬はどうしたかと思い見に行きました。
すると、途中でバラの花が咲く棚の下を通ったので、ふと末娘のラ・ベルに頼まれたことを思い出し、お土産に一枝、バラを折りました。

その途端、「ううっ」というものすごい唸り声がしました。
そして、見るからにおそろしい一匹の怪獣が現れるなり、背中を立てて向かってきたので、商人は怯え上がって意識を失いそうになりました。

「恩知らずのど畜生め!」と、そのけものは恐ろしい声で叫びました。「おれがお前の命を助けて、この御殿に泊めてやったのではないか。それが、なによりおれが大事にしているバラの花を盗むとは何事だ。その代価は、お前の命の血で払わせるぞ!」

商人はかわいそうに、震え上がりながら怪獣の前にぺったりとひれ伏して言いました。
「殿さま、お許しください。お叱りを受けることとは存じませんでした。つい娘から、お土産に一輪バラの花をと言って望まれましたものですから。どうぞ、命だけはお助けくださいまし」

「おれは殿さまではない。ただのけだものだ」と、怪獣は言いました。「おれはおべんちゃらは嫌いだ」「口先だけの甘い言葉で、つべこべ誤魔化そうとするのはやめてもらおう。だがお前、娘がいるそうだな。その中に一人くらい、たぶん自分から進んで来て、お前の命の代わりになってくれる者がいるだろう。それならお前を許してやる。万が一、それがいやだと言うなら、三か月のうちに、必ずここへ戻ってこなければならないぞ」

商人は、娘たちのうちの誰一人として、自分の代わりに死んでもらおうなどとは、夢にも思いませんでしたが、さしあたり家へ帰って、娘たちの顔を見てから死にたいと考えました。
それで、必ず戻ってくると誓うと、怪獣もそれなりに許してくれたうえ、「手ぶらで帰ることはないから」と言って、昨晩眠った部屋へもう一度行ってみるようにと促しました。
そこには大きな箱があるから、この御殿の中にありそうなもの、なんでも好きなだけ詰めて行くがいい。いずれあとから箱は家まで届けてやると言うのです。
商人は、せめて子供たちに持っていけるお土産ができたことだけでも喜んで、言われた通りに部屋へ行ってみました。すると確かに大きな箱があり、そのそばの床には金貨が山と積まれていました。
商人は箱に金貨を詰めると、それなりにまた、とぼとぼと家へと帰っていきました。
摘み取ったバラの枝はそのまま手に持っていました。子供たちが出迎えると、まず末娘にそのバラの花を渡しながら、「さあ、ラ・ベルや、これをあげるが、その花一輪が、この哀れなお父さんにどんなにひどい災いをもたらしたか、お前には想像もつかないだろう」と言って、家を出てからの話を一通り聞かせました。
そう聞くと、二人の姉は大きな声を上げてわあわあ泣きわめきながら、ラ・ベルが余計なものねだりをしたせいで、大事な父親の命が危険にさらされたのだと責め立てました。
「なぜ着物や指輪をねだらなかったのか、なんて馬鹿な子だ」と罵りました。
けれど、ラ・ベルは自分がしでかした過ちのために、涙一滴流しませんでした。それよりも、自分一人を差し出して、父親の命の代わりになる覚悟をはっきりと決めていたのでございます。
妹の決心を聞くと、こんどは男の兄弟たちが一斉に叫び立てました。
「いけない、いけない。そんなことをさせるくらいなら、我々が行って、その怪獣と勝負をつけてやる。向こうを倒すか、こちらが倒されるかだ」

けれど、商人は息子たちを押しとどめて言いました。「それは相手がどんなに恐ろしい獣かを知らないからだ。それに手向かいをしたところで、どうせ無駄に決まっている。それよりか、兄弟たちでお互いに助け合って、この後長く幸せに暮らしてほしい。お父さんは安心して、また戻って行き、残りの命を怪獣への犠牲として捧げるつもりだ」
そう言い残して、商人は自分の部屋へ寝に行きました。ところが驚いたことに、悲しみに紛れてとうに忘れていた約束を、怪獣はちゃんと果たしてくれていました。部屋の中には、例の御殿で見た通り、大きな荷箱いっぱいに金貨が詰められたまま、そっくり置いてあったのです。
商人は、でもこのことを娘たちには話さないことにしました。お金が入ったと聞けば、すぐに「町へ帰ろう」と言って、やかましくせがむに決まっていたからです。

さて、それから三か月が経ちました。末娘ラ・ベルの覚悟には、少しの揺るぎもありません。いよいよ父親について、一緒に行くことになりました。
兄弟たちは泣いて涙のお別れをしました。ただ、二人の姉娘だけは、ネギかニラで目をこすって、無理やり出した涙でした。
二人を乗せた馬はちゃんと道をおぼえていて、例の不思議な御殿へ連れて行ってくれました。そして、いつもの馬小屋へずんずんと入っていきました。
父親と娘が分かれて大広間に入ると、今度もこうこうと明かりがともっていて、テーブルにはちゃんと二人分のご馳走が用意されていました。
食事が済むと、たちまち凄まじい物音を立てて、怪獣が部屋に現れました。
娘が震え上がってうつむいていますと、怪獣はそばにやってきて、「ここへ来たのは、自分から進んで来たのか?」と尋ねました。
娘は消えそうな声で、「はい」と答えました。
「それはどうもありがとう」と、怪獣は唸るように言いました。
それから父親に向かって、「さあ、それで、お前さんには明日の朝すぐ帰ってもらおう。もうそれなり、ここへは来ないでもらいたい。では、ラ・ベル、今夜はお休み」
「お休みなさい、ラ・ベート」と、娘は言いました。ラ・ベートとは、野のけものです。
けものさんと言う代わりに、このお話の中では「ラ・ベート」と呼ぶことにしましょう。
その後、商人はもう一度娘に頼んで、自分だけを残してこのまま帰ってもらおうと思い、一晩中懸命に説得しました。
けれど、父親の身代わりになろうという娘の決心は、びくともしませんでした。
父親もついには諦めて、「怪獣だって、つまりはかわいそうに思って、ラ・ベルに何か危ないことはしないだろう」と思うようになりました。
父親がしょんぼりと帰っていったあと、ラ・ベルもさすがにまぶたが重くなりましたが、無理に涙を払い除けて、御殿の中を歩き回ってみました。
するうちに、ふと一枚の扉に「ラ・ベルの部屋」と書いてあるのを見つけて驚きました。
慌てて開けてみますと、中はきれいに飾られた部屋で、本棚があり、ハープシコード(チェンバロ)が置かれていて、楽しい音楽が聞こえていました。
(まあ、どうしたというのでしょう。

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