初級翻訳・高い木と子供の話 第2話

小川 未明

善ちゃん、登って捕っておいでよ」
「垣根(かきね)を破って入ったら、しかられるからいやだ」と、善吉は頭を振りました。
「だいじょうぶだ。ここで、見張りをしているから」
「善ちゃん、君は、木登りがうまいんじゃないか?」
「カラスがくると、頭をつつくだろう」
「いま、親ガラスは、どこかへ行っているぜ」
ちょうど、どこからか親ガラスが帰ってきました。つづいて、また、一羽帰ってきました。母ガラスと、父ガラスだったのでありましょう。巣の中の子供は、喜んで、カア、カア、鳴いていました。
「いま、じきに餌(えさ)をさがしに、親ガラスがどこかへ行くから、その間に、善ちゃん、登って捕っておいでよ」と、子供らはすすめました。
はたして、しばらくすると、二羽の親ガラスがいなくなりました。善吉は、じっと上を仰いでいましたが、垣根のすき間からくぐり込んで、地主の屋敷にはいると、その杉の木に近寄って、するすると登りはじめたのです。
「善ちゃん、落ちないように」
「だいじょうぶ、見張りをしているから」
「やかましい。黙っていれよ」
子供たちは、口々に言っているうちに、善吉の姿は、いつしか、木の頂に達して、しげった枝の中に隠れると、急に、カア、カアと、子ガラスのけたたましく鳴く声がきこえました。
やがて、善吉は、一羽のまだ飛べない子ガラスを片手に握って、杉の木から降りてきました。
子供たちは、善吉を取り巻いて、みんなで、あちらの方へ凱歌(がいか)をあげてゆきました。
あとで、親ガラスが帰ってきたとき、留守の間に、かわいい子供を一羽さらわれたとわかると、悲鳴をあげて大騒ぎをしました。
この声を聞きつけて、何事によらず友情が深く、おたがいに助け合うカラスたちは、どこからともなく、たくさんこの林の中に集まってきました。
そして、自分たちの敵は、何者だろう……。つれてゆかれた子ガラスは、どうなったろうと、あちらに飛び、こちらに飛び、わめきたてていました。

四

 夕日が、黄色く林の間を彩って沈みかけたころから、烈しい風となりました。
ちょうど、このとき、地主のおじいさんは、かんかんに怒って、あちらからやってきました。
「だれだ! カラスの子を捕ったものは! 親ガラスがきちがいになって鳴いているので、家にいられたものでない!」
善吉の家のそばで、子供らは、カラスの子をおもちゃにして遊んでいました。
ちょうど、そこへおじいさんは、やってきたのです。近所の人たちは、何事が起きたのかと驚いて、外へ出てきました。
すると、日ごろから口うるさくて頑固な地主のおじいさんが怒り狂っているので、みんな縮み上がって、息を潜めて様子をうかがっていました。
善吉の母親も、自分の子供がいたずらをして叱られるのではないかと、人の陰に隠れて見ていました。
「いったい誰が、垣根を壊して中に入ったんだ!」
おじいさんは目を剥いて怒鳴りました。
「おらじゃない!」
「善ちゃんだ!」
「誰が木に登って、カラスの子を捕ったりしたんだ!」
「おらじゃないぞ!」
「善ちゃんだ……」
子供たちは口々に「自分じゃない」と言い張りました。
そして、善吉がやったのだと告げ口したのです。
善吉は下を向いて顔を赤くしていましたが、心の中では、友達の卑怯な態度を憎んでいました。
「自分に捕ってこいと言ったのはお前たちじゃないか。それに、みんなで遊んでいたじゃないか。それなのに、叱られる時だけ自分に罪をなすりつけるなんて、なんて頼りにならない連中なんだ」と、善吉は思いました。
「お前か、カラスの子を捕ったのは?」
地主のおじいさんは恐ろしい顔をして、善吉をにらみつけました。
「はい」
善吉は正直にうなずきました。
「その子をさっさと巣へ返してこい! 見ろ、親ガラスがあんなに鳴いているだろう」
おじいさんは善吉に命じました。
林は風のために波打つように揺れていました。
カラスたちは火の粉が舞うように空を飛び回り、黒い影となって鳴き叫んでいました。
空は、だんだんと暗くなっていました。
善吉はカラスの子を抱えて、地主の後についていきました。
その時、突然、善吉の母親が飛び出しました。
「旦那さん! カラスの子が大事ですか、人間の子が大事ですか。こんな大風の中で、あなたはあんな高い木に登らせるおつもりなのですか……!」
普段なら口をきくことさえはばかられるような地主に向かって、母親は大声で叫びました。
近所の人たちも、そして善吉までもがびっくりして、母親の顔を見つめました。
「登らせるも何もあったものか。親のしつけが悪いから、こんないたずらをするんだ!」
「旦那さん、あの子はまだ子供です……!」
善吉は、もう黙っていられませんでした。
「おっかあ、おれが悪かった。カラスの子、巣に戻してくるよ。なに、大丈夫だ。落ちるもんか!」
そう言うと、善吉は駆け出しました。
そして、するすると高い木に登り、巣の中へ子ガラスを元の通りに戻して降りてきました。
彼は、「本当の母親であればこそ、この状況で、誰もが怖がる地主に向かって、自分のために言い争ってくれたのだ」と感じました。
それなのに自分は、叱られるたびに母を疑い、また恨んだりしていたことを、申し訳なく思いました。
それからは善吉は、学校から帰ると自分から進んで弟の子守りをし、親の手助けをするようになったのであります。

――一九二九・三――

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