初級翻訳・海底大陸 第9話

海底大陸

ボートに乗って、一生懸命に漕ぎ出す者もいます。
ランチやモーターボートを使って網を引いていく者もいました。
大西洋上には、時ならぬ魚釣り大会が始まったのです。
「じゃあ、スミスのおじさん。ぼくもボートで行って、ものすごく大きいのを釣ってきますよ」
三千夫少年も、舷側にかけたはしごを降りて、ボートの中へ乗り込みました。
スミス警部は一人で船橋の上に立ち、この風変わりな魚釣り大会の光景を見下ろしています。
みんながニコニコしているのとは対照的に、スミスただ一人、歯でも痛むのかというような、沈痛な面持ちを見せていました。
彼は一体、どんな考えを胸に秘めているのでしょうか。

意外な獲物

ルゾン号の魚釣り大会は、非常に盛り上がりました。
鏡のように凪いだ大西洋の海面で、本船の舷側やクレーンの柱の上はもちろん、ボートを浮かべて熱心に釣り糸を垂れている様子は、何と言ってよいか、実になごやかな風景であり、それと同時にどこか滑稽な光景でもありました。
「ほうら、釣ったぞ、釣ったぞ! すばらしく大きなスズキだ。目の下から測って五十センチもあるでっかいやつだぞ。さあ、一等賞はぼくに決まった!」
と踊り上がる者がいるかと思えば、
「なにさ、スズキなんかいくら釣ってもダメだよ。どこにでもいるスズキで入賞なんてできるはずがない。それより、珍しい魚を釣ったほうが勝ちなんだ。おれを見ろ、コロライス・サイラ――日本名でサンマという珍しい魚を釣ったぞ!」
「サンマなんて、ちっとも珍しくないや」
と三千夫少年がひやかすなど、洋上はお祭りのようなにぎやかさでした。
そのおかげで、連日のクイーン・メリー号失踪事件で重苦しかったみんなの胸の内も、スーッと晴れてきたような気がしました。
「さあ、このへんで審判長のスミス警部に見てもらうかな」
一等当選は自分のものだと自信を持つ連中が、ゾロゾロとスミス警部のもとへ集まってきました。
「どうです、警部さん。こんな大きい魚を釣ったのはわたしだけですよ。さあ、ごほうびをください」
スミス警部はただ笑って魚を受け取ると、賞品の代わりに番号札を渡しました。
スミス警部の周りは、まるで魚市場のようになってきました。
ボーイたちが三人がかりで魚を整理すると、その向こうに三人の料理人がいて、魚のおなかを切っては内臓を出し、ご丁寧にその内臓の中まで切り開いて調べているのです。
「警部さんは魚の大きさなんて、少しも測らないぜ。腹を出して料理をしているようだが、これはひょっとすると、魚の味で一等二等を決めるのかもしれないぞ」
などと、そばに立っている連中がワイワイ騒いでいましたが、スミス警部はそれを気にする様子もなく、腹を切り裂いている料理人の手をじっと見守っていました。
そのうちに、料理人のひとりが包丁を持つ手をハッと止めて、警部の方を振り返り、
「あッ、出てきましたよ。これじゃありませんか?」
と差し出したのは、細い布テープを丸めたものでした。
血を洗ってそのテープを伸ばしてみると、文字のようなものが現れました。
「おお、これだ、これだ!」とスミス警部はうなりました。
「こうなってくれると思っていたんだ。するとクイーン・メリー号は、どうしてもこのあたりの海面下にいなければならないはずだ!」
警部の手にした、魚の血に汚れた布テープには、一体どのような記号が記されていたのでしょうか。

クイーン・メリー号は叫ぶ

エバン船長が、顔を輝かせてスミス警部の方へ降りてきました。
「どうじゃね。何か見つかったらしいが」
「ええ、船長。これをご覧ください」
と言って差し出した布テープには、英語で次のような簡単な文句がタイプライターで打たれていました。
「SOS。この付近を探せ。クイーン・メリー号」
クイーン・メリー号からの救助要請だったのでした。
「ややッ、これはメリー号の通信じゃ。うむ、驚くべき発見じゃ!」
エバン船長は感激の色を見せて、スミス警部の魚臭い手をギュッと握りしめました。「やあ、あなたがこれほどの名探偵だったとは、失礼ながら今まで全く気づきませんでした。いやはや、心から敬服いたします」

スミス警部は優雅に笑いながら言いました。
「とにかくこれで見ますと、メリー号の乗組員はまだ生きていると思われます。また、乗組員たちは何らかの災難に遭い、そこから逃れようと試みていることも分かりました。これを見ると、彼らはこの布テープに印字し、それを丸めた上で、魚が食べそうな餌の中に入れ、それを海中にまきました。魚が餌と一緒に通信文を胃袋に収めるようにし、そうすれば、そのテープがどこかで発見されるだろうと考えついたのです。困り果てた末の知恵とはいえ、実にお見事な通信方法です」

「うむ、いやはや名探偵だな。では、さっそくこれをイギリス本国へ通達しなければならん」

直ちにルゾン号の無線は、マストの頂上に高く張ったアンテナから、「メリー号より救助を求める云々」と、次から次へと詳しい情報を打電しました。イギリス本国では、もう絶望だと思われていたメリー号から救助信号があったというので、乗客の家族たちもハンカチで涙を拭い、元気づきました。捜索隊への命令が発せられました。待機中の駆逐艦隊や、例のラスキン大尉が率いる飛行隊は、新たに潜水艦隊を連れて勇ましく、再び大西洋上に向けて出発しました。ルゾン号の魚釣り大会の参加者たちにも、魚の腹から出てきたクイーン・メリー号の救助信号のことがだんだんと伝わっていったので、釣り竿を担いで本船へ帰ってくる者が次第に多くなりました。

「スミスおじさん。メリー号が見つかったって、本当なの? どこにいたの?」

三千夫少年も、カニばかり入った魚籠を担いで、スミス警部のところへ飛んできました。いまや警部は船内の畏敬の的となっていました。

「さあ、どこにいるのか、それはまだ分かっていないのだよ、三千夫君。しかし今に、イギリス海軍がそれを教えてくれるだろう」

ああ、イギリス海軍! そのとき何が起こったのか、突然、ルゾン号の非常汽笛が鳴り響きました。これは何事かと、全員が驚いて、あるいは甲板に駆け上がり、あるいは拡声器の方に聞き耳を立てました。

怪物見ゆ

非常汽笛がヒョウヒョウと鳴り終わると、それに入れ替わって拡声器が働き出したらしく、ゴソゴソと雑音が響いてきました。

「ああ、ただいま右舷二千メートル付近に、怪しき浮遊物が見えまァす」

怪しき浮遊物が? いったい何であろう。乗組員も乗客も、我先にと舷側から身を乗り出して右舷二千メートルかなたを見やると、なるほど白く波立った海面に、見え隠れして動いている一個の怪物体がありました。

「うむ、見える見える。赤だの青だの、なんだかごちゃごちゃした色をしているから、はっきり形は分からないが、これは例のラスキン大尉が名をつけたという『鉄水母(てつくらげ)』ではないのかな」

と、望遠鏡の中をしきりに覗いている高級船員が言いました。

「なに、鉄水母だって。それは大変だ。おい、ちょっとその望遠鏡をこっちへ貸せ」

わあわあという騒ぎの中、船橋に立っているエバン船長は、直ちにその鉄水母らしきものを全速力で追跡しろと命令しました。

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