「それじゃあ、わしのお弁当を半分お食べなさい。えらく黒い飯で、お口に合うかどうか分かりませんがね。」
「何の、何の。わしは黒いのが大好物でね。茄子と飯は、黒ければ黒いほどいい。」
良寛さんは、そんな冗談を言いながら、弁当箱の蓋に分けてもらったご飯を食べ始めました。
「坊さん、お前さんはいくつだい?」
「三十三ですわい。」
「ほうほう、三十三。じゃあ、わしと同い年だね。」
良寛さんは改めて男を見ました。その男はがっしりとしていて首が太かったので、良寛さんは四十歳くらいだろうと思っていたのです。この男が自分と同じ三十三歳……。同い年だと聞くと、人は急に相手と自分の身の上を比べてみたくなるものです。良寛さんも早速尋ねました。
「この子供衆は、お前さんの何だい?」
「この餓鬼はわしの長男ですがな。」
と牛飼いはぞんざいな呼び方をしましたが、子供を見る目は柔らかな愛情に満ちていました。
「まだこの下に三人おりますだ。一番小さいのは、まだ庭を亀の子みたいに這い回っていますよ。でも、こいつがもう十三になりました。もうぼちぼち一人前です。」
「お前さんは、自分の子供なのに、どうしてそんなに厳しくするのかね。いたいけな子供に何でもやらせて、自分は手を組んで見ているなんてことが、あるものかな。」
「ははあ。」
と牛飼いは笑って言いました。
「なるほど坊さんは、坊さんらしいことをおっしゃる。だが坊さん、ああして苦労させないと、子供は一人前にはなれませんだ。」
それから牛飼いは、もう二、三日前から子供に牛の扱い方を教えていること、日頃から見ているので子供は覚えるのが早いのだと、嬉しそうに語りました。子供もニコニコしながら聞いていました。
――そうだったのか、大人になる息子に牛飼いの仕事を教えていたのか。
良寛さんは、今までの疑問がようやく解けました。
「坊さんのお国はどこですかな?」
牛飼いは話題を変えて聞きました。
「越後の出雲崎というところですが、もう十五、六年ほど備中にいるのです。」
「ふむ、備中にね。何でまたこんな遠い九州の果てまで来なさったんだ?」
良寛さんは黙りました。その答えは、少し言いづらかったのです。しかし、ご飯を飲み込んでから言いました。
「わしは清(しん)へ渡るつもりで来たのですわい。」
「へえ、清へ。どうしてまた、そんなところへ渡りたいのですか?」
この問いにも、良寛さんは答えにくそうでした。しかし、本当のことを話しました。
「清へ渡って学問をし、偉い坊さんになるつもりだったのです。」
「ふむ、偉い坊さんになるために、ですか。」
「わしみたいな乞食坊主が、そんな大それたことを考えていたと思うと、お前さんは可笑しいでしょう。」
「可笑しいも何も、わしは偉い人がどんなもんか、よく知りませんだ。偉い人になったことが一度もないからね。」
「わしは、世の中で苦しんでいる人たちを救いたいという念願を、長い間持っておりました。そこで、世間で一番嫌われている癩病(らいびょう)の患者たちを集めて、人々から石を投げられたり、棒で追い払われたりする気の毒な境涯から、救ってやろうと思い立ったのです。それにはお金を集めて大きな家を建て、良い医者を招かなければなりません。わしは二、三年托鉢(たくはつ)をして、一生懸命にお布施を貯めました。しかしわしは体が弱いうえに口下手で、二、三年かけて貯めたお金もごくわずかなものでした。こんな風では、わしが生涯をかけても、家一軒どころか牛小屋ひとつ建てられないと分かりました。それにもう一つ、大きな声では言えない障害があることも分かったのです。」
「何ですかな、それは。」
「こればかりは、お前さんにも打ち明けられない。」
それは、その頃に天下を握っていた徳川幕府のことでした。良寛さんのような名もない一僧侶が、大きな家を建ててたくさんの病人を集め、治療を行うという大きな仕事を、幕府が許すでしょうか。さしでがましいことをする奴だということで、良寛さんは捕らえられ、罪に落とされ、家は取り潰されるという結末になるに違いありません。良寛さんが言いたくても言えないのは、この不安だったのです。
「そういうわけで、病人たちを救う考えは、残念ながらしばらく捨てなければなりませんでした。そこで今度は、長崎から清へ渡ることを企てたのです。昔から、中国へ行って偉くなり、帰ってきて寺を興し、世の中に善いことを残した坊主はたくさんいる。わしもそれをやってみようと思って、はるばる旅をして長崎へやって来たのです。」
牛はときどき飼い葉桶から顔を上げ、鼻の穴に入った餌を舌の先で舐めとっては食べていました。トンビが松林の上を高く低く飛び回りながら鳴いていました。「清へ渡るのは、御法度(ごはっと)ではありませんか?」
と牛飼いは言いました。
「御法度ですとも。だからこそ、わしは誰にも言わずに渡ろうと思ったのです。ちょうど今日、碇(いかり)を上げる船があったので、わしは海辺へ行って、船乗りに頼んでみました。もちろん、相手は唐人(中国の人)ですから言葉は通じないので、紙に漢字を書いて相談したのです。しかし相手は、うさんくさそうにわしをじろじろ見て、首を横に振りました。わしの格好があまりにみすぼらしいので、乞食とでも思ったのでしょう。いろいろと頼んでみましたが、ついに聞き入れてはくれませんでした。これもわしには縁のないことなのだと、諦めましたよ。」
「坊さん、あんたは諦めがいい人ですね。俺たちには、とてもそんな諦めの良さはできませんよ。もっとも、俺たちは清へ渡ろうとか、病人を集めようとかいうような大きな望みは持っちゃいませんがね。まあ、俺たちの望みというのは、少しばかり自分の田んぼを持って、良い牛を買って、男の子を育てて、五十になったら隠居したい、というくらいのつまらない願いですよ。」
「なるほど、なるほど。それで、お前さんはその望みを叶えましたかな?」
「ああ、まあ、自分で言うのも恥ずかしいけれど、この牛を見てください。これは俺が村で一番の牛ですよ。坊さんは牛のことなんてご存じないでしょうが、額が小さくて、角が後ろに寝ていて、目に黄色味がある。こういうのが牛としては上等なんです。」
「なるほど、なるほど。」
「この牛を、わしは自分で買いました。田んぼも去年、ようやく五反ばかり自分のものにすることができました。俺は次男として生まれたので、はじめは何の財産もありませんでしたが、コツコツと働いてようやく手に入れたのです。それから、この餓鬼(子供)がもう一人前になってくれますから、やがて隠居もできますよ。」
牛飼いの顔には、満ち足りた喜びが溢れていました。
弁当が済むと、また良寛さんは空の車に乗せてもらいました。
ごとん、ごとんと車が動き出しました。午後になると、綿くずのような小さな雲がいくつか空に現れ、それが太陽の光を遮るたびに、白い道に影が落ちました。良寛さんは車に揺られながら、牛飼いと、手綱を持った子供と、少しずつ首を振りながらゆっくり歩く牛の姿を眺めていました。
良寛さんは思いました。
――わしと同い年のこの牛飼いは、望んでいた田と牛を買い、望んでいた子供を一人前に育て上げた。
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