初級翻訳・幻術天魔太郎 第11話

幻術天魔太郎

「あれ――ッ」
 ふたりの若い召使は、武家の娘ではあり、御殿勤めで武術の心得もあり、肝もすわっておりましたが、とつぜんのできごとに仰天して若い娘の臆病さにかえり、ただもうあわてふためくばかり。
その間に部屋じゅうのあらゆる物が、つぎからつぎへと宙に舞いあがり、煙草盆も、座布団も、床の置ものも、香炉も、花瓶も、ある種の調子をもって宙にういたまま、部屋のなかを縦横におどりくるうのでした。
「おのれ、妖怪ッ」
 豊後守は刀をぬいて、八方に切りはらいましたが、さながら煙をきるようで、なんの手ごたえもなく、部屋じゅうの一切のものは宙にとびあがって、この奇怪な空中舞踊は、ますます急速度になるだけです。
ふたりの召使女は、部屋のすみに抱き合ったまま、ひとかたまりになって、もはや口もきけません。
「さわぐな、これは通り魔のたぐいであろう」
 豊後守はさすがに勇猛な武人でした。
心をしずかにおちつけて、坐禅をくむ心持で、ジッとその怪異を見つめております。
と、これだけのおどかしでは、ききめがないと思ったか、幻術はさらにいたずらをくわえて、豊後守の端坐している朝の食事の部屋、およそ十五畳もあるのが、そのまままえのめりに、グイグイと傾斜をはじめ、三十度から四十度、六十度ちかい勾配にまでかたむき、やがてまたもとの平面にかえって、こんどは後の方へ、グイグイとそりかえって行くのです。その傾斜はいたってゆっくりとしたもので、地震や何かではないことは明らかでした。目を離して庭先を見ると、木立や空の角度にはなんの変化もないのですから、これは幻覚にすぎないことは確かです。さすがの豊後守忠秋も、きりっと座ったまま膝を崩すことはありませんでしたが、ふたりの若い娘は、大嵐に飲み込まれた船の乗客のように、部屋の隅から隅まで重なり合い、もつれ合いながら転がり、まるで二つの美しい手まりのようにコロコロと転げ回るのでした。

「馬鹿め!」

豊後守は思わず宙を仰いで叱りつけました。すると頭の上から声がして、

「驚いたか豊後守。しばらくは毎日遊んでやるぞ。ハッハッハッハッハ、ハハハ」

と、女と男を混ぜたような大笑いの大合唱が、どこからともなく波打つように響いてくるのでした。

   決闘の立て札

 幕府の老中や若年寄たちは、天魔太郎にからかわれて、表向きはともかく、心のなかではすっかり参ってしまいました。
 とりわけ、徳川家康公以来の名臣である大老・土井利勝や、酒井忠勝といった人たちは、天魔太郎への憎しみもひとしおで、人には言えないほどのひどい目にあわされました。若年寄の中には、ちょんまげを切られた者もおり、命に別状はないものの、当分の間は世間に顔向けできないような目にあったのが一人や二人ではありませんでした。

 そこで、籠ノ口評定所に、対策を練るための大評定がひらかれました。
 列席したのは、老中の松平伊豆守、阿部豊後守をはじめ、若年寄から町奉行の神尾備前守にいたる面々です。

「近ごろ江戸の町を騒がす天魔太郎という曲者、まことに傍若無人な振る舞いであり、そのまま放置しては幕府の威厳にも関わることだ。早急にとらえて極刑に処すべきだが、皆の者、何か工夫はないか」

