初級翻訳・神州天馬侠 第106話

吉川 英治

どれ、わしもそろそろ鞍馬の奥へ立ち帰ろう」
「老先生、しばらくお待ちくださいませ」「……もう一言だけお聞きしますが、居士(先生)が身代わりになって逃がしたというそのお坊様は、いったいどこへ行ってしまったのでしょうか」

「おそらく、人間が暮らす騒がしい世間の中にはいないだろう」

「ということは……」

「きれいなものも汚れたものもすべてを包み込む、八枚のハスの花びらのような形をした秘密の山――高野山(こうやさん)の奥深くに、たくさんの武士たちが武器を捨てて静かに暮らしていると聞くぞ」

と、謎のような言葉を残して、果心居士(かしんこじ)は風のようにふわりと松の木の間へと姿を消してしまいました。

期待が消え去った悲しみに包まれ、ぼんやりと魂が抜けたようになっていた伊那丸でしたが、しばらくしてハッと我に返りました。
そして、まだ聞きたいことがいくつもあることを思い出し、あわてて後を追いかけて、
「先生! 先生!」
と何度も声の限り叫んでみましたが、もう春の日差しが差し込む林の中にその姿はなく、ほろほろと鳴く山鳥の声と一緒に、何かの花が真っ白に散っていくばかりでした。

ああ、わからない、わからない。どう考えても、伊那丸にはどうしてもわかりません。
果心居士の話し方からすると、居士は確かにあの高貴なお坊様に会っているはずです。そして、自分が身代わりになって、三重県の桑名へと連れていかれる前に、その人をどこか安全な場所へと逃がしてやったと言います。
なのに、居士はその人が父の武田勝頼(たけだかつより)であるとは、決してはっきりと言ってくれません。その一番大切なところだけを、どうしても打ち明けてくれないのです。なぜなのでしょう?

「――ああ、もしかするとお父上は、居士がぽろりと口にした通り、もうすっかり戦いの道を捨てて、高野山の修行道場に引きこもるおつもりなのだろうか。……そして、この世に未練を残さないために、きっぱりと、わざと私にも会わず、父とも名乗らず、親子としての愛情のつながりを断ち切って、仏さまの教えの雲が深く立ち込める高い山の中へと隠れていってしまわれたのだろうか」

伊那丸はそう考えました。

お父上! お父上! それなら、仕方のないことでございます。
戦いに負けた大将は、もう戦いのことは口にしないと言います。かつて天目山(てんもくざん)の戦いで大敗してしまったお父上が、もう武器を捨てようと決心されたお気持ちは、痛いほどよくわかります。
甲斐の国(山梨県)に根を張って二十七代も続いた名門、武田家の家紋である『武田菱(たけだびし)』の名誉を失い、多くの仲間や家来たちを死なせてしまった責任をすべて一人で背負い、お坊さんになって世間から姿を消そうと決意されたこと。ああ、それは本当によくわかります! お父さんのお気持ちを考えると、これが戦国時代の厳しい現実とはいえ、想像するだけで熱い涙がこみ上げてきます。

ですが、この伊那丸はまだ若者です。
先祖代々伝わる宝物である『御旗(みはた)』と『楯無(たてなし)』の魂を守り、偉大な祖父である武田信玄(たけだしんげん)公の教えを受け継いで、小太郎山(こたろうやま)の砦に武田の白い旗を高く掲げてみせます。
私には、かつて中国の王様が耐え抜いたような、どんな苦しみにも耐える強い心があります。作戦を立てるテントの中には民部(みんぶ)や咲耶子(さやこ)、蔦之助(つたのすけ)がいて、目の前には忍剣(にんけん)や龍太郎(りゅうたろう)という強い味方がいます。絶対に許せない敵である徳川家を倒し、いつの日か武田家をよみがえらせるという熱い願い、いや、天下をこの手につかむという大きな夢を、どうして諦めることができましょうか、絶対に諦めはしません!

伊那丸は心の中で、高く、本当に高く、そう思い、そう誓い、そう叫びました。
そして彼は、すぐに忍剣と龍太郎を連れて、寒松院(かんしょういん)の松並木を立ち去りました。
こうなった以上は、一刻も早く小太郎山の砦に戻り、仲間の全員にこの一部始終を伝え、いよいよ兵士たちを訓練して陣形を整え、世の中が大きく動くチャンスをいつでもつかめるように準備することこそが、今一番やらなければならないことだ――と思ったのです。

伊那丸の心は、霧が晴れたようにすっきりと決まりました。
すべてを悟ってみると、果心居士のあの謎めいた言葉も、自然と意味がわかったような気持ちになりました。
会えなくても、姿が見えなくても、それならお父上、どうぞ高野山の修行場にいてください。
――彼の心は、とてもすがすがしい風が吹き抜けたようでした。

両童子(りょうどうじ)空に闘う

一

急ぎに急いで京都を出発した伊那丸たち主従が、大津(おおつ)を越えて関の峠にさしかかったのは、もうその日の夕暮れ時のことでした。
ここは木曽街道、東海道、北国街道という、三つの大きな道が分かれる交差点で、どの道を進むかは旅人の自由でした。
伊那丸は三井寺(みいでら)がある山のふもとに立ち、魚のウロコのような小さな波をきらめかせている琵琶湖(びわこ)の湖面を眺めながら、じっと考えました。

「忍剣、龍太郎。お前たちは、これから小太郎山へ戻るのに、どの道を選ぶのが一番いいと思うか」

「それでしたら」と、龍太郎がすぐに答えました。
「北国路(ほっこくじ)には、あの上部八風斎(うわべはっぷうさい)が仕えている柴田権六勝家(しばたごんろくかついえ)が厳しく関所を構えていて、めったな旅人は通してくれないでしょう。また、東海道はもっと大変です。徳川家康の城下町がありますし、井伊(いい)や本多(ほんだ)、榊原(さかきばら)といった強い大名たちの陣屋がいくつもあるので、そこを突破して進むのは並大抵の苦労ではないと思います」

「ということは、私たちが進むべきなのは、やっぱり木曽路(きそじ)が一番安全だ、という意見なのだな」

「その通りでございます」

すると、忍剣がちがう意見を出し、木曽路に行くことに反対しました。
「いや、龍太郎どのおっしゃることも一理ありますが、木曽路も決して安心できる道ではありません。なぜなら、木曽を治める木曽義昌(きそよしまさ)という男は、昔は武田家の忠実な親戚でありながら、今では徳川家の手先となっています。きっと若君に牙をむいて襲ってくるに違いありません。それに木曽路はどこを通っても険しい崖や難所ばかりで、いざという時に逃げ場がなく、いっそう危険が多いように思えます」

「では、忍剣どのは、北国路の方がいいと言うのですか」

「北国路だって同じことです。柴田権六は、近くの賤ヶ岳(しずがたけ)までたくさんの兵隊を送り出し、木ノ芽峠(きのめとうげ)にはとても厳しい柵を構えていると聞いています。ここを通り抜けるのも、難しい中のさらに難しい挑戦になります」「それと同じ苦労をするのであれば、いっそのこと堂々と徳川家の領土を通り抜け、あわよくば浜松城の連中に一泡吹かせてから引き上げる方が面白いと考えます」

一見すると忍剣の意見は無茶な暴論のように聞こえますが、深く考えてみれば北国路も木曽路も東海道も、その危険さはどれも変わりません。

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