初級翻訳・水中の宮殿 第3話

水中の宮殿

 早速自分も資金の一部を出し、広く世の中からも資金を募って、いよいよ仕事に着手したのは昨年の春のことでした。
 幸運なことに歴史学者である立花博士は平泉の古記録を手に入れ、それに基づいて仕事を進めるうち、かつての柳の御所の跡から一枚の薄い銅板を掘り出しました。
 鑑定の結果、それは秀衡が宝庫の場所を工匠(こうしょう)に命じて彫らせたもので、大部分は腐食していましたが、心得のある者が見れば十分に役立つ絵図面だったのです。ここまでは発掘事業も順調に進んでいましたが、昨年の秋のことです。潜水夫が猫間ヶ淵の底を捜索している最中、何らかのミスで亡くなってしまいました。それと同時に、苦労して手に入れた銅板の絵図面まで紛失してしまい、発掘事業は完全に立ち行かなくなってしまいました。

出資者たちは、誰かに煽動されたのか、急に騒ぎ立て始めました。
ちょうどその頃、世間では沈没船から金貨を引き揚げる問題が大きな話題になっていたため、平泉館の発掘事業も「詐欺ではないか」と訴えられてしまいました。代表者であった立花博士は、無実を証明する術もなく、心臓麻痺で急死してしまったのです。

残された娘の綾子には、何が何だか分かりません。
助手の滝山は、記録だけを保管して形ばかりの仕事を続けていますが、世間ではすっかり詐欺師扱いされており、もう誰も相手にしてくれなくなっていました。

怪しい滝山――プログラムの謎

「お父様は、決して悪いことをするような方じゃないわ。きっと、何か大きな間違いがあるのよ。潜水夫が死んだことだって、お父様と間違えられて殺されたんじゃないかって言う人がいたくらいですもの」
綾子はそう言って話を締めくくりました。
言いたいことは山ほどありますが、十四歳になったばかりの綾子には、これ以上のことは分かりませんでした。
それでも、思いを込めた大きな瞳と、きゅっと結んだ可愛らしい唇からは、たとえ命を投げ出してでも父の汚名を晴らし、忠実だった爺やの敵を討ってやろうという、勇ましい決意がひしひしと伝わってきます。

「お兄様、どう思う? 私、きっと悪者がいろいろと悪い細工をしているに違いないと思うの。唐崎という人の様子も、なんだかおかしかったわ」と燿子が言いました。
「爺やも時々言っていたわ。『唐崎さんはこの仕事にはもう関係がなくなったはずだ。お父様が学者として真面目にやろうとしていることを、あまりに金儲けばかりで進めようとするから、お父様は我慢ができなくなって、無理をしてでもお金を返して、受取証書まで取ったはずだ』って」

「まあ!」
綾子は重大なことを思い出しました。
「それから爺やは、まだ他にもいろいろなことを知っているような様子だったわ。時々言いたそうにしていたけれど、『ブルブル……これを言っちゃあ命が危ない』そう言って、冗談みたいに首を振っていたの」

健一と燿子は、何やら恐ろしい事実に直面したような気分になりました。
「何もかもが怪しいことばかりよ、お兄様。昨夜、奥さんと一緒に映画へ行ったという助手の滝山さんの家には、同じ映画館のプログラムが二冊あったのよ」
燿子までが妙なことを言い出しました。

「そんなところまで調べたのかい。……奥さんと二人分だったんだろう」と健一が言います。
「だって、奥さんのハンドバッグにも一冊、同じものが挟んであるんですもの。二人なのに三冊もあるなんておかしいでしょう?」
「誰か別の人が一緒だったんじゃないか?」
「それも聞いたのよ。そうしたら、滝山さんは変な顔をして『確かにたった二人きりだった』と言うのよ。往きも帰りも、映画館の中でも、誰にも会わなかったって」

「…………」

「それからね、滝山さんの背広の袖口が、少し強い酸で焼けていたのはどうしてかしら?」
燿子の指摘は、ますます不思議なことばかりです。

「燿ちゃん、滝山を疑っているんだろう。……警察だって一応は疑ったはずだよ。金庫の鍵を持っていて自由に開けられる滝山を疑う理由がないと思って、許したんじゃないかな」
「そうかもしれないわ。でも……やっぱりおかしいわ」

三人は夕闇の中で顔を見合わせました。
「誰だ!」
不意に健一が立ち上がりました。
バタバタと芝生を横切って逃げていく人影が見えます。
「うっかりしたことは言えない。僕たちは見張られているんだ」
健一は妹と綾子を急かし、二階の自分の部屋へと入りました。

活動の大舞台――平泉へ平泉へ

「燿ちゃん、三枚のプログラムの件、もう一度話してくれない? 助手の滝山が奥さんのほかに、もう一人を映画館へ連れて行ったという意味かい?」
健一は改めて尋ねました。
妹の燿子の頭が恐ろしく明晰で、どんな大人にも負けないほどの直観力を持っていることを知っていたからです。

「誰かを連れていたのを隠しているか、でなければ、滝山さんは奥さんと一緒に映画館へ入って、奥さんを中へ置いたまま自分だけ外へ出て何か用事をして、それからもう一度映画館へ引き返して、奥さんと一緒に帰ったのではないかと思うの」
「ふむ、それはどういうわけだ?」と健一が聞きます。
「映画館では切符を買って入ると、必ず入り口でプログラムをくれるでしょう? 滝山さんが二度映画館へ入ったと考えると、二人で三冊のプログラムがあることも不思議ではなくなるわ」

「面白いな。……滝山は途中で一人映画館を出て、そっと牛込へ引き返して、爺やさんを殺して、金庫を破ったというのかい?」
「そうとまでは言わないわ。でも、できないことはないでしょう? 映画館はすぐ近所の神楽坂だし」
燿子の頭の不思議な働きに、健一もしばらくの間、考え込んでしまいました。

「でも、映画館の入り口で、間違って二冊一緒にプログラムを渡すこともあるだろう?」と健一が言いました。
「それはあるわ」「でも、滝山さんのポケットに入っていたプログラムは、一冊ずつ別々に二つ折りにされていたのよ」
「二冊いっぺんに貰ったのを、片方だけ読んで、別々に押し込んだんじゃないか?」
「そんなことないわ。上になっているプログラムは、ページが切れていないままなんだもの」
「…………」
健一は、すっかり降参してしまいました。とはいえ、それだけの理由で滝山を殺人犯と決めつけるわけにはいきません。
「警察には、そのことを言ったのかい?」
「言えるわけないじゃない。でも、もし滝山さんが何か悪いことをしたら、その時は言うつもりよ。それに、背広の袖口についた酸の跡だって、すごく変よ」
燿子の疑念は、なかなか消えることがありませんでした。
「それも、映画館から帰ってきて、金庫が壊されているのを見て驚き、上の穴から手を入れたっていう言い訳だってできるだろう」と健一は言います。
「あら、お兄様ったら、まるで弁護士さんみたいね」
「燿ちゃんこそ、検事さんみたいだよ。ハッハッハ」
「でも、それはあくまで言い訳よ。一応疑われても仕方がないと思うわ。

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