初級翻訳・楢ノ木大学士の野宿 第8話

宮沢 賢治

「せんせい、そりゃあ困りますよ!
先生、これじゃあ、なんといいますか、いくらなんでもひどすぎやしませんか!」
すると楢ノ木大学士は、逆に怒り出した。
「何がひどいもんだ!
そんなのぼくの知ったこっちゃないね。
こっちはものすごい大難儀をして手に入れてきたんだぞ。
旅費さえ返せばそれで文句なかろうが。
さあ、さっさと持って行け!
もう帰れ、帰れ!」
大学士は上着のポケットから、
鼠色にぐしゃぐしゃにしわがれた封筒を取り出すと、
相手めがけていきなり投げつけた。
「先生、困りますよ……!
あんまりじゃありませんか……!」
「貝の火・兄弟商会」の
赤鼻の支配人はそう文句を言いながらも、
すばやくその旅費の袋をひったくるように拾い上げ、
自分の上着の内ポケットに放り込んだ。
「帰れ、帰れ! もう二度と来るな!」
「先生、困ります……。
あんまりです……」
そう言い残しながらも、
「貝の火・兄弟商会」の赤鼻の支配人は、ついにすごすごと帰っていった。
のこされた大学士は、葉巻をくわえたまま、
雲母紙(きららがみ)を張った天井を
斜めに見上げながら、ニヤリと笑った。

コメント

タイトルとURLをコピーしました