初級翻訳・山彦乙女 第30話

山彦乙女

どちらを見渡しても、なだらかな丘の起伏がどこまでも続き、雑木林や草原、そして畑のあちこちに、強い風を防ぐ木々に囲まれた農家や、神社、お寺のうっそうと茂る森が、古めかしくひっそりと佇んでいるのが見えるばかりでした。
薬園はおよそ八千坪ほどの広さがあり、街道から少し離れた場所に作られていて、まわりには木の柵がめぐらせてありました。
新しいこけら葺きの建物が三棟に、物置、馬小屋などがあり、作物を育てる場所は、丘の斜面と、昔は沼だったらしき湿地帯、そして建物の西側の平らな土地へと縄張りがされ、人々がしきりに土をクワで鋤き返しているところでした。
半之助が住む家は「お小屋」と呼ばれる一棟で、松林と竹藪に囲まれ、北側に迫る丘の中腹から、竹のとい(筧)でひかれた水が、台所と縁先のほうへ絶えず爽やかにあふれていました。
お小屋には、村野市造(むらのいちぞう)という中年の下役と、手伝いの小者(こもの)が三人いました。
もう一棟には、小石川御薬園から回されてきた植木職人たちが五人住んでおり、さらにもう一棟には、二頭の馬の世話をする小者と、畑の力仕事をする人足が五人いました。
もともとここは、小石川の分園として作られた場所で(やがてはすべてをこちらへ移す予定でしたが、結局実現はしませんでした)、半之助はこの場所の責任者であると同時に、薬園奉行所の「見廻り」という役目も兼ねていました。
もっとも、これは定期的に小石川へ報告に出向く責任を持つというものですが、まだ実際に本格的な仕事が始まっていなかったため、当分はそのような必要もありませんでした。
村野市造は四十五、六歳くらいで、吹上(ふきあげ)に御薬園があった頃からその仕事をしているそうで、口数は少ないですが、植物のことにはとても詳しかった。
日に焼けた小さな顔で少し猫背気味、年のわりに老けて見える人柄で、お酒がなにかよりも一番の大好物だと言っていました。
「家内と子供が五人おりますので、こちらへまいりますと役料をいただけますが、なかなかお酒までは手が届きませんでね」
夕食にお酒をつけてやると、そんなふうに言いながら、まるで宝石でも扱うかのように大切そうに、盃のふちを舐めるようにして少しずつ味わうのでした。
「なあに、私がすっかり引き受けますから、あなたに面倒はかけません。ただ、こうして見ていてくださればそれで十分でございます」
酔っぱらうと素朴で飾り気のない口調で、彼はよくそんなふうに言っていました。
「草木なんていうやつらも、人間の子供たちと同じでしてな。絶えず目を光らせていなければいけないやつもいれば、こっちが知らん顔をしているほうがうまく育つやつもいる。可愛いやつもいれば、ちょっと憎たらしいやつもいて、まあそこが面白いところなんです。でも、しょせんは、お若いあなたになんて言いますか……」
村野が飲むお酒は一合五勺がせいぜいで、ほとんどその量を越えることはありませんでした。
その年は、梅雨が明けてからずっと強烈な日照りが続き、今年の秋は間違いなく大豊作になるだろうと言われていました。
天文方(てんもんかた)では早くから、秋口には長雨が降るだろうと予告していたそうですが、まさにその予告を証明するかのように、半之助が駒場へ引っ越した翌日から急に気温が下がり、じめじめとした陰気な雨が降り出し、それが三日、五日と続いて、いつになったら止むのかまったく分からない様子でした。
ちょうど雨が降り始めて七日目の午後、思いがけなく正木重兵衛(まさきじゅうべえ)が訪ねてきました。
「まさしくこれぞ陣中見舞いってやつさ。この格好を見てくれよ」
彼は雨合羽を脱ぎながら、わらじ履きで、すねまですっかり泥まみれになった足を見せました。
「おおよそこんな所だろうと見当をつけてはきたけれど、まさかこれほどひどいとは思わなかったね。大山街道だなんて、なんだかしゃれたような名前がついているくせに、道なんてありゃしない。まるっきり泥の海の中を泳いでいるようなものさ」
「いったいどうして、こんなに降っている中をわざわざ来たんだよ」
「悪かったな、雨のなかをやってきちゃいかんかね。まあ、まずは足を洗わせてもらうとしようか」
彼は非番の時間をうまく利用してやってきたとのことで、その晩はそのまま泊っていくことになりました。
相変わらず、世間の噂話をひと山ぶんも背負ってきたという雰囲気で、数日前、将軍が柳沢(やなぎさわ)の屋敷へ出向いた際、そこで立ちくらみのような発作を起こし(もちろん絶対秘密にされていますが)、大変な大騒ぎになったらしい、という話から始まりました。
そこから話題が飛び、新しく鋳造された十文銭が世間で評判が悪く、銀の相場が狂い始めたとか、深川のなんとかいうお坊さんが、金と銅でできた大きなお地蔵様を六体作って、六ヶ所のお寺に安置したとか、聞いたそばから忘れてしまいそうな話を、自分ですっかり興奮しながら休むことなく話し続けました。
そして、ふと我に返ると、「あぁ、聞いていて嫌になるよ、どうしてこうなんだろう」と首を振って大きなため息をつき、「少しは黙っていようと自分でも思うんだが、どうしてもべらべらとおしゃべりしちまう。母に言わせると、三歳のときに高熱でひきつけを起こして以来、こうなっちまったんだそうだが……。ときに、そっちには何か面白い話はないのかい?」と言い、すぐにまた次の話題へと話を続けるのでした。夕食のあと、かなりおそくまでお酒を飲み、「さすがに言葉を話しすぎて舌がくたびれたよ」などと言いながら、もう夜中近いころになって、布団を並べて横になりました。
けれど、しばらくすると重兵衛は「ああそうだ、すっかり忘れていたよ」と言いながら枕をぎしぎしと鳴らし、「山村座のお茶屋にいる、なをという女中が、心中(しんじゅう)したのを知っているかい?」と切り出しました。
「――なをが、どうしたって?」
「心中したんだよ」
半之助は寝返りを打ちました。
「おかしなことを言うな。だってあの子は、板前のなんとかいう男と結婚することになっていたはずだろ? それにあの日は、おれたちがみんなでお祝いの品まであげたじゃないか」
「そうなんだけどさ、じつはあのときにはもう、心中するつもりになっていたらしいんだ」
重兵衛は、眠たそうな、熱の入らない調子でそう言いました。
「あの女中にはもともと亭主がいたんだよ。それがちょっと素行のよくない男でね、人を斬るか何かして牢屋に入れられていたんだ。それが、何度かあった大赦(たいしゃ)のおかげで、いよいよ獄から出てくることになったんだな……。ところが、こっちは板前の男とすっかりいい仲になっていたわけさ」

二

重兵衛も、それ以上の一切の詳しい事情までは知らなかったようです。
なをの家には寝たきりのお父さんがいて、弟や妹が四人、そして自分自身の子供もいました。
お母さんも土木工事の作業などに出て、なをの稼ぎと合わせることで、どうにかこうにか一家がやっとの思いでお粥をすすって生き延びている、そんな生活だったということです。
板前の男は、そんななをの境遇に深く同情し、それがいつしか本当の恋になりました。

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