巧みにフランスの国歌を取り入れて、ナポレオン軍の敗残兵の姿を描いたアイディアがとても面白い曲です。
レコードではポリドールのシュルスヌス(60203、のちに『シュルスヌス愛唱曲集第二集』に収録)が頭一つ抜けて素晴らしく、ビクターのシャリアピン(6619)がそれに続くでしょう。
「胡桃(くるみ)の樹」は、いかにもシューマンらしい素敵な歌です。
ピアノの伴奏部分にとても力が入れられており、そこに批判的な意見がある一方で、この曲ならではの大きな特徴ともなっています。
ポリドールのスレザーク(E207、または『スレザーク愛唱曲集』の中)による、深い情愛にあふれた名演奏が素晴らしく、それに続いてビクターのエリザベト・シューマン(JD110)あたりが良いでしょう。
ほかにも、「蓮の花」のレーマン、「月の夜」のシュルスヌス、「春」のシューマンなどが、とにかく聴いて損のない素晴らしいものです。
協奏曲と室内楽曲
「ヴァイオリン協奏曲 ニ短調」は、近年になって発見された幻の遺作であり、その発見されたドラマチックな経緯が話題を集めただけでなく、曲そのものも晩年の作品とは思えないほど非常に面白いものです。
当時、ヨアヒムという有名な音楽家がこの曲に隠された狂気のようなものを感じ取って演奏を避けたという話がありますが、これが伝説の誤りでなければ、それはヨアヒムの思い込みや偏見だったと私は思います。
おそらくこの曲は、これまでの歴史にあるすべてのヴァイオリン協奏曲の中でも、十指――いや、五指に入るほどの傑作の一つと言ってしまっても何の差し支えもありません。
レコードとしては、ドイツでの初演を飾ったクーレンカンプのもの(テレフンケン23653-6)と、アメリカでの初演を担当したメニューインのもの(ビクターJD1514-7S)の2つが入っていますが、この曲に関しては、素直で優しく美しく、全身全霊を傾けたクーレンカンプの演奏にどうしても心が惹かれます。
最近のメニューインのうさは目を見張るものがあり、この曲でも驚くべき才能を発揮していますが、ヴァイオリンの世界は必ずしもメニューインがすべてではありません(もちろんメニューインびいきの人もたくさんいるでしょうけれど)。この曲で見せた、どこかあいまいで大げさな身振りは、クーレンカンプの素直ですっきりとした美しさには一歩及ばないと感じさせられます。
「ピアノ協奏曲 イ短調(作品54)」は非常に有名な曲で、シューマンの数ある傑作の中でも特に素晴らしいものの一つです。
この曲を最愛の夫シューマンのために力いっぱい弾いて、当時まだ音楽の良さを分かっていない――あるいは分からないふりをしている聴衆たちを何とか納得させようとした、名ピアニストであるクララ夫人の健気な努力が今にしのばれて、何ともいじらしく胸が熱くなります。
レコードでは、ビクターにあるコルトーの名盤が光ります(JD347-50)。
オーケストラはロンドン・フィルハーモニック、指揮はロナルド卿で、あまりにも豪華で壮大な演奏となっており、この豊かな美しさの前にはただもう脱帽するほかありません。
一方、コロムビアのナットによる演奏は、すっきりと澄んだフランス風のリアルな表現が大きな特徴です(J8279-82)。
「チェロ協奏曲 イ短調(作品129)」は、先ほどのヴァイオリン協奏曲と並んで、シューマンが弦楽器の魅力を完全に自分のものにしたことを示す名曲と言えるでしょう。
本当に優雅で美しい曲です。
ビクターのピアティゴルスキーの演奏がベストです(JD353-5)。
指揮はバルビロリ、オーケストラはロンドン・フィルハーモニックが務めています。
「ヴァイオリン・ソナタ」にはこれといった決定盤がありませんが、「ピアノ三重奏曲 ニ短調(作品63)」には、コルトー、ティボー、カサルスという伝説的な名演奏家たちによる素晴らしい名盤があります(ビクターVD8232-5)。
こちらも録音自体は新しくありませんが、「世紀のトリオ」と呼ぶにふさわしいカサルス・トリオの最高傑作の一つであり、この幽玄でしっとりとした美しさは比類がありません。
「弦楽四重奏曲」については、第一番のイ短調(作品41の1)を収録したカペエ弦楽四重奏団のコロムビア・レコード(J7629-31)の1組があれば、もう他には何もいらないほど十分です。
録音は古いですが、その洗練された美しさは言葉では言い表せないほどです。
もっとも、シューマンの弦楽四重奏曲は、クラシック音楽に慣れていない初心者にとっては、あまり面白いと感じられないのもまた確かな事実ではありますが。気魄(きはく)と想念はひとかどのものがあったにしても、弦楽器の性格を把握して、自由に扱い兼ねたのがシューマンの欠点で、これはいたしかたのないことである。
「ピアノ五重奏曲 変ホ長調(作品44)」、これは傑作だ。
シューマンらしい執拗な暗さはあるにしても、とにもかくにも飛躍的で、シューマンの生涯のうちでも幸福な時期を暗示する曲である。
レコードはビクターにシュナーベルとプロ・アルテ弦楽四重奏団の組合せで入っている(JD691-4)。
この組合せでは良いものであろう。
ピアノの巨匠リスト
交響曲詩の父
12曲の交響曲詩を書いて、音楽界に大きな時代を画し、近代音楽の夜明けの鐘を高らかに鳴らしたフランツ・リスト。一面においてピアニストとして前人未踏の境地を切り拓き、パガニーニがヴァイオリンで成し遂げたように、神話的にまで高められた技巧の征服者リストこそは、まことに巨匠が雲の如くいた19世紀中葉のヨーロッパ音楽界においても、最も興味深い存在であったと言わねばなりません。
筆者はごく最近、電車の中で若いインテリらしい婦人が、その友人たちと交わしている会話の中に「リスト」という言葉を聞いて、思わず聞き耳を立てました。
婦人はこう言うのです。
「私は近頃リストの伝記を読んで、すっかり感心してしまいました。昔からの偉大な音楽家の中にも、リストほど立派な人はいませんね」と。
この言葉は私にいろいろなことを考えさせました。
今からざっと100年前、20歳から30代のフランツ・リストの磁石のような魅力は、ヨーロッパ中の至るところに五色の嵐を巻き起こさずにはおきませんでした。
ある婦人たちはリストが触れた花について論争し、ある婦人たちはリストが捨てた葉巻の吸い殻を捜し回り、有閑婦人たちの中には、お金と環境が許す限り、町から町へ、国から国へとリストの後を追い回すことさえあったのです。
この女性たちの包囲から逃れるために、リストは僧衣をまとって武装するほかありませんでした。
彼はついに聖フランシスの帰依者となり、ローマ・カトリックの僧位を得て、初めて生活の安らぎを確保したのです。
豊かなる愛
リストの魅力が、100年後の今日までインテリの婦人たちを感嘆させるのはなぜでしょうか。
私はもう一度リストの伝記を調べてみて、その由来を探究せずにはいられませんでした。
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