船のエンジンは、たちまちゴーゴーと鳴り出しました。泡立った海面が飛ぶように後ろに移動していきます。船体は今にも爆発しそうにブルブルと震えてうなりました。
「うん、見えるぞ見えるぞ。なんだか、目玉のようなものが二つ、ぐるぐる回っているぞ」
「おや、大砲みたいなものが出てきたぞ、危ないッ」
と言っている時、パッと白煙が鉄水母の上に上がったと思う間もなく、ドーンと爆音が起こりました。とたんに、ヒューと唸って飛んできた黒い縄のようなもの――。そいつがキリキリキリと、ルゾン号の荷役用のマストに絡みつきました。
「あッ、あんなところへ引っかかったぞ」
「なんだ、なんだろう、あれは――」
一人の勇敢な船員が飛ぶようにマストの方へ駆け出しました。そして、マストの根元のところへ行って、やっ!と掛け声をかけると、それに抱きつきました。そしてスルスルと柱の上に登り始めたのでした。見る見るうちに、彼はその絡みついた縄のようなものを手につかみました。やっぱり縄でした。縄の両端には重りがついていました。それは、触れたものに巻きついてグルグルと絡みつく仕掛けのものでした。それを、船橋に立ってこの場の光景を見下ろしていたエバン船長とスミス警部のところへ持ってきたのを見ると、船長は急に青白い顔になり、
「うむ、これは珍しい通信縄だ」「むかしスペインの海賊が使ったものだと言われていますが……どれ、その重りをひらいてみたまえ」
「えッ、スペインの海賊ですって?」
鉄水母からの注意
飛び込んできた通信縄の片方の重りをひらいてみると、なるほど、その中から出てきたのは一枚の折りたたまれた紙片でした。
それを広げてみると、果たして、鉛筆で走り書きされた数行の文章がしたためられていました。
そこには、どんなことが書かれていたのでしょう。
船長は声を震わせながら読み上げます。
「ワケモワカラナイノニ、攻撃シテハナラナイ。
長良川博士ノ意見ヲ聞イテカラニセヨ。
博士ハ今パリ大学ニ滞在中デアル。
モシコノ注意ヲ守ラナケレバ、現代ノ世界人類ハ最大ノ不幸ニオチイルデアロウ。
――黄色ノ眼ヨリ」
スミス警部は「うーむ」と唸りました。エバン船長は、怪訝な顔をしています。
「スミスさん、この謎のような文句を理解することはできませんが、どうもこれはうっかり手出しをしない方がよさそうですよ」
スミス警部は首を振りました。
「いや、これで分かったも同然ですよ。あの鉄水母というのは、やはり海賊船なのです。それも近代的武器を持った潜水艦であることに違いありません。ぼくらの船が間近に迫ったので、それに来られては困るからといって、この脅かしの手紙で我々を退却させるつもりなんですよ。騙されてはいけません」
「そうだろうか。私はむしろ反対の考えを持っています。好意的に我々に注意をしてくれたのだと思う。だから一旦船を返して、パリ大学に滞在中の長良川博士に相談した方がいい。世界人類の大なる不幸になるというではないか。これは一大事ですよ」
「船長、せっかくここまで追い詰めたのに、退却するなんて……」
「とにかく長良川博士といえば有名な宇宙学者ではないか。博士の意見を聞いてからにしよう」
「いや、私は嫌だ。ではルゾン号を去って、イギリス海軍に救いを求めたい。そういうふうに手配をしてください」
エバン船長は、考えるところあって、ルゾン号に鉄水母の追跡をやめさせました。スミス警部は残念そうに、鉄水母が浮き沈みする海面を睨んでいました。
ルゾン号は船首を返して、もとのクイーン号遭難現場へと引き返していきました。
その日の夕刻、無線の連絡がついて、ルゾン号とパリ大学滞在中の長良川博士との間で無線電話が取り交わされることになりました。
いよいよその定刻。呼び出し信号は「ブウブウブウブウ」と、しきりに鳴り響きました。
すると、やがて聞こえてきた博士の肉声!
「おお、ルゾン号の船長さんですか。大学では、今こちらから連絡しようと思っていたところでしたよ。大西洋は今、噴火口の上にあるようなものですよ」
「えッ」
長良川博士の大発見
「大西洋は今、噴火口の上にあるようなものだ!」
と、驚くべき言葉が、パリ大学滞在中の宇宙学者・長良川博士からマイクを通してルゾン号に伝えられましたが、誰一人として、その驚くべき言葉の意味が分かった者はいませんでした。
なぜ大西洋は噴火口の上にあるようなものなのでしょうか。
「長良川博士よ。貴下のおっしゃる意味は、これから大西洋のどこかで、新しい火山が噴火を始めるだろうということですか」
と、ルゾン号のエバン船長は不思議そうに問い返しました。
「いや船長。火山くらいなら、まだそう驚くには当たりません」
「火山でもないとすると――では、海底地震でも予知されたのですか」
「海底地震でもありません」
「では一体どうしたというのです。早く教えていただきたい」
「いやどうもすみません、エバン船長さん。申し上げるについても、実はあまりに驚くべきことなので、言い出すには勇気がいったのです。もう、躊躇することなくお話ししましょう。驚いてはいけませんよ。実は大西洋の底に、恐るべき生物が住んでいることが確かめられたのです」
「恐るべき生物というと、クジラとかサメみたいなものですか」
「いやいや、そんな下等なものではありません。知恵の程度からいって、我々人類に勝るとも劣るとは考えられない、恐るべき賢い生物なのです」
「驚きましたね。そんなものが、本船の真下に住んでいるのですか」
と、さすがの勇猛艦長も顔色を変え、「そいつはやはり人間の仲間なんですか」と尋ねました。
「さあ、その恐るべき海底生物が、人類であるかどうかは、まだはっきりとは分かっていません。いずれ研究を重ねていくうちに分かってくることでしょうが……とにかくその海底生物の存在は、月の表面に起こる不思議な崩壊現象から分かったのです」
「えッ、なんです。その月の表面に起こる不思議な崩壊現象というのは」
「それはですね……」あの、空気も水もない月の表面で、最近ちょっと不思議な崩れ方が起こっているのですよ。
これは電子望遠鏡を使ってはっきりと分かったことなのですが、たとえば月にはコペルニクス山という丸い形をした山(環状山)がありますね。その山の高さが、この1年の間に少しずつ低くなっているのです。私の観察では、なんとこの1年だけで150メートルも低くなっているんですよ!
「博士、お話の途中ですが、まさか地球から遠く離れた月にある山が低くなったなんていうことが、こちらから分かるはずがないじゃありませんか」
「いやいや、それはとても簡単なことなのですよ。
その丸い山が太陽の光に照らされると、月の地面に長い影が伸びますね。
その影の長さを測ればいいのです。
地球から月までの距離はもう分かっていますし、地球から影の両端を見たときの角度も分かります。あとは『三角法』という算数の方法を使えば、簡単に計算できるのですよ」
「なるほど、なるほど!」
船長の顔は、だんだんと緊張で引き締まってきました。
博士の無線電話の声も、いよいよ熱を帯びてきました。
長良川博士は、さらにこれからどんな大事件について語ろうというのでしょうか。
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