初級翻訳・天地創造の話 第4話

中谷 宇吉郎

ふつうの活動中の火山で溶岩を見ても、こんなドキドキする気持ちはあまり起きません。
ついさっきまで大地の底にあったものが、今目の前に突然あらわれたという、地球のパワーをまざまざと見せつけてくれるこの新しい火山だからこそ、初めて感じられる気持ちなのだろうと思います。

このまざまざと見せつけられた地球のパワーにすっかり心を奪われてしまったことも理由の一つでしょうが、今目の前で見ているこの山の姿は、本当に「美しさ」と「力強さ」のシンボルそのものです。
その美しさは、人間の世界には絶対にないような、妖しい光に包まれています。
そのパワーにも、争いや苦しみといった嫌な色はほんのちりほどもなくて、それはただ純粋な「力」そのものがドカーンとあらわれた姿なのです。
こういう美しさと力の世界こそ、まだ命を知らない世界であり、人間の心の中に「世界の始まり(天地創造)の夢」を呼び起こしてくれる世界なのだと感じます。

そうこうしているうちに風向きが変わり、火山灰が真っ白に降ってきました。
煙もこちらへモワモワと流れてくるようです。
私たちは慌てて山を駆け下りました。
ふと振り返ってみると、山の斜面に沿ってときどき大きな岩の塊がゴロゴロと転げ落ち、それに合わせて土砂や火山灰がガラガラと崩れ落ちて、もうもうと土煙を上げていました。
あんなふうにふもとまで転がり落ちてしまった岩の塊には、さっきまで見えていた美しい色彩も、もう消えてなくなっていることでしょう。

地球科学の立場から言えば、今回の新しい火山も、結局は有珠山の火山活動のひとつのパターンにすぎず、それほど大騒ぎして珍しがることもないのかもしれません。
もっとも、有珠山そのものが世界的に見てもめずらしい火山なので、その意味ではめったに見られない貴重な現象と言って間違いありません。
しかし有珠山ではすでに、明治43年の大噴火のときに洞爺湖のほとりに「新山」がムクムクと盛り上がり、たった100日ほどの間に155メートルの高さになって今の山ができあがったという前例もあります。
この有珠火山は、マグマが火口まで昇ってくる前に、溶岩の柱のてっぺんがカチカチに固まり、それが下の方のまだドロドロに溶けているマグマに押し上げられて、丸いドーム状になってニョキニョキと盛り上がってくるという特徴があるのです。
ドームができあがると火口を塞いでしまうため、マグマの新しいパワーは、ときどき山の横っ腹のいちばん弱い場所へと向かい、そこに新しい山をボコッと隆起させて、今回のような新しい火山をつくり出すのです。
その溶岩の柱が地表まで突き出さずに、地下の奥深くで「隠れドーム」のまま止まる場合は、明治43年の新山のときのように、山全体がムクッと持ち上がるだけで終わることになります。
こういう科学的な説明を聞いてしまうと、今回の新しい火山の誕生も、「世界の始まりの夢」なんて大げさなものまで持ち出すほどの事件ではないのかもしれません。
けれど、そんな説明を聞いたところで、あの「美しさと力の不思議な世界」が放つ魅力は、少しも減ったりはしません。
私にとっては、アルプス山脈がどうやってできたかなんていう学説よりも、いま目の前で見たこの火山の姿のほうが、はるか強く心に残るのです。
昔の人たちがみんな、自分たちの「世界の始まり(天地創造)の伝説」を大切に持っていたことを思えば、私たちがこんな夢を見たって、きっとバチは当たらないはずです。
(昭和21年1月6日)

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**附記**

本文にもちょっと書いた、北海道大学理学部地質学教室の石川教授のご好意によって、この新山ができあがっていった経過を示す図を一枚追加させてもらった。
この図は、同じく本文で少し触れた壮瞥村(そうべつむら)の郵便局長である三松(みまつ)さんの観測データをもとに作られたものである。
山が盛り上がる前の地面の形を太い線で描き、昭和19年5月25日から昭和20年9月10日までのあいだに、新山のまわりの形がどう変化していったのかを、8つの時期に分けて描き出してある。昭和二十年九月以後は、目立った高さの変化がほとんど見られなくなるため、ここでは省略しています。
最初の爆発が起きたのは昭和十九年六月二十三日で、それは下から二番目の線の時期にあたります。
爆発が起きてからというもの、地面がググッと盛り上がるスピードが急に速くなっている様子が、この図を見るとよく分かります。
そして、次の年の昭和二十年四月には、丸いドーム状の山(円頂丘)がすっかり完成していました。
私たちが実際にこの山を訪れたとき、つまり本文で紹介した様子をこの図に当てはめると、上から二番目の時期にあたります。
三松さんが描いてくださった元の図は、これよりもさらに詳しく書かれていて、地球科学にとってもものすごく貴重な資料なのです。
今回、三松さんが快くOKしてくださって、この分かりやすい略図を載せることができたのは、本当にありがたいことです。
(昭和二十二年七月九日)

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