 知恵伊豆と呼ばれた松平伊豆守も、すっかり振り回されて、さすがに天魔太郎を持て余しているようでした。

「老中のお言葉ですが、その天魔太郎なるもの、真偽のほどはともかく駿河大納言さまの忘れ形見と名乗り、不可思議千万な術を使って、なかなか手におえませぬ」

 神尾備前守は、末席から答えました。江戸の町奉行がこのような状態では、天魔太郎退治もはなはだ心細いものです。

「上様(家光)の日光社参の日取りも迫っておりますゆえ、一日も早く天魔太郎をとらえて抑えるためには、広く天下に勇士を募るほかはありますまい」

 阿部豊後守は、いつもの人柄とはちがって、とっぴなことを言い出しました。

「いや、それでは町方にも幕府のお膝元にも人材がいないようで、天下の笑いものになろう。まずは内密に事を運び、旗本の大身や親藩に極秘の回状を出し、自慢の勇士や術者を送り出させて、天魔太郎と技を競わせ、その場で捕らえるのが上策ではないか」

 松平伊豆守はさすがに深く考えます。

「天魔太郎をおびき出す工夫は?」

 と阿部豊後守が聞くと、

「かれ天魔太郎は年少気鋭で、自分の腕と技に慢心しきっている様子。日本橋の高札場に公開状を掲げ、時と場所を定めて決闘を挑めば、必ずやおびき出されるに違いない」

「なるほど、それは妙案」

 話はこれで一気に決まりました。すぐさま老中の内意が譜代親藩の旗本大名に通達され、天下の勇士や術者が続々と江戸に集まったことは言うまでもありません。

 そして翌月、日本橋の高札場に、堂々と大一番の立て札が掲げられ、その文句が張り出されました。それは次のようなものでした。

『天魔太郎にもの申す。
その方、高貴な身分を偽り、妖術をもって江戸を騒がし、庶民を惑わすは天人ともに許さざる大悪業なり。
よって我ら三人、汝と武技法術を争い、速やかに天下のために災いを除かんとする。
来る七日の正午、首を洗って道灌山に来たり、我らの誅戮(ちゅうりく)を待つべし。
もし遅れて来ざるにおいては、大腰抜けのウジ虫太郎と改名し、江戸三千里の外へ退散すべきものなり。
青柳又八郎・覚心坊・猫間犬丸』

 この立て札が江戸中の噂になったことは言うまでもありません。

「天魔太郎というのは誰だ?」
「青柳又八郎は有名な剣術使いだが、覚心坊や猫間犬丸というのは一体何者だ?」

 と言ったところで、あまり知っている人もありませんでした。

 いよいよ四月七日、この決闘の当日になると、指定場所の道灌山は、前の晩から詰めかけた見物人で、山がいっぱいになるほど黒山の人だかりでした。
 ちょうど誂えたような良い天気で、葉桜の下の茶店には、松平伊豆守の知恵で諸藩から選りすぐられた勇士術者たちが三人、幔幕(まんまく)を張らせ、戦う前から勝ち祝いの杯をあげて、天魔太郎を待ち構えているのでした。茶店の前の広場には、八間四方(約十四・五メートル)の竹矢来(たけやらい)が組まれて決闘場となり、その南北には、それぞれ高さ六間(約十二メートル)ものやぐらが、向かい合うように建てられました。
これは修験者の覚心坊が注文したもので、天魔太郎を相手に、幻術と法術の腕前を競い合うための準備だったのです。

「さて、遅いな。天魔太郎、いよいよ逃げ出したと見える」
青柳又八郎は二十七、八歳ほどの武士で、青いヒゲをなでながら舌打ちをしています。
「これだけ厳重に待ち構えていれば、天魔太郎も腰が引けるだろう。いよいよ約束通り『ウジ虫太郎』と改名か」
そう言ったのは、四十歳に近い大入道でした。山伏の姿で、トラヒゲを生やしたそのすさまじい形相を見ただけでも、気の弱い者は目を回してしまいそうです。
「おふたりは軽くあしらって、最後は私に引き渡してくださいよ。最初から片付けられては、私の仕事がなくなってしまいます」
そう言ったのは三人の中で一番若い猫間犬丸。不思議な名前に似合わず、十八、九歳の美少年です。

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