「おまん」とは、この近くに住んでいたある武士の奥さんの名前でした。
夫にひどく憎まれて、殺されてこの井戸に投げ込まれてしまったため、いつまでもそのうらみの気持ちが水の中に残っているのだ、ということでした。
(『高木氏の日本伝説集』。新潟県刈羽郡中通村曽地)
これとよく似た伝説は、上州の伊勢崎(いせさき)の近くにある「書上原(かきあげはら)」というところにもありました。
そこには「阿満が池(あまがいけ)」という小さな池があって、その岸に立って人が「あまー!」と呼ぶと、きれいな湧き水がすぐにその声に返事をするかのように下からポコポコと湧き上がり、「何度も呼べば呼ぶほど、水がたくさん出てくる」と言い伝えられていました。
(『伊勢崎風土記』。群馬県佐波郡殖蓮村上植木)
「あま」も「おまん」も、そして「姨が井のおばさん」も、呼んだときの声に水がすぐ反応するという点がこれほどまでに似ているのは、そこには何かちゃんとした理由があるのかもしれません。
駿河の姥が池でも、人が「うばー!」と呼べば水が湧き上がり、「姥(うば)のかいなし(役立たずめ!)」などと言うと、ますます高く泡を吹いて水を激しく動かしたというお話があります。
清水が湧き出る池や井戸というものは、じっと長い間見つめていると自然に泡が上がってくることもありますし、まわりのやわらかい土の上を足で踏むだけでも、水面がゆれることはあるでしょう。
ただ、「大きな声で名前を呼ぶか、呼ばないか」によって、湧いたりピタッと止まったりするというのが何とも奇妙です。
しかし、これもまた大昔から人々の間で評判になっていて、みんなが特に注意深く観察するようになったからこそ、こういう現象に気づくことができたのかもしれません。
これと同じような不思議なお話は、じつは日本中のあちこちにまだありました。
その中から少しばかりご紹介してみましょう。
摂津(せっつ)の有馬(ありま)の温泉には、人が近くに寄って大声で悪口を言うと、たちまちお湯がぐらぐらと湧き上がるという小さな湯口があって、人々はここを「後妻湯(うわなりゆ)」と呼んでいました。
「うわなり」とは後妻(後から嫁いできた妻)のことですが、のちには女同士の激しい喧嘩のことを「うわなり」と言うようになってからは、特に悪口を言う人がいなくても、若い娘たちなどがきれいにおめかしをしてこのお湯のそばに行くと、温泉がすぐに怒ったようにボコボコと湧き立つといううわさになり、人々はこれを「妬(ねた)みの湯」とも呼んでいました。
これなどは、姥が池のお話とたいへんよく似ています。
(『摂津名所図会(せっつめいしょずえ)』。兵庫県有馬郡有馬町)
野州(やしゅう)の那須(なす)の温泉でも、もとは湯本(ゆもと)から三町(約320メートル)ほど離れたところに「教伝地獄(きょうでんじごく)」という場所がありました。
人がそこへ行って、「教伝(きょうでん)、甲斐(かい)がないぞ!」と大きな声で怒鳴りつけると、たちまちお湯がぐらぐらと激しく湧き出したということです。昔、教伝(きょうでん)という男が山へたきぎを採りに行くとき、朝ごはんが遅くなったので友だちが先にいってしまうことに腹を立て、なんと自分の母親を踏み倒して出かけてしまいました。その罰として、彼の魂がいつまでもこんなところにいるのだ、というお話もありました。(『因果物語』。栃木県那須郡那須村湯本)
伊豆の熱海(あたみ)には、「平左衛門湯(へいざえもんゆ)」という温泉もあって、「平左衛門、甲斐(かい)がないぞ!」とからかうと本当にお湯がわき出ると言われていました。旅の人がそれを面白がるので、村の子どもたちが大人からお金をもらって、実際に大きな声で呼んで見せたりしていたということです。
それがおそらく今の「間歇泉(かんけつせん=一定のきゅうけいをはさんで、周期的に噴き出す温泉)」のことなのだろうと思いますが、昔はその東側に「清左衛門湯(せいざえもんゆ)」、別名「法斎湯(ほうさいゆ)」という温泉もありました。そこでも大声で念仏をとなえながらしばらく見ていると、温泉が高くわき上がると言われていました。
「法斎(ほうさい)」も人の名前のように聞こえますが、実は「法斎念仏(ほうさいねんぶつ)」という踊りの念仏のことで、だからこのあたりは「法斎念仏川」とも呼ばれていました。
念仏でなくても、大きな声で何か言葉を言えばお湯がわいたのだ、と言う人もありましたが、もしかすると、だまって見ていても自然にお湯がわき上がっていただけなのかもしれません。(『広益俗説弁遺篇其他(こうえきぞくせつべんいへんそのた)』。静岡県田方郡熱海町)
温泉ではなくても、念仏をとなえると水がわき出るという池は、あちこちにありました。
京都の西にある友岡村(ともおかむら)では、百姓の太右衛門(たえもん)という人の屋敷の裏に、ふだんは水がないのに、池の岸に立って念仏をとなえると、たちまち水がわき出すという不思議な池があり、人々はこれを「念仏池(ねんぶついけ)」と呼んでいました。
近ごろはどうなっているのか、私はまだ実際に行って見たことがありません。(『緘石録(かんせきろく)』。京都府乙訓郡新神足村友岡)
美濃(みの)の谷汲(たにくみ)にある念仏池は、三十三所の観音さまの霊場(れいじょう=神仏の霊験があらわれる尊い場所)であったため、ずいぶん昔から有名でした。
池には小さな橋が架かっていて、これを「念仏橋」といいました。橋の下には石塔(いしとう)が一つあって、橋の上からその石塔に向かって念仏をとなえると、水面に宝珠(ほうじゅ=たまのように丸いもの)のようにブツブツとたくさんの泡がわき立ちました。
しずかにとなえれば泡もしずかに立ち、「責め念仏(せめねんぶつ)」といって急いで早口でとなえると、泡もそれにあわせてたくさん浮かんできたというお話です。(『諸国里人談(しょこくりじんだん)』。岐阜県揖斐郡谷汲村)
この県には、もう一つ「伊自良(いじら)の念仏池」という池がありました。
こちらも、やはり同じような古い言い伝えがあったのだと思います。
少し甘い味がするくらい、とても美味しいきれいな清水で、皮膚の病気で困っている人などは、この水をくんで体に塗ると、すぐに治ってしまうとまで言われていました。(『稿本美濃誌(こうほんみのし)』。岐阜県山県郡上伊自良村)
上総(かずさ)の八重原(やえはら)という村でも、小学校の裏手に「念仏池」と呼ばれる池が今でもあるそうです。
こちらは泡ではなく、池のふちに立って念仏をとなえながら見ていると、水の底からたちまちきれいな砂を吹き出すというもので、やはり不思議な清水がわき出ているのでした。(『伝説叢書上総の巻』。千葉県君津郡八重原村)
これとはちょうど正反対のめずらしい例が、陸前(りくぜん)の岩出山(いわでやま)の近く、「うとう阪」という坂のわきにありました。
こちらは普段から水がわき上がって底から砂を吹いているのですが、人がそのそばに近づいて「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」とお題目をとなえながら手をパンと打つと、しばらくの間だけ水がわき上がるのがピタッと止まるというのです。
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