ですが、畑の陰に隠れて様子をうかがっていた牛商人の耳には、悪魔のこの言葉が、神の声のように響きました。
……
――この畜生め、なぜ俺のタバコ畑を荒らすんだ!
* * *
その後の結末は、この手の話によくある通り、とても円満に片付きました。
つまり、牛商人は首尾よく「タバコ」という名前を言い当てて、悪魔をギャフンと言わせたのです。
そして、その畑に生えているタバコを、すべて自分のものにしました。
……というような次第です。
ですが私は、昔からこの伝説には、もっと深い意味があるのではないかと思っています。
なぜなら、悪魔は牛商人の肉体と魂を自分のものにすることはできませんでしたが、その代わりに「タバコ」を広く日本全国に広めることに成功したからです。
そう考えてみると、牛商人の救済が、一方で堕落を伴っているように、悪魔の失敗もまた、一方で成功を伴っているのではないでしょうか。
悪魔というものは、転んでもただでは起きないものなのです。人間は、誘惑に打ち勝ったと思っている時でさえ、実は案外負けてしまっていることがあるのではないでしょうか。
せっかくの機会ですから、この後の悪魔の行方についても、簡単に書き残しておこうと思います。
彼は、フランシスコ様が帰ってくると同時に、神聖な魔よけの印(ペンタグラマ)の力によって、ついにその土地から追い払われてしまいました。
しかしその後も、相変わらず修道士の姿をして、あちこちをさまよい歩いていたようです。
ある記録によると、彼は南蛮寺が建てられる前後の京都にも、たびたび姿を現していたそうです。
松永弾正をさんざん振り回したことで有名な「果心居士(かしんこじ)」という男は、実はこの悪魔だったという説もありますが、それについては小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)先生がすでに書かれていることですので、ここではお許しいただいて、触れないことにしましょう。
それから時は流れ、豊臣家や徳川家がキリスト教を厳しく禁止したため、最初はまだ姿を見せていた悪魔も、最後には完全に日本からいなくなってしまいました。
――歴史の記録は、だいたいここまでしか、悪魔の消息を語っていません。
ただ、明治時代以降に再び日本へやって来たという彼の様子を知ることができないのは、残念でなりません。
……
(大正五年十月)
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