初級翻訳・新西遊記 第2話

久生 十蘭

平均の高さは五千五百メートルもあり、冬にはマイナス四十八度まで冷え込むため、誰も住めない凍った荒野になります。六月、七月、八月の三ヶ月間だけ、あちこちに家畜を連れた人たちのテントが見られるだけです。

もう一つの「本部」と呼ばれる地域は、日本の面積と同じくらいの広さです。低いと言っても谷底で二千七百メートル、平均でも四千メートル以上の高さがあります。富士山の頂上よりもさらに六百メートルも高い場所に、日本と同じくらいの土地が乗っかっているようなものです。そこには、「ここは仏様の教えにふさわしい清らかな土地だ」と誇りを持っている、二百万人もの熱心なラマ教の信者たちが住んでいます。

ラマ教というのは、不思議な力を使う仏教の一流派に、チベットに昔からあった精霊信仰が結びついた宗教です。人は死んでも何度も生まれ変わると信じ、超自然的な神秘の力を信じる、たくさんの神様がいる秘密の宗教でもあります。

ラマ教の教えでは、人間の体は「地・火・風・水」という四つの要素からできていると考えられています。

そのため、死んだあとに体を自然に返す方法も、土・火・風・水の四つのやり方があります。しかし、死んだ体はとても汚れたものだと考えられているので、土に埋めて汚れがずっと地面の下に残る「土葬」は嫌われました。

本当は「火葬」が一番良いのですが、チベットは木が少なくて薪にする材料が足りない国なので、どうしても「水葬」か「風葬」をすることになります。

「水葬」は川に流す方法ですが、ただ流すのではありません。魚が食べやすいように、手や足を切り離して、形がなくなるまでバラバラにしてから川へ投げ込むのです。

「風葬」というのは、犬やワシに死体を食べさせることです。岩山の平らな場所へ運び、肉や骨をバラバラにして、石で叩いたり手でこねたりして、すさまじい肉の団子を作ります。それをする人たちは、手も洗わずに平気な顔でお茶を飲んでいたりします。

ラマ教の信者たちはみんな、激しいまでの情熱を持った人たちです。その残酷な一面について、鎖国される前の千七百六年にチベットに入ったイタリア人のイッポリート・デシデリという人は、「思い出すだけでも身の毛がよだつ」と日記に書いています。

彼らの残酷さがどれほどすごいかは、罪人を裁くための拷問や刑罰の種類を見ればわかります。法律で決まっている重い罪は七十二条ですが、それに対する罰の種類は、なんと千八百八十六種類もあるのです。

「彼らが考え出した拷問や刑罰は、そのやり方の細かさやアイデアのすごさにおいて、人類の歴史に残るあらゆる方法を超えています。歴史上、残酷な処刑で有名だった人たちも、チベットのやり方にはかなわないほど完璧です」

例えば、こんなふうに行われます。

チベットの法律は、誰かが罪を犯すと家族も一緒に罰せられるという決まりなので、お父さんと子供、あるいは夫と妻が一緒に刑場へ連れてこられます。刑を執行するお坊さんは、まず二人に大きなヤットコ(大きなペンチのような道具)を見せ、「これから歯を抜く刑を行う」と言い渡します。

そうしておいて、まずはカミソリで二人の頭の毛を剃り始めます。罰を受ける人たちは、「歯を抜くのに、どうして頭を剃るんだろう?」と不思議に思いますが、すぐにチベットの刑罰がいかに恐ろしく考え抜かれたものかを知ることになります。

頭を剃り終わると、お坊さんはヤットコを片方に渡し、「父親が子供の歯を、子供が父親の歯を抜きなさい」と、お互いに交互に抜かせるのです。お坊さんは自分では何もしません。刑がスムーズに進むように、横でムチを振るって急かすだけです。

最初は、お互いをいたわり合っていた親子や夫婦も、痛みのあまり、そのうちにお互いを呪い始め、最後にはありったけの憎しみをぶつけ合うという、見るに耐えない場面になります。

全部の歯が抜けましたが、刑はこれで終わりではありません。本当の恐怖はここから始まります。

今度は、抜いた歯を、お互いの頭のてっぺんへ金槌で打ち込まなければならないのです。さっき頭の毛を剃ったのは、抜いた歯を頭の骨に打ち込みやすくするための「親切な準備」だったのだということを、彼らはここで初めて知ることになるのです。さらに、罰を受ける人が仏教の敵だったりすると、打ち込む歯の並び方が、お釈迦様の名前を表す「梵字(ぼんじ)」という特別な文字の形になるように、横から丁寧に命令されるのです。

 体を焼く刑罰についても、スペインやドイツでは、熱いアイロンを使ったり、ロウソクの火でじわじわ焼いたりする程度でした。でも、チベットのお坊さんたちは違います。硫黄(いおう)のかたまりに火をつけてドロドロに溶かし、その燃え上がる液体を棒の先ですくって、相手の体のあちこちに気まぐれに塗りつけるのです。

 罰を受けている人が、必死に火を消そうともがけばもがくほど、炎はどんどん広がっていきます。そして、火の成分が骨までボロボロにするのを早めてしまうのです。

 つまり、どれだけ苦しむかという大事な部分は、罰を受けている本人の行動に任されている、というわけなのです。

 この二つの例を見ただけでも、当時のお坊さんたちが「残酷」という言葉の本当の意味をいかに深く理解していたかがよくわかります。

 相手がどんなふうに痛がるかを見抜く力や想像力は、どんなに頭の良い人でもかなわないほど深いものでした。

 彼らは、見た目の派手なむごたらしさに惑わされることもなければ、ただ残酷なことに酔いしれることもありません。

 どこまでも現実的で、「相手がどう感じるか」をしっかり計算に入れています。相手の痛みを勝手に想像して増やしたり減らしたりするようなミスはしません。それどころか、いくつかの単純なやり方を工夫して組み合わせることで、誰も思いつかないような、はかり知れないほど恐ろしい効果を生み出すのです。

 チベットの人たちの残酷な心が活発に動いているときは、まだマシかもしれません。でも、彼らが考えるのをやめて「なまけ」始めると、刑罰はたとえようもなくジメジメとした、暗くて恐ろしいものに変わります。

 その一つの例が、チベット式の「カロリナ刑法」と呼ばれるものです。

 皮もむいていない丸太で二重に囲まれた、三メートル四方ほどの空き地があります。その真ん中に、長さ一・二メートル、高さわずか四十五センチほどの小さな檻(おり)が置かれています。

 それは、罪を犯した人が生きたまま入れられる牢屋です。

 そこに入れられる人は、首と両腕を一つの鎖でまとめられてしまいます。座ることもできなければ、体を伸ばして寝ることもできません。背中を丸めて、何年もの間ずっとかがんだままの格好でいなければならないので、手足は動かなくなり、やがて骨と皮ばかりになってしまいます。

 食べ物は、見張りの坊さんが思い出したときに、檻の鉄格子の間からポイと投げ込まれるだけです。

 チベットでは珍しくない、マイナス二十度という凍えるような寒い日でも、体を覆うものとして羊の皮が一枚与えられるだけでした。

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