初級翻訳・瘤とり 第2話

楠山 正雄

約束を破られないために、何か、質(しち)として預かっておいたほうがいいんじゃありませんか?」
おかしらは、
「なるほど、それはいい考えだ」
とうなずきました。
「それでは、いったい何を質にとるのがいいだろう?
何を取り上げておこうか」
と、鬼たちはみんなでワイワイと相談を始めました。
「烏帽子がいい!」と言う者もいれば、「斧はどうだ!」と言う者もいました。
しかし、おかしらはみんなが騒ぐのを手で制して、こう言いました。
「いや、そんなものよりも何より、あのじいさんのほおについている『瘤(こぶ)』を取り上げるのがいちばんいいだろう。
瘤というものは福のあるものだからな、きっとあのじいさんにとってもいちばん大切なものにちがいない」
おじいさんは心の中で、「しめた!」と喜びましたが、わざとびっくりしたような顔をつくって、こう言いました。
「おやおや、とんでもないことをおっしゃいます!
目玉を抜かれましても、鼻を切られましても、この瘤を取ることだけはどうかごかんべんくださいまし!
長年の間、わたくしが宝のようにしてぶら下げている、大事な大事な瘤でございますから、これを取り上げられてしまったら、本当に困ってしまいます!」
鬼のおかしらはこれを聞くと、
「それ見ろ! あんなに惜しがっている瘤だ。
あれに限る! さあ、取り上げておけ!」
と言いました。
手下の鬼はすぐにおじいさんのそばへ寄ってきて、
「それ、取るぞ!」
と言いながら、ポキリと瘤をねじ切ってしまいました。
でも、不思議なことに痛みは少しもありませんでした。
ちょうどその時、夜が明けて、カラスが「カー、カー」と鳴き声をあげました。
「おっと、大変だ!」
鬼どもはびっくりして一斉に立ち上がりました。
「明日の晩はきっと来るんだぞ。そうすれば瘤を返してやるからな」
こう言いながら、鬼たちはみんな慌ててどこかへ消えていきました。
おじいさんはそのあと、そっと自分のほおを手でなでてみました。
すると、長年のあいだ邪魔で仕方なかった大きな瘤がすっかり綺麗になくなっており、あとにはまるで息を吹きかけたようにつるつるの肌が残っていました。
「これはありがたい! 世の中にはふしぎなこともあるものだなぁ」
おじいさんは嬉しくてたまらなくなり、早くおばあさんに見せてよろこばせてやろうと、首をブンブンと振りながら、急いで家まで走って帰りました。
おばあさんは、おじいさんのほおの瘤がすっかりきれいに取れているのを見てびっくりし、
「おやまあ! あの瘤をいったいどこへやってきたのですか?」
と尋ねました。
おじいさんはこれこれこういうわけで、鬼が質として持って行ったのだと説明しました。
おばあさんは、「まあ、まあ……!」と言って、目を丸くして驚いておりました。

二

さて、このおじいさんの隣の家にも、左のほおに同じような大きな瘤のある、もう一人のおじいさんが住んでいました。
隣のおじいさんは、あのおじいさんの瘤がいつの間にか綺麗になくなっているのを見て、とても不思議そうにこう言いました。
「おじいさん、おじいさん、あなたのほおの瘤はどこへいってしまったのですか?
いったい、だれか腕のいいお医者さまに切り取ってもらったのですか?」どこだかそのお医者さまのうちを教えて下さい。
わたしも行って取ってもらいましょう。」
とうらやましそうにたずねました。
おじいさんは、
「なあに、これはお医者さまに切ってもらったのではありません。
ゆうべ山の中で鬼が取っていったのです。」
といいました。
するとお隣のおじいさんはひざを乗り出して、
「それはいったいどういうわけです。」
と、びっくりした顔をしました。
そこでおじいさんは、こういうわけで踊りを踊ったら、後でしちに取られたのだといって、くわしい話をしました。
お隣のおじいさんは、
「いいことを聞いた。
ではわたしもさっそく行って踊りを踊りましょう。
おじいさん、その鬼の来る所がどこだか、教えておくんなさい。」
といいました。
「ああ、いいとも。」
とおじいさんはいって、くわしく道を教えてやりました。
おじいさんは大そうよろこんで、あたふた山へ出ていきました。
そして教わった木のうろの中へ入って、こわごわ鬼の来るのを待っていました。
なるほど、話に聞いたとおり、夜中になると、何十人となく青い着物を着た赤鬼や、赤い着物を着た黒鬼が、テンの目のようにきらきら光る明かりをつけて、がやがやいいながら出てきました。
やがてみんなはゆうべのように木のうろの前に座って、にぎやかなお酒盛りをはじめました。
その時おかしらの鬼が、
「どうした。
ゆうべのじいさんはまだ来ないか。」
といいました。
「どうした、じじい、早く出てこい。」
手下の鬼どももわいわいいいました。
お隣のおじいさんは、それを聞いて、「ここだ。」と思って、こわごわうろの中からはい出しました。
するとひとりの鬼が目ばやく見つけて、
「やあ、来ました、来ました。」
といいました。
おかしらは大よろこびで、
「おお、よく来た。
さあ、こっちへ出て、踊れ、踊れ。」
と声をかけました。
おじいさんは、おっかなびっくり立ち上がって、見るからぶきような手つきをして、でたらめな踊りを踊りました。
おかしらの鬼はふきげんな顔をして、
「今日の踊りは何だ。
まるでまずくって見ていられない。
もういい。
帰れ、帰れ。
おい、じじいに、ゆうべのあずかりものを返してやれ。」
とかんしゃく声でいいました。
すると下座の方から若い鬼が、あずかっていた瘤を持って出て、
「それ、返すぞ。」
とわめきながら、瘤のない右のほおへぽんとたたきつけました。
お隣のおじいさんは、
「あっ。」
とさけびましたが、もう追っつきませんでした。
両方のほおへ二つ瘤をぶら下げて、おいおい泣きながら、山を下って行きました。

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