初級翻訳・二十四の瞳 第16話

二十四の瞳

怪我じゃもん、しかたがない」
「そんな目に遭うても、別れのあいさつとは気がええこっちゃい。
ゆんとん、さんじゃい」
 船頭さんは櫓にあわせて短く言葉を区切りながら、「ゆんとん、さんじゃい」と、いっそう力を入れて漕いだ。
大石先生もくつくつ笑いながら、それにあわせて、
「そんなこと言うても、たったの一年生が親にも内緒でお見舞いに来たんじゃもん、行かんと終われるかい。
ゆんとん、さんじゃい」
 大石先生がきゃっきゃっと笑うと、船頭さんもいい気持ちらしく、
「義理と人情はかかねばなるまい、そういうもんじゃよ。
ゆんとん、さんかよ」
 もう大石先生は腹をかかえて、思う存分笑った。
海の上ではだれも気にするものはなく、その笑い声まで櫓の音で区切られながら、船はしだいに沖に進み、やがて対岸の村へと近づいてゆく。
まだ朝餉(あさげ)の靄(もや)の消えきらぬ岬の端は、もうとっくに今日の出発がはじまったらしく、小さな物音がしきりに響いてきた。
今ごろ、あの子どもたちはどうしているだろうか。
自転車で通っていたとき、よろずやの前にさしかかると、あわてて走りだしてきていた松江、よく、波止場の上まで出てきて待ちうけていたソンキ、三日に一度は遅刻する仁太、おしゃまのマスノ、遠慮屋の早苗、一学期に二度も教室で小便をもらした吉次――と、ひとりひとりの上に思いをめぐらしながら、よくぞあのチビどもが、思いきって一本松までこられたものだと思うと、あの日の、ほこりにまみれた足もとなど思い出されて、いとしさに、からだがふるえるほどだった。
あのときは、わたしのほうが驚かされたから、今日はひとつ、みんなをびっくりさせてやる……。
だれにまっさきに見つかるだろうかと、たのしい空想をのせて船はすすみ、緑の木立ちや黒い小さな屋根をのせて岬はすべるように近づいてきた。
二人の女の子が砂浜に立ってこちらを見ている。
一年生ではないらしい。
ふしぎそうにこちらから目をはなさない。
変化にとぼしい岬の村では、海からの客も、陸からの客も見つけるのが早く、好奇の目はまたたくまに集団をつくるのだった。
立ちどまっている子どもが五人になり、七人にふえたと思うと、その姿はしだいに大きくなり、がやがや騒ぎとともに、ひとりひとりの顔の見わけもつきだした。
しかし、子どものほうではだれもまだ着物の先生に見当がつかぬらしく、まじまじと見つめている。
笑いかけてもわからないらしい。
しびれをきらして思わず片手があがると、がやがやは急に大きくなって、叫びだした。
「やっぱり、おなご先生じゃア」
「おなご せんせえ」
「おなごせんせが きたどォ」
 浜辺はもういつの間にか大人までがまじっての大歓迎になった。
船頭さんの投げたとも綱は歓呼の声でたぐりよせられ、力あまって船は砂浜まで引きあげられる騒ぎだった。
ひとしきり笑いさざめいたあげく、ともかく学校へ向かった。
途中で出会う人たちは、いちいち見舞いの言葉をおくった。
「怪我はどないでござんす。
あんじ(心配)しておりました」
 先生のほうもいちいちあいさつをかえした。
「ありがとうございます。
その節は、お米をいただいたりしまして、すみませんでした」
「いいえ、めっそうもない。
ほんの心もちで」
 少しゆくと鍬(くわ)をかついだ人が、はちまきをはずしかかっている。
同じような見舞いを聞いたあと、
「こないだはどうも、きれいなそら豆をありがとうございました」
 すると、その人は少し笑って、
「いやァ、うちは、胡麻をあげましたんじゃ」
 自分のばか正直さに気がつき、これからは米とも豆ともいわないことにきめた。
わずか一学期だけのことだったので、一年生の父兄のほかはよく顔もおぼえていなかったのだ。
そのつぎに出会った、漁師らしい風体の人を見ると、魚をくれたのはこの人かと思い、用心しながら、頭を下げた。「こないだは、とても立派なお見舞いをありがとうございました」
 するとその人は、急にあわてだして、
「いや、なに、ことづけようと思っとったんですが、つい、おくれてしもて、まにあいませなんだ」
 先生のほうも同じようにおわおわとあわてて、顔をまっかにし、
「あら、どうも失礼しました。
人違いをしていたんですね」
 これが昔の昔だったら、女の先生が自分からお見舞いの品を催促したなどと言われるところだっただろう。
みんなで通り過ぎていくと子どもたちがくすくす笑いだし、その中の男の子が言った。
「先生、清六さんの家は、人に物をあげたためしがないんだよ。
もらうばかりなんだ。
山へ仕事に行って、おしっこをもよおしたときは、どんなに遠くても、わざわざ自分の家の畑までしに帰るような人なんだから」
 わあとまわりのみんなが笑った。
その話は前にも一度聞いたことがあった。
四年生にいるその清六の息子が、クラスでひとりだけ、どうしても音楽のノートを持ってこなかった、そのときのことである。
いつも忘れ物ばかりするのかと思ってノートを出させると、泣き出しそうになってうつむいてしまった。
すると、隣に並んでいた生徒が、代わりにこう答えたのだ。
「歌をならってもお金もうけの足しにはならん言うて、お父さんが買うてくれんのじゃ」
 そのあと次の音楽の授業のとき、清一というその子に新しい音楽帳をあげると、とてもうれしそうに受け取ったことを思いだした。
彼は、教科書までぜんぶ、他の人のお下がりをもらって使っていた。
しかも、村で二番目にお金持ちの家だというのにだ。
そこに清一がいないことで、少しほっとしている先生に向かって、
「先生、足はまだ痛いの?」
まっさきにそう尋ねたのは仁太だった。
もう松葉杖ではないにしても、やっぱり少し足を引きずっているのを見ると、仁太はなんだかつらそうに思えたのだろう。
「先生、もう自転車には乗れないの?」
今度は小ツルが聞いた。
「そうね、半年くらい経ったら、乗れるようになるかもしれないわ」
「じゃあ、これからずっと船で来るの?」
ソンキの質問に、先生がだまって首を横に振ると、コトエがびっくりしたように言った。
「ええっ、じゃあ、歩いて? あんな遠い道を、歩いて来るの!?」
コトエにとっては、決して忘れることのできない、あの二里の道のりだったのだろう。
お腹がペコペコで心配で、まっさきに泣きだしたのがコトエだった。
仲間外れになりたくない一心で、自分の教科書の包みを藪に隠して家を出たコトエは、船で家まで送り届けられたときも、ひとりだけずっと暗い顔をしていた。
先生にどんなにこってり叱られるかと、びくびく震えていたのだ。
しかし、お迎えに出ていたおばんは、ほかのどこの親たちよりもまっさきに、船が着く板の橋がかかるのも待ちきれず、じゃぶじゃぶと海の中へ入っていき、どの子よりもまっさきにコトエを船から抱きおろしてくれたのだった。
まるで凱旋(がいせん)する将軍のように誇らしげに板の橋を渡る子どもたちと、それを迎える親たちのなかで、コトエとおばんだけは泣いていた。あとから藪にまわって教科書の包みを取りに戻りながら、そのときはもうふたりともいつもの顔に戻って話し合ったのだ。
「これからは、だまって勝手に行ったらダメだよ。

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