しかし、一部の人間はおちついていた。
すっかり覚悟をきめてしまったのであろうと思われるが、いつものように平然として仕事をつづけていた。
その人たちが言っている話を、横あいから聞いてみると、こんな風であった。
「どうです、モロー彗星も、だいぶん大きく見えるようになりましたね」
「そうですねえ。
あなたは、どちらへ御ひなんな사いますか――いや、御ひなんなさいますか」
「いいえ、べつにひなんはいたしません。
このままにしています」
「ははあ、どうして、ひなんなさらないのですか」
「いや、さわいでも、どうなることでもないのです。
何しろ相手は彗星ですからねえ。
我々に、彗星を動かす力があればともかくもですが、そんな力はないのですから、後はもう自然の成行にまかせておくよりほか仕方がありません」
「たいへんおちついておいでですね。
しかし、死ぬことはおいやでしょう」
「べつにいやとも思いません。
いやだと思っても、どうなることでもないのですから。
それよりも、わたしは、たいへん楽しいことに思っています。
つまり、地球は生まれてから八十億年もたっているのに、地球が崩壊するところが見られるのは、今日の時代の我々だけにかぎられているということは、なかなかすばらしいことではありませんか。
わたしは、地球がどんなに崩壊し、そうして人間などが、どんな風に死んでいくか、ゆっくり見物しようと思っていますよ」
と、その人は、口のあたりに微笑さえ浮かべて、そう言うのであった。
47 ピート大尉
怪人丸木は、甲州の山中で、しきりに火星兵団を指揮していた。
彼は、日本上陸兵団の指揮者であるとともに、地球遠征軍の隊長でもあった。
だから、世界中から兵団のことや何かについて、知らせが集って来た。
「わが火星兵団は、たいへん優勢であります。
この分ではモロー彗星に衝突する日までに、地球をすっかり占領してしまうことが出来ると思います」
と、丸木は火星に向けて放送をした。
彼はもう地球を、すっかり自分の手におさめてしまったつもりでいる。
「マルキ総兵団長!」
と、アメリカ上陸兵団から、電話がかかって来る。
「どうしたのかね」
「ただ今、当地からロケットが一台飛出しました」
「ふん、それは人間が乗っているロケットかね」
「そうであります。
アメリカ一流の飛行士ピート大尉が乗りこんでいるのです。
そのロケットは、火星に向けてとんでいるものと思われますが、すでにもう成層圏を通り越して、ぐんぐんとまっくらな宇宙に光の尾を引いて走っていきます」
「そうか。
では、こっちからも見えるじゃろう。
よろしい」
丸木は電話を切ると、火星の宇宙艇の中にはいって、ラジオの箱のようなものの前に腰をかけた。
その機械には、たくさんの目盛盤がついていたが、丸木はそれを器用な手つきでまわした。
そのうちに、ぱっと緑色の電灯が光り出したと思うと、とたんにそのラジオの箱のようなものの真中に、映画のようなものがうつり出した。
その中には一台のロケットの姿があった。
丸木は言った。「ふふん、こんなロケットなんて、ひとひねりでやっつけてやるさ」
怪人丸木は、画面に映し出されたロケットを鋭くにらみつけていました。
そのロケットこそ、アメリカのピート大尉が乗り込んでいるものだったのです。
「おい、宇宙艇司令所!」
と、丸木は別の場所へと通信機を飛ばしました。
「はい、こちら宇宙艇司令所です」
すぐに返事が返ってきました。
「今すぐ一隻、宇宙へ発進させろ!
そして、ピート大尉のロケットを追いかけて撃ち落とすのだ。
そのロケットの位置はだな……」
怪人丸木は、人間には聞き取れないような不思議な暗号をまくしたててロケットの居場所を伝えると、
「いいか、そのピートの機体を今すぐ叩き潰せ!」
と命じました。
地球から火星へ向かおうとするロケットを撃ち落とせという命令です。
もしこのまま火星へたどり着かせてしまったら、それは丸木の監督不行き届きということになってしまいます。
だからこそ、人間たちのロケットは、見つけ次第すぐに始末しなければならなかったのです。
怪人丸木の命令が下ると、ほどなくして暗黒の宇宙空間ですさまじい惨劇が幕を開けました。
ピート大尉のロケットが、白いガスを勢いよく噴き出しながら、まっすぐにぐんぐんと進んでいく姿は本当に勇ましいものでしたが、そこへ後方から、見慣れない奇妙な形をした巨大な宇宙艇が猛スピードで現れました。
もちろんそれは火星兵団の宇宙艇です。
火星兵団の宇宙艇は、前と後ろに大きな魚の目のような窓が眩しく光り輝いており、船体全体が薄いピンク色の光の霧のようなもので包まれていました。
大きさで言えば、ピート大尉のロケットが小さな金魚だとすると、火星兵団の宇宙艇は一メートル以上もある巨大な鯉のようで、まったく勝負になりませんでした。
宇宙艇はあっという間にロケットへと急接近し、
「あっ!」
と思う間もなく、ピート大尉の乗ったロケットは、冷たい氷の塊が熱せられた鉄板の上に置かれたかのように、外側からみるみるとドロドロにとけていきました。
ドロドロにとけていくロケット!
それはまったくもって信じられない、奇妙な光景でした。
ピート大尉のロケットは、みるみるうちに宇宙の闇へと消え去ってしまったのです。
ロケットを追いかけてここまでやってきた火星の宇宙艇は、任務を無事に果たすと、引き返しながらマルキ総兵団長のもとへ無線で報告を入れました。
「ピート大尉のロケットは、完全にとかし終えました」
それを聞いた怪人丸木は、
「ふん、そうか。
これでとりあえず一件落着だな。
火星になど、そうやすやすと行かせるものか」
と、胸をなで下ろしました。
しかし、安心して油断するにはまだ早すぎました。
ピート大尉が火星兵団の宇宙艇にやられてしまったことがまだ地球の人々に伝わっていないのか、アメリカのあちこちから、また別のロケットが次々と火星めがけて飛び立っていったのです。
その数は全部で五機ありました。
この報告が怪人丸木の耳に入ると、彼は再びロケットの追撃を命じました。
そしてどのロケットも、ピート大尉のときと同じように、不思議なことにドロドロにとけて、宇宙から跡形もなく消えていったのです。
「ほう、そうか。
今回もまた片付いたわけだな。
だが、今後も油断は禁物だ。人間の乗ったロケットを見かけたら、すぐに追いかけてドロドロにとかしてしまえ」
怪人丸木はそう言って、部下たちに厳しく言い聞かせました。
こうして、数え切れないほどのロケットが、火星兵団の手によって怪しげな最期を迎えることになったのです。
地球にいる人々にも、ロケットたちの悲惨な最期がだんだんと伝わるようになりました。
そしてついに、宇宙へと飛び出すことがあまりにも危険すぎるということが、誰の目にも明らかになったのでした。
48 なさけの先生
さて、ある朝のことでした。
怪人丸木は、まだ宇宙艇の中にある寝室で、静かに眠っていました。
火星人たちがいったいどのように眠るのか、地球の人間にはおそらく想像もつかないことでしょう。
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