初級翻訳・木と鳥になった姉妹 第2話

小川 未明

そのとき、男はニヤリと笑って言いました。
「さあ、いよいよ私の望みを言うよ。
私に、どうかこの美しい妹さんをください」
姉と妹は、心の中でどうしようかと深く悩み、困ってしまいました。
けれど、さきほど「何でもあげる」と約束してしまった手前、どうすることもできませんでした。
「そんな……姉さん、私、行ってきますね」と、妹はポロポロと涙を流しながら言いました。
お姉さんも、そして父親も、声をあげて泣き、別れを悲しみました。
しかし、もうどうしようもありません。
ついに妹は、その男に連れられて、家を出ていってしまったのです。

妹がいなくなってからというもの、お姉さんはとても寂しい毎日を送りました。
「今ごろ妹は、どこでどうやって暮らしているんだろう……」とお姉さんは心配でたまりませんでした。
妹からは、便りは一切届きませんでした。
お姉さんは一人で小川のそばを歩いては立ち止まり、立ち止まってはまた歩きながら、ずっと妹のことを思い続けていました。
「いつか、二人でいっしょにこの道を歩いたっけな……」と思い出していました。
足もとに咲いている草の花を見るにつけ、空にぽっかりと浮かぶ雲の影を見るにつけ、お姉さんは妹の身の上を心配せずにはいられませんでした。
それからというもの、お姉さんは毎日川のほとりにやってきては立ち尽くし、じっと水面にうつる自分の姿を見ては物思いにふけり、また遠くの空を飛ぶ雲の影を見ては涙に暮れていました。
すると不思議なことに、ある日のこと、お姉さんは日が暮れても家に帰らず、ずっと同じ場所に立ち続けていました。なんと、ひと晩のあいだにお姉さんの姿は消えてしまい、その場所には一本の大きな柳の木が生えていたのです。
お姉さんは、ついに柳の木になってしまったのでした。

一方の妹は、家を出てからというもの、その男の人に連れられて、一度も行ったことのない外国を旅して歩きました。
その道すがら、男はまた一生懸命に、目のよくきく新しい良薬を探し求めました。
そしてやがて、海を渡って、南の国の王さまにその薬を献上しようと企んだのです。
男と妹は船に乗って、海を渡りました。
何日も、何日も、長い航海が続きました。
海の真ん中に出ると、どこを見渡しても山は見えず、島の影さえ全く見当たりませんでした。
ただ、夜が明けると真っ赤な太陽が東の空から昇り、日が暮れるころには、遠くの地平線がまるで炎のように赤く燃えながら、太陽が海に沈んでいきました。
二人の乗っている船は、その夕焼けの方角をめがけて進んでいきました。
そして多くの日数が経ったあと、ついに船は、めざしていた南の国の港に到着しました。
男はさっそく、手に入れた霊薬を王さまに献上したのでした。
そのお礼として、男広大な土地をもらい、何不自由のない豊かな暮らしを手に入れることができました。
その国は、いつでもいろいろな花が咲き誇っていました。
そして、いつも夏の日のように草木が生い茂り、美しい蝶々がヒラヒラと飛んでいました。

妹は、家を旅立ってからすでに何年もの月日が経っていました。
その間ずっと、お父さんのことや、お姉さんのことを思い出していました。
しまいには、あまりにも四六時中そのことばかり思いつづけたため、ついに病気になってしまい、毎日一言もしゃべらずにうつむいて過ごすようになりました。
男はそんな様子を見て、さすがにかわいそうに思いました。
「こんなに何不自由なく暮らしているのに、そんなにおまえは故郷(ふるさと)へ帰りたいのかい?」と、男は尋ねました。
妹は、目にいっぱいの涙をためながら、黙ってこくうとうなずきました。
「それなら帰ってもいいよ。だけど、ここから故郷までは何千里もある途方もなく遠い道のりだ。船に乗っても何年かかるかわからない。その長い旅のあいだには、激しい雨が降り、強い風が吹くだろうに……」「おまえは女の身で、どうしてひとりで帰ることができようか」と、男は言いました。
妹は、これを聞くと、あまりの悲しさに泣いてばかりいました。
妹は、海岸の岩の上にぽつんと座り、海の向こうを眺めながら、なつかしい故郷を恋しがって泣いていました。
そのとき、ちょうど王さまが通りかかられました。
王さまは、ひとりの女が悲しそうに泣いているのをご覧になり、家来をやって、どうして泣いているのかその理由をお尋ねになりました。
妹は、これまでのことをすべて包み隠さずにお話ししました。
王さまは、これをお聞きになると、妹の境遇を心から不憫に思われました。
そして、家来たちの中から、不思議な力を持つ魔法使いの老人をお呼びになりました。
そして、「どうかして、この娘を故郷へ帰してやる方法はないものだろうか」とおっしゃられました。
長い眉毛をし、杖をついた白髪の魔法使いは、うやうやしく頭を下げて言いました。
「人間の姿のままでは、とても何千里とも離れた遠い国へ帰ることはできません。
どうか姿かたちを変える必要があります」
「どのような形であれ、お前の力でできることなら、姿を変えて国へ帰れるようにしてやってくれ」と、王さまは命じられました。
魔法使いは、持っていた杖の先で、女の肩をそっと突きました。
するとたちまち、美しい妹の姿は消えてしまい、一羽のつばめになってしまいました。
つばめは、王さまの頭の上の空を二、三びんぐるりと回ると、どこへともなく飛び去って、姿を消してしまいました。
つばめは、昼も夜も休みなく海の上を飛び続けました。
あまりに疲れたときは、船のマストのてっぺんに止まって休みました。
そして、何日も何日もの旅のすえ、ついにむかしの我が家へと帰ってきました。
父親は、まだ元気に暮らしていました。
けれど、鳥になってしまった妹は、もう人間の言葉を話すことができません。
次に、妹はお姉さんを探しました。
けれど、どこにも見あたりません。
妹は、川のほとりへと飛んでいきました。
すると、なつかしいお姉さんの姿によく似た、一本の柳の木が立っていました。
「これは、きっとお姉さんにちがいない」と思ったので、その木の枝にピョンと止まりました。
つばめは、柳の木の枝に止まると、元気いっぱいに、しきりに鳴き続けました。
けれど、柳の木の枝は、風に吹かれて時おり音もなく揺れるばかりで、何の返事もしてくれませんでした。
つばめは、秋の終わりが来るまで、毎日その柳の木のまわりを飛びまわり、鳴き続けました。
そして、寒さがいよいよ厳しくなったころ、またどこかへと飛んでいってしまいました。
それからというもの、毎年春が来るたびに、どこからかあのつばめが飛んできて、柳の木に止まっては、切なく鳴き続けるのでした。

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