初級翻訳・縛られたあひる 第2話

小川 未明

そのうちに、自分がどこにいるのかも忘れ、あの居心地のよかった古巣がこの近くにあると思い込んだのか、急にそこが恋しくなって探し始めました。
しかし、それがかえって自分を窮地に追い込むことだとは、あひるは気づいていませんでした。
穴から頭を出して、すべてを知っているのねずみは、あひるが不格好にあわてる様子を見て、最初は「憎らしいやつだ、いい気味だ」と思いましたが、だんだん気の毒になってきました。
というのも、以前こんなことがあったからです。かつてこの川へやってきた白鳥が、「旅の面白い話を聞かせてやる」と言って魚たちを集めておきながら、突然、かわいい小ぶなを三匹も食べてどこかへ逃げてしまったことを知っていたからです。
けれど、この愚かなあひるには、そんな芸当は到底できそうもありませんでした。
それどころか、あひるは自分でぐるぐると縄を木の枝に巻きつけてしまい、苦し紛れに「ウエー、ウエー」と悲鳴を上げていました。
その声は、ぶなの木がざわざわと体を揺らしてうたう歌に調子を合わせて、まるで頓狂な拍子を取っているかのように聞こえました。

利口なのねずみは、この風の様子に、いつもとは違う不安を感じていました。
昼間、青々と伸びた麦畑を通ったときにも、ただならぬ風の気配を感じていましたが、日が暮れてから、その不安は一層強くなっていました。
「この美しく住みやすかった場所が、こんなふうになってしまった。あひるは縛られて明日の命も知れず、ぶなの木は根元を焦がされている。そして、川の魚も、私たちも、もう安心はできない。すべてのものが息詰まっているんだ。何か思いがけないことでも起こらなければ、二度と昔のような平和で楽しい太陽の光は見られないだろう……」
穴の入り口から夜の空を仰いで、そう考え込んでいたのねずみの姿も、いつの間にか消えてしまいました。

真夜中ごろ、子供は嵐の叫び声で目を覚ましました。
小屋がぐらぐらと揺れ、ブリキが剥がれる音が響いていました。
「とんでもない風だ」
「いつでも逃げる用意をしておけよ」「バケツとふろしき包みを忘れるんじゃないぞ」
と、父親が言いました。
子供は、外へ飛び出しました。
空は気味の悪いほど白っぽく、ぶなの木はまるで腰が折れそうに曲がって、風が襲ってくるたびに首を垂れるのが見えました。
「父ちゃん、あっちの空が火事みたいに明るいよ!」
と、子供は外から叫びました。
「大風のときは、そういうものだ。この嵐が過ぎれば暖かくなるさ」
ちょうどその時、その声を打ち消すように、どっと叩きつけるような突風が吹きつけました。小屋はメキメキと音を立てて壊れ、ブリキの屋根板がどこかへ飛んでいって、何かにぶつかる音がしました。
「雨が降ってきた!」と、子供が大声で知らせました。
「さあ、いつもの場所へ逃げるんだぞ」と、父親はそこらへんにあった荷物をひったくるようにして、闇の中へ駆け出しました。
子供は川のほとりまで飛んでくると、あひるが、今にも首を絞められて死にそうな悲しい声で鳴いていました。
子供は刃先の鋭い小刀で、足を縛っていた縄を切りました。
そして、あひるをそのまま放してやると、バケツとふろしき包みを下げて、父親の後を追いかけました。
雨と風と雷の、ものすごい一晩でした。
その夜が明けきったとき、川の水はあふれんばかりに満ちて岸辺を浸し、春の日の光を浴びて金色に輝いていました。
また、ぶなの木は古い枯れ葉をすべて振り落として、そのあとから新しい緑色の芽を萌え出していました。
乞食たちは二度とその木の下に寄りつくことはなく、どこへ行ったのか、あひるの姿も見えなくなっていました。
いずれ彼らの行方は、利口で素早いねずみによって探し出され、ぶなの木や魚たちにも知らされることになるのでしょう。

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